蜃気楼、だとしても
@araki
第1話
くゆりくゆりと、紫煙が立ち上っていく。
その行く先を、真枝はベンチに座ってぼんやりと目で追っていた。
「調子はどうだ」
不意に声が聞こえた。目を向けると、よれたスーツ姿の男が傍に立っている。同僚の斉藤だった。
彼は当然のように真枝の横に腰を下ろし、手に持っていた缶を開けた。
「収穫なし。相変わらず要領を得ないわ」
「まだ神だなんだと喚いてるのか?」
「それしか逃げ道がないんでしょうね。現実から目を逸らしたいのよ」
「酔った勢いでの嫁殺し。そりゃ信じたくないわな」
真枝は重いため息をついた。
「どうしようもない事件ばかり。ほんと嫌になる」
「もしやドラマ的事件を期待してた口か?」
「そんなんじゃない。ただ」
「ただ?」
「救いがないなと思って」
「ああ、そっちか」
斉藤は缶に口をつける。微糖じゃないじゃねぇか、と彼は渋い顔を見せた。
「俺たちはそれぞれ違う人生を歩いてる。頭を悩ましたって無駄だよ」
「つい考えちゃうのよ。問題は本人にしか解決できない。でも、その手助けぐらいならって」
「警官に向いてない考え方だな。早死にするぞ」
「割り切る努力はしてるんだけどね」
真枝は苦笑を漏らす。すると斉藤は言った。
「まあ、たまにならいいかもな」
意外な言葉に真枝は眉を上げた。
「てっきり甘いって言うかと思った」
「甘いよ。この似非珈琲よりも甘い。けれど」
斉藤は肩をすくめた。
「そういう奴がいる。それだけで前を向ける人間もいるからな」
真枝は微笑む。彼なりの励ましだろう。それだけは分かった。
煙草を灰皿に擦りつけ、思い切り伸びをする。それから、よし、と真枝は勢いよく立ち上がった。
「もう一勝負行きますか」
「ところで、それ終わったらこっちの案件を手伝ってくれないか? ちょっと難航しててな」
「えっ、嫌だけど」
「おい、さっきの言葉はどこ行った」
「それとこれとは別」
「今度ランチに行こう。俺の奢りで」
「ディナーなら手を打つわ」
「現金な聖女様だ」
斉藤の苦い笑いに、真枝は笑った。
蜃気楼、だとしても @araki
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