第33話「うちーかた、始め!!」

 その不自然に広がるデプリ帯が『つくば型』の進行方向横側にあるのを船務長であるアンシェラ・ベークマン大尉がレーダーで捉え、艦長であるタイラーに報告した所で、タイラーは敵の襲撃を確信し、全艦に対して『第一種戦闘配備』を発令した。


 非戦闘員である、パラサの妹であるエリサと、母であるルートは『つくば型』のもっとも安全な中心部に存在する居住区の士官用居住区にある自室にて待機である。エリサは不安げに自室にあるリクライニングシートのシートベルトの固定を確かめながら母であるルートへと問う。


「お母さま、お姉さまは大丈夫ですよね?」


「ええ、リッツ家の女は強いのよ? 私も、パラサも、そして貴女もね」


 静かに震えるより他に無いエリサの自分側の手に、その片手を添えながらルートは祈る。自身の娘の一人の顔と、この艦を守る任に付くはずの航空隊の一人であるクロウの顔を思い浮かべながら。


『パラサ、この試練、生き延びなさい! そして、どうかこの艦を守る『騎士』達に武運がありますように』


 一方、第一種戦闘配備が発令され、VR空間から通常空間に復帰していたクロウたちは各々のコックピットで待機中であった。


「みんな、繰り返しになるけど絶対に手足の動作による姿勢制御軌道の感覚を忘れないで! 人型兵器同士の戦いはきっと世界初だろうけど、相手が人型なら絶対に使ってくる!」


 クロウは航空隊全機に向けてこれだけは言っておかなければならないと、全体チャンネルで念を押した。


 クロウが言うその軌道とは、宇宙空間において可動肢の一部分を高速で動かすことで発生する反作用を、人型兵器の機体全体の姿勢制御に利用するものである。バーニアやスラスターのように推進剤の消費がないことから、宇宙空間ではデッドウェイトになると考えられていた人型兵器の可動肢(腕部や脚部)が、有用な姿勢制御システムとして働くことになる。


 無重力において四肢を動かす事に意味がないとする論はこの場合間違いである。何故ならクロウ達が駆るデックスにはその四肢の各所に姿勢を制御するためのスラスターを装備している。つまり、それらの推進を利用すれば位置をまったく変える事無く方向転換すら可能である。この可能性はクロウの時代に実在した『宇宙飛行士』も指摘していた事実でもある。また、クロウの時代の宇宙飛行士も国際宇宙ステーションの内部などの移動に際して四肢を利用した移動を実際に行っているのである。


 これこそがデックスの強みであるとクロウは確信していた。実際ミーチャ達が駆るF-5889-Sコスモイーグルに対してクロウはこの軌道を多用した。その操作の方法や癖などを航空隊全員に対してクロウは気が付くたびに共有した。それこそがこの航空隊の生存率を上げると確信してである。


『あは、クロウ君はあっと言う間に私を追い越して航空隊隊長みたいだね! 一号機、今からでも譲ろうか?』


 ユキの声と同時に、クロウのコックピットの全天周囲モニターの一部に画面が四角く切り取られてユキの顔が表示された。ビデオ通信である。


「ユキさん。誰が何といっても隊長は貴女です。僕はテストパイロットとして部隊に貢献こそしますが、もしその指揮権をほっぽりだしたら僕は本気で怒りますからね!」


 実際、ユキのデックスを操縦するそのセンスは流石としか言いようが無いとクロウは感じていた。ついこの間まで人型機など乗ったことが無いようにはとても思えない。ユキはまるで自分自身の体で空を舞うようにあっと言う間にデックスを自分の体の一部として見せた。


『でも、最近『この子』の反応が悪いように感じるんだよね。シドに相談しようかな?』


 ユキはデックスをよほど気に入ったのか、度々デックスを擬人化して『この子』と呼んでいた。そのユキの感想はユキの天才的な動きにデックスが対応しきれていない事が要因である。今この段階でこのデックス特有の『ディレイ』を感じているのはクロウを含み3名。クロウとユキとミーチャである。


『こら、ユキ。デックスはまだ実験機だって言ってるだろ。文句言うな! これだってクロウが色々試してくれてから大分良くなった。ここからこれの発展機がどんどん出てくるんだぜ? わくわくしないか!?』

 そう言ってミーチャもクロウの画面上にビデオ通信を飛ばしてくる。


 当初人型に対して抵抗を覚えていたミーチャもクロウとの模擬戦を経てからその認識を改め、デックスの限界性能を引き出すほどの熟練を見せていた。事実上クロウ、ユキ、ミーチャはこの航空隊における3エースなのだった。


『俺はデックスの狙撃インターフェイスが一番のお気に入りだけどな。これを作った奴は狙撃手の知りたい情報をよく分かっている』


 そう言ってビデオ通信に割り込むのはケルッコだった。ケルッコはこの航空隊の隊員の中でデックスを使用した射撃精度が一番高い。この少ない訓練期間の間に既にそれを発揮していた。


「ケルッコ、狙撃に熱中し過ぎて周りがおろそかにならないようにだけ注意して。僕は君の撃墜される姿なんて見たくない」


 それは訓練内でもクロウが度々ケルッコに指摘していた事でもあった。ケルッコは軽く肩を上げて見せる。


『大丈夫っす。ケルッコ先輩の背後は自分が守るっすよ!』


 言いながらヴィンツもクロウの画面に自身の姿を映り込ませた。デックスはその基本的な動きを2機編成で運用する事となった。2機で運用することでお互いの死角をカバーする事が出来るからだ。ケルッコの僚機はヴィンツであった。


『クロウ』

 言葉少なくアザレアもクロウの全天周囲モニターに侵入してきた。


 今やクロウの全天周囲モニターには航空隊のビデオ通信モニターだらけだ。自分はいつの間に通信の交換手になったのだろうかとクロウは感じていたが、その実航空隊の面々はみな各機とのチャンネルをオープンにしていたので全員がクロウと同じようなモニターを表示させていた。


「アザレアはマリアンをちゃんと守ってあげてね。あの子そそっかしいところあるから心配だ」


『わかっている。マリアンはちゃんと守る。でもクロウも守る』


 アザレアは全航空隊員中の中で屈指の防御反応速度を示して見せていた。いや、アザレアの場合ともかく反応速度が高いのだ、とクロウは感じていた。いずれアザレアはクロウとユキとミーチャに追いつく。これはクロウの確信でもあった。


『うわーん! クロウ先輩! 私そんなにそそっかしいですか! 危険運転ですか! 危ないですか? 死んじゃいますか?』


 言いながら名前を出されたマリアンは涙目でクロウのモニターにビデオ通信を送ってきていた。


「大丈夫、マリアンもちゃんと成長しているよ。この航空隊は逆にマリアン以外がおかしいんだ。みんなもっと自重した方がいい」


 そう言って、マリアンをいさめたクロウだが、マリアンには目を見張るものがあるとクロウは考えていた。マリアンは手順を重んじるが、実際はユキと同じ天才型であるとクロウは感じていた。そそっかしいと感じるその動きとは裏腹に、彼女は時折航空隊の誰にも真似できないような動き方をする。


 航空隊は現在、ユキ機とミーチャ機のツートップからなるオフェンスのツーマンセルユニットを中心に、ケルッコ機とヴィンツ機のミドルロングレンジからの支援ユニット、マリアン機とアザレア機によるディフェンスユニット、そして、クロウ機と……


 そこまでクロウが連想した所で外部の音を拾うセンサーがそのノック音を、全天周囲モニターの真ん前に無重力に浮かぶ姿を光学センサーが捉えた。コックピットハッチをノックするトニアである。


『クロウ君ちょっといい?』


「ああ、今開ける。ハッチの開放範囲から離れて」


 ハッチの開放速度はクロウの進言によりシドによって調整され、少なくとも航空隊の隊員がそのハッチに激突して吹っ飛ばされるという事態は無くなってはいたものの、ハッチに当たれば痛いでは勿論済まない。


 ハッチからトニアが十二分に離れた事を確認してクロウは自身の専用機である4号機のハッチを開放した。コックピットハッチの開放部からトニアが泳ぐようにクロウへと近寄ってくる。


「はい、スポーツドリンク。ずっと水分補給してなかったでしょ?」


 言われてクロウは自身の喉が酷く乾いている事に初めて気が付いた。


「ありがとうトニア。みんなの動きを追うのに必死過ぎたみたいだ。もう少しで戦闘中に喉が渇いて仕方なくなる所だったよ」


「ふふ、クロウ君のおかげで私たちも生き残れる自信が付いた。航空隊を代表してお礼を言うね、ありがとうクロウ君」


 言いながらクロウのヘルメットバイザーにトニアは自身のヘルメットバイザーをこつんと当てた。


『ああああああああ! トニア! 私のクロウ君に何してくれちゃってるの!』


『トニア、抜け駆け?』


 その様子に即座に抗議の声を上げたのがユキだ。アザレアは首を傾げながら疑問の声を上げていた。


「さあ? クロウ君は競争率が高いからね。私としては勿論尊敬もしているし、素敵な異性だと思ってもいるけれど、彼がそれに応えてくれるかはわからないな」


 それはほぼクロウへ想いを伝える告白だった。


「トニア、僕は」


 応えようとするクロウに対してトニアは「し、今はダメよクロウ君」と言いながら右手の人差し指をクロウのバイザーの前に立てて見せた。


「今返事を聞けば私はいいかもしれないけど、きっとユキ中尉とアザレアちゃんに遺恨を残すわ。だから、必ず帰ってきて。もしクロウ君にその気があるのなら、今のクロウ君の気持ちを教えて。きっとユキ中尉もアザレアちゃんもそれで納得できるから」


 クロウはゆっくりと頷いた。クロウとトニアはこの航空隊において遊撃ポジションとしてペアを組んでいた。クロウ機の動きに一番合わせる事が出来たのが意外な事にこのトニアだったのである。ユキ、ミーチャ、クロウがこの航空隊でエースであるのであればトニアは中堅を支える人材であった。


 トニアが去ったのを確認して、クロウは自らの4号機のコックピットハッチを閉める。全天周囲モニター越しにトニアが隣の3号機に戻っていくのが見えた。


 一方、今まさにデプリ帯の真横を通過する『つくば型』を捉える複数の目があった。タイラーの読み通り『つくば型』3隻を強襲せんとする襲撃者である。


「こちらアヴェンジャー1、目標を捉えた」


『了解、アヴェンジャー1。状況開始ニイタカヤマノボレ』


 そのつくば型の艦尾の推進の光を見ながら、襲撃者の一人は言う。


「状況開始、アヴェンジャー各機ニイタカヤマノボレ!」


 その声は彼の周囲のデプリ帯に潜む彼らの仲間に即座に光通信で伝わった。即座に了解を示すサインが返ってくる。


 同時に、彼は自機に固定されている外部バーニアのスロットルを全開位置に、即座にバーニアは点火され、今まさに虚空へと進む『つくば型』に向けて彼らは光となって追い縋る。


「さあ、お手並み拝見と行こう」



「例のデプリ帯から高速熱源体複数接近! 全部で12個です!」


 その叫びに等しい船務長アンシェラ・ベークマン大尉の声に、ブリッジに緊張が走った。


「タイラー大佐。貴様の読み通りだったな」


 言うのはタイラーの座る艦長席から斜め後ろの位置に設置された予備の士官用座席に座るオーデル・リッツ元帥である。


「敵が加速する『この機』を逃すな。艦尾主砲4番、5番。左右舷主砲8番、9番射撃用意! 同時に左右舷ミサイル発射管、及び艦尾ミサイル発射管一斉射撃準備。構わん! 惜しむな! 全部くれてやれ!!」


 タイラーはすかさず指示を出す。それに応えて戦術長であるルウは即座に各主砲塔並びにミサイル管制に指示を飛ばした。


「索敵よし! 標準よし!」


「ってえ!」

「うちーかた、始め!!」


 各主砲塔、ミサイル発射管の射撃準備が整った事を知らせるルウの掛け声と、タイラーの発射合図及び、それを聞いたルウの射撃開始の合図は同時だった。


 つくば型3艦から発射されたその攻撃は光の奔流となって12の追撃者に殺到した。


「バカな、何だあの出鱈目な砲塔数は! 事前情報の『つくば型』の装備ではない! 各機独自の判断で回避しろ!!」


 その攻撃の光の筋を確認した敵隊長機は即座に『つくば型』が大幅に改修されている事を察知、各機へと回避の指示を出す。


 一方、敵機体が回避行動を取り始めていることを察知したタイラーはより弾幕の層を厚くすべく各砲塔、及び銃座に手を振り下ろしながら指示を飛ばしていた。


「まだだ!! 各主砲及びミサイル発射管手を緩めるな! 全弾撃ち尽くしても構わん! 撃って、撃って、撃ちまくれ。砲身が焼き付くまで撃ち尽くせ!! 対空銃座! 射程に入り次第各自の判断で撃て! 一機でも多く減らせ!!」


 襲撃者を襲う攻撃は、第一波からむしろ勢いを増して第二波、第三波と襲撃者のロケットブースターに殺到した。


「クソッ! この奇襲は完全に読まれていた! 何機残れる!?」


 『つくば型』を狙う襲撃者たちはロケットへと跨る人型機が12機であった。ロケットとは言え、勿論各部にスラスターを搭載しており敵から攻撃される事も想定しそれらを避ける機構は搭載されている。


 それを以てしてなおこの弾幕は異常過ぎた。


『ダメだ! こんなの避けられる訳が、うああああああああ!!』


 言いながら僚機が撃墜されるのを、苦々しい表情で襲撃者は通信越しに察知していた。


「地球の汚れた弾圧者共が!!」

 怨嗟の声を出しながら、彼はそれでも加速のスロットルレバーから決して手を離さない。いや、散っていった仲間のためにも決してそれを緩めないと誓った。


「4機撃墜を確認!」

 レーダーを睨むアンシェラは、爆散する敵機の姿をレーダーと画像の両方で確認して報告する。


「まだまだぁ! 行きがけの駄賃だ!! 艦首ミサイル発射管射撃準備、展開発射後180度反転・遅延信管! 破片をばらまいてやれ!!」


 タイラーの声を聴いたルウは即座に弾道を計算。艦首ミサイル管制室へ送る。


「索敵よし! 照準よし!」


「ってえええ!!」

「うちーかた、始め!!」


 その攻撃は襲撃者たちにとっても予想外の一言だった。『つくば型』艦首から発射されたミサイルは広がるように3艦から放たれたと思うと、一定の位置で180度反転し、襲撃者に襲い掛かった。


 さらにそのミサイルが『つくば型』の最後尾を通過した刹那、ミサイルが爆発し、その破片が後方から迫る襲撃者達に降り注いだのである。当然その間も主砲による砲撃、そして距離が縮まった事で対空銃座の射撃も襲撃者達は受けていた。


「冗談ではない! あの艦隊の指揮官は正気ではない!」


 そこまで言って襲撃者ははたと気づく。


「そうか、そういうことか! あの艦隊に『ロスト・カルチャー』が乗っているんだな!!」


 そう言いながら彼は機体を上下左右縦横無尽に、爆破とビームと銃弾の嵐の間を縫っていく。だが、彼以外の襲撃者は次々とその数を減らしていた。


「6機目! 爆散を確認!!」


 アンシェラの声を聴くと同時、タイラーは決断した。

「頃合いだ。航空隊デックス全機発進! 対空銃座以外は撃ち方やめ! デックスの援護をしろ!!」

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