第29話「愚鈍が」

 地球連邦軍南米アマゾン本部。


 オーデル・リッツはその齢70とは思えぬ隆々たる体をどっかりと会議室の一席に収めていた。その左手には刀を持っており、今その会議室の床にその切っ先を鞘に納めた状態で立て、その柄頭を掴んでいる。彼はその会議室の最上座、窓を背にその席へと座していた。


 オーデルが見据えるこの会議室に居並ぶ連邦軍の高官は、彼から言わせれば「どいつもこいつも気に入らない」連中であった。それは隣の席に座る実子たるローグ・リッツ少将も同様であった。


 唯一の例外はオーデルの真後ろに控える彼自身の護衛たるランドル・スチュアート中尉である。彼だけが、今この場においてオーデルが信用できる人物であった。


「本日は我が連邦軍の独立特殊部隊『ファイズ』の正式承認をして頂くべくお集まり頂きました」


 白々しくローグが言う。独立特殊部隊『ファイズ』は様々な権限を付与された情報部隊兼実行部隊であり、その実は『マーズ共和国』勢力に対する弾圧と『第四世代人類』の連邦軍勢力からの排除を目的とした部隊であった。


 表向きは単に『マーズ共和国』に対する脅威に対抗するための組織と銘打ってこそいるものの、その実は秘密警察にも等しい言論弾圧と『人狩り』を目的とした部隊である。その目的をオーデルが看破していないと思っているからこそローグは堂々とこの場で口にできるのだ。


「くだらんな。まさか本当にそのような用件で退役間際のこの儂をこの場に呼んだのか?」

 三白眼でオーデルはローグを睨む。


「オーデル元帥。『マーズ』共の脅威に対抗するには必要な措置なのです!」

 まさかこの場で反論されるとは思っていなかったローグが慌てて口を挟む。


「ふん、他の者も同意見か?」


 居並ぶ10名ほどの高官をオーデルは睨みつけた。他の者たちもその視線にたじろぎながらも頷きを返した。


 これほどの茶番があろうかとオーデルは呆れた。ここに居並ぶ者たちはローグの袖の下でたっぷりと肥太った者たちである。これらが提唱する部隊がたとえ正しく運用されたとしてもオーデルには戦果を挙げる事など出来ないと思った。


 実をいえば、ここに居る高官たちはこの本部に出世して残っていると思っているが、その実は逆で、オーデルは自身が有能だと思う者こそこの本部から外に出していた。


 そんなことをせずとも、この者たちはこの者たちで邪魔者を放逐しようと躍起になっていたので、それは『退役間際のお飾り元帥』であると思われているオーデルにとっても容易な事だった。逆にここに居る者たちは自分たちこそ罠にはまっている事に気が付かない者たちなのである。


 オーデルにとって、この場でこの者たちと同じ空間の息を吸う事さえ苦痛であった。


「おお、『つくば』だ。『つくば』が来ましたぞ。彼らが先兵となって必ずや『マーズ』共に痛撃を与えてくれるでしょう」


 ローグが無邪気に窓に小さく映った『つくば』を認め歓声を上げた。他の高官たちもそれに倣う。このローグこそがリッツ家の実権を握るため、パラサの乗艦した『つくば』に対して単艦特攻を命じさせ、それが撤回されてもしつこく『つくば型』全艦による特攻にその内容を変え発令させた張本人であることをオーデルは知っている。


 本人は上手く隠せると思っているが、オーデルは自身の情報網と『新たに出来た協力者』によってそれを看破していた。


 彼らに取って目障り極まりない『フォース・チャイルド』と『第四世代人類』を一挙に葬り去り、彼らの犠牲を持って世論を動かそうという奇策は、だが当初よりオーデルの知るところであった。彼らのその稚拙な情報操作に気付かないふりをするのは本当に疲れたとオーデルは振り返る。


「彼らはその出撃前にその雄姿をこの本部が見られるように出撃のルートをこの本部上空からと設定しておるのです。間もなくここを通過し、大気圏外へ旅立っていくでしょう。さあ、元帥もご覧になってください」


 孫が死に行く姿を下品な笑みを浮かべながら見ろとこの男は言う。


 オーデルはローグをねめつける。自身を後継者に選ばなかったオーデルへのこの男なりの精一杯の嫌がらせのつもりなのだ。


「不要だ」

 オーデルが言うと同時、『つくば』が空中で制止した。


「バカな、何故減速する。何故止まる。そのような命令など私は発令していない!」


 この後に及んでまだ気付いていない。


「愚鈍が」

 オーデルがつぶやくと同時、『つくば』の後部ハッチからバーニア特有の閃光が走る。それは空中で弧を描くと、一直線にこの会議室に向かって飛翔してきた。


「ううわあ!!」


「なんだ、何のつもりなのだ」


 その速度とその異様に一同は窓から壁際の入口へと後ずさった。オーデルとその護衛のランドルを除いて。


「元帥、迎えです」


「うむ」


 ランドル・スチュアート中尉がそう言い、ランドルが着るコートをオーデルの頭を保護するように被せると同時にそれは起きた。


 クロウ・ヒガシが駆るデックスが、その会議室の窓をそのマニュピュレータで割り、そのまま手のひらを上に向けて指し伸ばしたのだ。


 デックスの排気とその勢いで会議室のガラスは粉々に吹き飛び、衝撃波が会議室を端まで走った。オーデルはランドルがガラス除けのためにかけたコートの下で鋭い眼光のまま慄き壁際まで後ずさった部下たちを鋭い眼光で見ていた。身動ぎさえしなかった。


『ええっと、この人を『つくば』に連れて行けばいいんですよね?』

 そんな間の抜けた声が、その異様なフォルムの機動兵器から響いたのはその時だ。


「ばかな、人型だと! 何故あんなものが『つくば』に乗っている! 何故そんなものがここに来る!!」


 半狂乱になりながらローグが口から泡を吹きつつ叫ぶ。


 人型の機動兵器が陸戦で使い物にならないという論議は、しばしばSFマニアの間でも話題になる。だが、それはその人型兵器が『飛空能力』を有さない場合ではないだろうか。


 今、クロウが駆るデックスはそのバックパックを地球重力圏用の装備へと換装していた。その大気圏用の大型エンジンと飛行翼を装備したデックスは無限とまではいかないものの『空を飛ぶ』事が可能だった。翼の無い航空隊には実は隠された翼が未だあったのである。


 そして、その巨人とも形容できるような異様である。標準的な人間のおおよそ9倍以上にもなるその全高と、その巨体故の大質量は見る者に潜在的な恐怖を植え付ける。


 それに踏みつけられるだけで人間などひとたまりもない。


 銃はその性能を知る者にとっては『脅威』であるが、銃の存在そのものを知らない例えば未開の部族などがそれを見ても恐怖を覚える事は無いだろう。だが、デックスはそこにあるだけで相手に恐怖を与える事が出来るのである。


 オーデルはそのローグの様子に興味を無くしたように視線を外し、窓の外、今まさに自分へと手のひらを指し伸ばしている巨人を始めて目撃した。


「ふ、面白い事をする。タイラー大佐貴様は面白い! まさに鬼神だな!!」

 そして、オーデルはそれを見た瞬間にそれが持つ戦略的価値を看破した。


「クロウ・ヒガシ少尉。聞こえるか!! この方だ! この方と俺を『つくば』まで運べ!!」

 ランドルはクロウが駆るデックスに向かって叫ぶ。


 そんな二人の様子をコックピット越しに見ながら、クロウはマニュピュレータに乗りやすいように会議室の床にその手の甲を接地させる。


『マニュピュレータで人を運ぶようにこいつは出来ていないんです。手の上に乗ったらなるべく身を低く、突起物を掴んでいてください!』


「わかった。頼むぞ、クロウ少尉! 参りましょう元帥」


 先にその手のひらへ乗ったランドルがオーデルへと手を指し伸ばしながら、慌てて動こうとする高官たちに向かって腰の拳銃を素早く抜いて天井へ威嚇射撃する。


 ランドルの手を取り、その大きなデックスの手のひらにまるで階段を一段登るように足をかけたオーデルは振り返る。


 部下たちはランドルの威嚇射撃で身を低くし、床に蹲っていた。


「ふはははは! 無様! さらばだ諸君。貴様らはそこで偏見にまみれて滅んでゆくがいい!」


 高らかに宣言すると。オーデルはランドルと共にデックスの手のひらの上で身を低くした。クロウはそれを確認すると。もう一つのマニュピュレータでそっと二人が落ちないように覆うと、バーニアを噴かして『つくば』へと飛び立った。


 そのバーニアの推進で、連邦軍本部の窓という窓が吹き飛び、会議室で身を低くしていた高官たちでさえその衝撃波を受けてゴロゴロと床を転がった。


 ほんの数十秒で、『つくば』格納庫へ戻ったクロウは格納庫の隔壁が閉鎖された事を確認するとデックスに片膝をつかせ、二人の乗客を乗せたマニュピュレータをなるべく衝撃を与えないようにそっと再び手のひらを上に格納庫の床へ設置させた。


「がっはっは! 痛快痛快! これを動かしているのはクロウ少尉と言ったな! 気に入った! 儂の孫のパラサとファ〇クしていい!」


 そんな、放送禁止用語を口走りながら、そのクロウから見て偉そうなおっさんはデックスのマニュピュレータから舞い降りた。足を格納庫の床へとつくと同時、老元帥は手に持った刀の石突を格納庫の床へと叩きつける。ガツンと音を立てて、オーデルの存在感が格納庫全体へと広がったのをクロウはコックピットから目撃していた。


 同時にランドル中尉も降り立ったのを確認してクロウはマニュピュレータを静かに下げる。


「お待ちしておりました。『賢人機関』に所属する同士オーデル・リッツ元帥」

 そのオーデルに対し、その存在感に意にも解さず、つかつかと近寄るのがタイラー。クロウの実の兄である八郎である。


「『賢人機関』の仮面の下に『怒鬼』を飼う男。タイラー・ジョーン大佐か。こうして対面するのは初めてだな」


 タイラーは敬礼しようとするが、瞬間オーデルはタイラーに右手を差し出す。タイラーは躊躇しながらもその握手に応えた。


「よく、我が孫娘をここへと導き、儂の倅の嫁と末の孫娘を救ってくれた。まずは人の親として礼を言う」


 見れば、タイラーの後ろにルウとパラサが控えており、クロウはオーデルが叫んだ放送禁止用語が当の孫娘の耳に届いていないかとひやりとしたが、聞こえていなかったのか、聞かなかったことにしたのか、パラサはその老人の健在そうな姿にむしろ涙を浮かべて喜んでいる様子だった。


「お爺様!」


「パラサ! 息災なにより! 積もる話はまた後だ! 行こう大佐。長居は無用、あの脳足りん共の事だ、いつこの艦が砲撃されるか分かったものではないぞ」


 そう言ってルウの先導に従ってオーデルは颯爽と格納庫を後にしていく。それについて行こうとしたタイラーだが、振り返ってクロウに言う。


「クロウ少尉。ご苦労だった。派手好きの元帥はいたくお気に召したようだ」


『艦長、人をマニュピュレータで運ぶのはこれでこりごりです』


「だが、燃えるシュチュエーションだったろう?」

 言いながら、タイラーはそのままオーデルを追って行ってしまった。


 仕方なくクロウはデックスを格納庫の4号ハンガーへと戻しロックを確認すると、コックピットハッチからタラップへ、そのまま格納庫の床へと降り立った。


 しばし降り立ったばかりのデックスを見上げる。クロウが乗る4号機以外のデックスはそのパイロットをコックピットに内包したまま未だシミュレータ訓練中だった。クロウもできうる限りシミュレータ訓練をしておきたかったのだが、この後艦長室へ顔を出せと言われているので仕方がない。


「クロウ少尉! 君がクロウ少尉だな。さっきは運んでくれて助かった」


 話しかけて来た青年をクロウは首を動かしてみる。保安科の常備服に身を包み癖の強い黒髪にブルーグレーの瞳を持つ青年は今しがたクロウがマニュピュレータで運んだ乗客の一人だった。ランドル・スチュアート中尉、事前のブリーフィングで説明された彼の名前は確かそれだったはずだ。


「ああ、すまない。俺はランドル・スチュアート。特命を受けて長期にわたってこの『つくば』から離れていたが、保安科保安長階級は中尉だ。先ほどの操縦見事だった」


「この艦のクルーだったのですね、僕はてっきりあの偉い人のお付きの人だと思ってました。改めまして、クロウ・ヒガシ少尉、戦術科航空隊4番機パイロットです」


 差し出されたその右手に自分の右手を重ねながらクロウは言う。いつの間にか、軍人としての自己紹介にもすっかり慣れてしまったなと思いながら。


「そう思われてしまうのも仕方ないな。実際、今の今まではオーデル元帥付き士官兼護衛として身分を偽っていた」


「保安長。自分も自己紹介をよろしいでしょうか?」


 そのランドルの後ろに控えていた少年も、また一歩踏み出してクロウへと右手を差し出す。


「ニコラス・シニョレ、伍長だ。クロウ少尉貴方とはすれ違うばかりだったので一度きちんと自己紹介したいと思っていた」


 ニコラスという彼の名前には、クロウは聞き覚えがあった。クロウとタイラーがVR空間内の映画館の休憩室で面会した時に、その入り口の護衛を務めていた人物が確か彼だったはずである。


「ありがとう。ニコラス伍長、とても優秀だと艦長から聞いていた。会えてうれしいよ」


 クロウの反応が意外だったのか、ニコラスは被っていた帽子の鍔で表情を隠しながら口元を上げた。


「ふふ、あのニコラスを笑わせるか、変わった男だ。すまないクロウ少尉、我々2名もこの後艦長室へ呼ばれているんだ。よかったら一緒に行かないか?」


「喜んで」

 ランドルの提案にクロウは微笑んで軽く頷く。


 クロウはこの時、シドの「軍人は基本的に群れたがる」というセリフを思い出していた。クロウの所属する航空隊がクロウと別行動を取っていたため、クロウは若干の疎外感と寂しさを無意識に感じていた事にこの時初めて気づいたのだ。


「ははは、助かるよクロウ少尉。実は『久しぶりに』この『つくば』に帰ってみたら君の駆るDX-001のお出迎えに、この格納庫の変わりようだ。まるで浦島太郎の気分さ。勿論君の事やDX-001の事はシドやこのニコラスに聞いていたんだけれどね」

 言いながらランドルは歩き出す。クロウもニコラスもそれに続いた。


「艦外での活動を今度聞かせてください」

 にこやかに語るランドルに、彼の見て来たこの『つくば』の外の様子にクロウは興味を持った。


 クロウは目覚めてからそのほとんどがこの『つくば』艦内の生活である。この時代の『外』の風景をクロウはまだ経験していない。


「すまないクロウ少尉。できれば今すぐに僕が経験した冒険譚を語りたいのだが、その任務の特性上タイラー艦長の許可が無いと話せないんだ。許可が下りたら話すという約束で今はいいだろうか?」

 本当にすまなそうにランドルは言う。


 クロウはこっくりと頷くにとどめた。

「それが『任務』であれば、そういう事もあるでしょう。期待して待っていますよ」


「驚いたな。君はまるで以前から軍人だったような反応をするのだね」


「兄が軍人だったのですよ、恐らくその影響でしょう」


「なるほどな」

 言いながらランドルは『彼ならば』と一人思う。


 今はまだ、それをクロウに伝える段階ではない。だが、最早クロウの存在はこの『つくば』艦内において、あるいは『つくば型』全艦において、そして、この『つくば型』を含んだ『新たな勢力』において特別の意味を持つ。クロウは『それ』に気付いているのだろうか。

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