第34話「各機の判断で戦闘を開始しろ!!」

 船務長アンシェラはそのタイラーの声と同時、格納庫及び航空隊へ音声通信を繋げていた。

「航空隊、全機発進!! 後は頼みます! ご武運を!」


 その声を待っていた技術科格納庫クルーは即座に格納庫の後部発艦ハッチを開放する。


「よっしゃ!! 航空隊、出るよ!!」

 ユキを先頭にデックスは2レーンあるカタパルトデッキから射出されていく。


 その姿を襲撃者達も目撃していた。


「ちぃ! 艦載機が出るか。こちらはもう僚機が5機しかいない」

 少し考えた後、彼は作戦目標を第二目標へと切り替える。


「こちらアヴェンジャー1。各機ブースターを捨てろ! 艦艇に対する攻撃は断念する。第二目標である敵『人型兵器』に対する威力偵察を行う!! 可能な限り撃破しろ!!」


 このアヴェンジャー1を中心とした生き残った6機の襲撃者は次々とブースターを自機から切り離した。最後の一機がブースターを切り離す直前、そのブースターに一条のビームが直撃した。ケルッコ機の放った長距離狙撃である。


 そのブースターの爆発に巻き込まれて生き残った6機の内1機が爆散した。


「おのれぇえええ! 全機散開! 各機の判断で戦闘を開始しろ!!」


 爆散した敵機を確認した『つくば』航空隊各機はその敵機の見覚えのあるフォルムに驚愕していた。


「クロウ君、あれってさ」


 言い出したのはトニアである。クロウはコックビットの中で頷いた。

「間違いない。あれは僕らと同じ『人型兵器が登場する映像作品』をモデルにした量産人型兵器だ!」


 クロウが言う『人型兵器が登場する映像作品』とはクロウが提供し、ルピナスがデータをコピーして『ゼンブン会』において上映会が行われた作品である。そして、襲撃者達の姿はそのロボットアニメにおいてもっとも登場するロボットである。


 基本にして王道、最も有名な有人人型ロボットと言っても過言ではない存在だった。全身に緑色のカラーリングが施され、どこか西洋甲冑を思わせるフォルムに、頭部の『一つ目』(モノアイ)が不気味に赤く輝いている。


「各機、以降敵人型機を『ヒトツメ』と呼称する! 各機ユニットごとに散開! 『ヒトツメ』を一機も『つくば』に近づけるな!」


 クロウの言葉に続けてミーチャが言う。各機は事前に設定した2機ごと4ユニットに分かれて敵機に接近していく。


 ユキとミーチャは全速力で一番近い『ヒトツメ』に迫っていた。敵の兵装はなんと航空隊が見、クロウの提供したロボットアニメに登場したそれとまったく同じに見えた。唯一脚部にミサイルランチャーを左右に2基3門ずつ装備しているが、それすらも彼女らの知るオプションパーツである。


「あれってさー 近接格闘兵器がヒートアックスだったりするのかな?」


「知るかよ、バカバカしい! なんであそこまで再現する必要あるんだ? バカかよ!」


 近くまで来て改めて見たユキの感想に対してミーチャの反応である。接近するユキ機とミーチャ機に対して『ヒトツメ』の一機はそのドラム型マガジンを要するマシンガンを乱射していた。


「ああ、可哀そうに、完全に恐慌状態じゃん。弱い者いじめみたいで私はやだなー」


「言ってろ。あれに取りつかれたらそれだけで艦艇は終わりだ。アタシらにとってはそうでも『あれはあれで』脅威には違いない」


 マシンガンの射撃を左右に躱してユキは後ろに回り込む。ミーチャはそのまま『ヒトツメ』の正面から接敵した。ミーチャは接近する勢いもそのままにシールドを構えて敵機へ突進し、その突進を予測しなかった『ヒトツメ』は体制を崩した、吹っ飛ばされたその敵機に対してユキは冷静に背後から射撃した。


「なんだかな、デックスを想像していたから物足りないや」


 そんなユキとミーチャの50kmほど距離を離して、『ヒトツメ』と接敵したユニットがあった。マリアン機とアザレア機である。彼女らは予想外の速度で接近してきた『ヒトツメ』1機に対して出鼻を挫かれ、マリアン機が今まさに背後を取られドックファイトの真っ最中だった。


「なんなのこいつ! なんなのこいつ! いや、なんか怖いんだけど!!」


 叫びながらジグザクの軌跡を描いてマリアン機は『ヒトツメ』のマシンガンを避けていた。その叫びとは裏腹に敵機の射撃はかすりもしない。


「マリアン! 落ち着いて! マリアンなら平気! 私が守る」


 その滅茶苦茶に動き回るマリアン機を追う『ヒトツメ』の間を縫って、アザレアは冷静に頭部バルカンで敵機の左手を撃ち抜いていた。敵機の左手の関節部に命中したそれは『ヒトツメ』の関節を引きちぎった。一瞬動きを止めたその『ヒトツメ』に対して躊躇なく射撃を加えた機がある。ケルッコ機であった。


「よっしゃ! ヘッドショット!」

 ケルッコの放ったビームライフルの一撃はマリアンを追っていた『ヒトツメ』の頭部を射抜いていた。


「ケルッコ先輩。人型機は頭撃っても撃破できませんって!」

 それを見てケルッコ機の背後で同じくビームライフルを構えているヴィンツがツッコミを入れた。


「おっと、そうだった。じゃあ、航空隊の記念すべき1機目の撃破に続いて2機撃破の称号も俺がもらっちゃおっかな?」

 とケルッコが言った直後である。


 それまで追われるだけだったマリアンが、まるで針の先のような鋭角なバーニア光を描いて反転、自分を追っていた今は左手と頭部を失っている『ヒトツメ』に対して飛び蹴りの姿勢で凄まじい一撃を放っていた。


「ハイパー!! イナズマ! キーーーーーーーック!!」


「おいおい、あれ、完全に遊んでるだろ」

 ケルッコは思わず呟いた。


 ユキ、ミーチャ、ケルッコ、ヴィンツ、マリアン、アザレア機が快勝する中、200kmほど離れた地点で3機に追われていたクロウとトニアは苦戦を強いられていた。3機の内1機が明らかに他の機体と異なる動きをしていたのだ。


「ちぃ! 1機だけ特別仕様機を混ぜてたみたいだ。トニア、絶対に僕から離れないで付いてきて!」


「わかってる!」

 クロウの言葉にうなずきながらトニアはクロウへと追い縋る、クロウは追従するトニアの死角をカバーしながらバーニアの軌跡を伸ばしていた。


「ふははは、怯えろ! 竦め! 機体性能を引き出せないまま死んでいけ!」

 そんな時だ、クロウとトニアにそんな声が響いてきたのは。


「バカな、『全方向通信』!?」

 瞬時にその発信源を特定したそれは、クロウとトニアを追う3機の内1機。明らかに動きが他の機体と異なる赤く塗装された機体から発信されていた。


「貴方はロスト・カルチャーですね!? 僕の声が聞こえますか?」


 3機の敵機の攻撃を掻い潜りながら、クロウは相手の全方向通信の周波数に合わせて語り掛ける。


「ははは! そう言うお前もロスト・カルチャーか? だったら殺してやる。俺以外のロスト・カルチャーなどいらん! お前も残りのロスト・カルチャーも第四世代人類もフォース・チャイルドもみんなみんな俺が殺してやる!」


 言いながら大ぶりな攻撃を仕掛けてくるその赤い機体に対して、クロウは機体を回転させながらその攻撃を躱す。


 因みに、『ヒトツメ』とクロウたちが呼ぶその機体は、決して機体性能としてクロウたちの乗り込むデックスに劣るものではない。ユキ達が容易くそれを撃破して見せたのは、単純に『練度』と『戦術』の差であった。ユキ達航空隊の練度を過小評価していたがゆえに、襲撃者達は各個撃破という選択肢を選択せずに、戦力を分散させたに過ぎない。


 だが、この赤い機体を駆る襲撃者とそれに随伴する2機の機体だけは異なっていた。彼らにはクロウたちの駆るデックスを撃破し可能であれば鹵獲するという任を帯びていたがゆえに、2機毎のユニット単位として行動したクロウたちに対して3機で事に当たる事にしたのだ。他の2機は囮である。


 通常、戦略においておおよそ部隊の3割(戦闘担当の6割)を喪失すると組織的抵抗が出来ない事から全滅と捉えられる。従って、12機の内4機を失った時点でこの襲撃者の任務は失敗、部隊は全滅と捉えられるべきである。特に遮蔽物が無い宇宙空間において戦力の差と言うアドバンテージは決して覆らない。


 それは同時に3機に追われるクロウとトニア2機にもそのまま当てはまる。艦を守るために敵の動きに合わせて戦力を分散せざるを得なかったクロウ達にとっては防ぎようのない状況とは言え、せめてもう1ユニットと行動を共にするべきだったとこの時クロウは悔いていた。


 だが、その内7機を失っても作戦を続行したのはこの赤い機体に乗る男のその凄まじい執念と怨念とでも呼ぶべき殺意によるものであるとクロウは察した。


 同時に、この襲撃作戦の指揮官がこの赤い機体に乗る男であるとも。


「このっ!」


 だが、指揮官が前線に出るなどという行為は、クロウから言わせれば愚行以外の何物でも無い。


 クロウが好んで見、タイラーがその仮面を模したロボットアニメの敵方のヒーローが軍閥の長でありながら単機人型兵器に乗り込んで前線に出ていたとしても、である。


 事実、あの隊長機を守るために、執拗に攻撃を繰り返す赤い機体を庇って僚機がうかつな軌道を取り始めている。クロウはその隙を見逃さなかった。


 瞬間放たれたビームライフルの一撃は1機の『ヒトツメ』の胸部コックピットを正確に射抜き、一瞬遅れて放たれたもう一撃はもう1機の『ヒトツメ』の頭部を、そしてトニアの援護射撃によってバックパックの推進を破壊されていた。瞬時に僚機2機を失った事を悟った敵指揮官はコックビットが無事な僚機に対して通信を投げていた。


「軍曹、脱出しろ! 後で拾ってやる」

 だが、言いながら赤い機体はなおもクロウとトニアへの追撃を止めない。


「いい加減止まって!」

 言いながら放つトニアのビームライフルの一撃を、その胸部に直撃されながらなおも赤い機体は動きを止めない。


 その命中打に対して油断せずにクロウに追従していたトニアは、その赤い機体の突進を受けてもそれを避け攻撃が当たる事は無かった。赤い機体に命中したビームは確かにその胸部装甲を焼いていたが、じくじくと白熱した金属面が広がるだけでそれ以上赤い機体にダメージを与えられていない。


「うそ、なんて厚い対ビームコーティングなの!?」

 思わず叫ぶトニアに、クロウは言う。


「トニア、下がれ。こいつは僕が引き受ける!」


「ダメよクロウ君。この敵は得体が知れないわ!!」


 なおも追い縋ろうとするトニア機に対して、クロウは自機の脚部を伸ばして蹴り飛ばした。


「ごめんトニア!」


「はっ! 女を逃がすかロスト・カルチャー? いいだろう! その女は見逃してやる! お前を落としてその機体を持ちかえれば我々の勝利なのだからな」


「クロウ!!」

 思わずトニアはクロウに向かって叫ぶが、クロウの狙い通りに赤い機体はクロウにのみ食いついた。


 これでいいとクロウは思う。


 そう、この赤い機体に乗る男はクロウにとっても得体が知れない。故に、トニアを守り切る自信がクロウには無かった。


 クロウと敵の一機は、瞬く間にトニアとの距離を開け虚空の彼方へと飛び去ってしまった。まだトニアのレーダーには補足できているものの、後数分も経てば消え去ってしまうだろう。


「トニア! 無事か!?」

 瞬間トニアに届いたのは通信越しの声と、目視距離まで近づいて来ていた航空隊の面々の機体である。話しかけて来たのはミーチャだ。


「ミーチャ! クロウ君が敵の隊長機を引き付けてこの空域から、私達から遠ざけようとしてる!!」


「バカクロウ! 各機、クロウを追いかけるよ!」

 そのトニアの悲痛な声に応え、クロウの機体が飛び去る方向に最初にバーニアを噴かしたのはユキであった。各機もそれに倣った。

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