第2話後悔と完璧
レベル3、レベル2。GジャックとBジャックはそれぞれ越えたが、何故か府に落ちない感覚があった。最初のレベル5が頭の中からも、胸の奥からも消えることはないだろうが
「もしかしたら自分たちのパイロット人生で、あれが最も困難なものになるのかも・・」
その思いは幸運よりも、多少、いけないとは思うのだが、残念という感情を呼び起こした。自動防御装置も完璧に作動し、ほんの時折、流れ星のように飛んでくる磁気弾をはじき返し、何の苦労もない。航行中キャプテンジャックの声には注意を払っていたが、それ以外はふと思いついた考え事がよぎり、いやそれは良いことではない、特殊空間航路のパイロットにあるまじきと自分自身を反省した。二人とも3度ずつ航行し、「キャプテンの方が揺れないよ」彼らのヴェルガ達は辛口の批評をしたが、そのことに怒るわけでも、深く追求するわけでもない若いパイロット達に、キャプテンジャックはこう言った。
「何を考えているか当ててみようか?Gジャック、Bジャック」
「え? 何ですか? 」
「星間レーサーの言ったことも分からないではない、と思っているんだろう? 」
「・・・・・・・・」
「わからないこともないんだがね。今の特殊空間航路ばかりを見ていたら、あの嵐は何だったのかとは思うよ、今のままだったら、確かに技術の向上は望めないから、一般航路の難しい所で教習をしようと言う意見が出ている。君たちがこの調査を終えたら、多分それに行くことになるだろう、キャプテントミがその総括に当たるそうだ」
「そうですか、良かった・・・」二人はうれしそうな顔を見せた。その顔はキャプテンジャックを安心させ、その場はいつもの和やかな雰囲気に戻った。
「星間れーさー? 」
聞いたことのない言葉だと、ラウルとリシューはパートナーを見たりキャプテンジャックを見たりした。
「ラウルとリシューは全く知らないか・・・星間レーサーって言うのは小型艇で、最速を競ったり、コースを回ったりするパイロットの事だ、僕らが小さい頃キャプテンはその花形レーサーと対決して、圧倒的勝利だったんだ」Gジャックが説明した。
「ふーん、すごいの? 」
「すごいさ! かかる重力が全然違うのに、ほんのちょっと練習しただけで勝ったんだから、キャプテン、小型艇は得意だったんですか? 」
「いや、重力が嫌いだったから、星間レーサーも航路安全局の人間にもなりたくなかったんだ」
「それで? すごいな・・・」
「たまたまだよ、もう二度としないし、ごめんだね・・・・」
ラウルとリシューは首をかしげ、不思議そうな顔でキャプテンジャックを見た。
「どうしたんだい? ラウル、リシュー、私をずっと見て」
「勝負? キャプテンが? そんなことしたの? 」
「キャプテンは案外闘争心が強いんだよ、ラウル、お前たちに見せたいような・・・・」
「ような・・・かい? Gジャック、二人とも感謝しているよ、あの若い格闘家に謝ってくれて「良いクルーじゃないか」って格闘星の皆に言われたよ」
「ハハハハ・・・・」
「ねえ、ねえ、その星間レーサーのお話が聞きたい」
「リシュー、それはね・・・・」
Bジャックはそのあと黙ってしまった。雰囲気ががらりと変わってしまったので、ラウルもリシューも困っていると
「キャプテン・・・・・あの・・やっぱり怒ってたんですか・・僕らも・・・いけませんよね・・・」聞き辛そうにGジャックが言った。
「怒ってなかったとは言わないよ、いろいろな感情があった、一つだけではない」
「そうですよね・・・キャプテンはレベル8を何回も越えているんですから・・すいません、僕達・・・・」
「謝ることはないさ、Bジャック。ここ何年かで激変してしまったのだから、人間が対応できないのはしょうがないさ、心の面でも・・・・・」
キャプテンジャックはしばらく、ヴェルガ達を優しくなでた。
「ラウル、リシュー君たちが生まれる前の話だ。私がヴェルガと出会って、その能力が序々に発揮されてきたときのことだ」
耳をピンと立て、ラウルとリシューは大きく目を見開いた。
星間レーサーと特殊空間航路のパイロットの運命は、人を取り巻くものすべてに複雑に絡み合ってはいたが、もし、それが時という一本の糸で紡がれているのならば、二本を少しずつ解きほぐすこともできるかもしれない。
特殊空間航路が封鎖され、人々の生活は変わらざるを得なかった。勿論娯楽においても。遠く離れた所への観光は、当然のごとくできなくなり、人々は手短な、しかし時代への不安をかき消してくれるようなものへと向かって行った。
星間レースは以前から人気の娯楽であった。最速で、半分命がけの、スリルを凝縮したような競技に、熱狂するものは少なくなかった。一方特殊空間航路のパイロットなどは、100年に一回のオーロラ鋼調査の時に船長、船員達が急に大きく脚光を浴びるくらいで、それ以外は特に注目されることはなかった。保障はあるものの、戒律的に厳しいと一部では言われる規則の中、それほど高額な給料がもらえるわけでもなく、星間レーサー達から「僧侶、聖職者」と呼ばれるような存在だった。また2S以上は全て総司令部直轄であり、さらに許可証となると家族を含め、「生き方」まである種管理されることとなるので、それが嫌なものは、一般航路か、Sを取って企業なりの操縦士、つまり会社員になるという道を選んだ。
星間レーサーはしかし道が細く狭い。なれるのはほんの数人で、その数人が賭けの対象となり、莫大な報酬を得る。レーサーの養成学校は将来の「いかさま防止」のために生徒を厳しすぎるほどに鍛え、選抜するが、なった後はある種放任である。浮き名を流そうが派手な生活をしようが「厳しく禁じられた一つの事」だけに手を染めなければ、すべての自由は謳歌できた。彼らのある種胸のすくような生き方に、人々は明るいものを感じたのか、星間レースは宇宙のあちこちで開かれるようになった。特殊空間航路が閉鎖されて、以前より時間がかかる情報素子から、人々はいろんな空域にいろんなレーサーがいることを知り、
「いつか、あいつと、あいつの対決が見たい」そんな夢を語っていた。
格闘星のジャック少年は、小さい頃親に「特殊空間航路のパイロットって? 」と聞いたが「今はその人達はいない」と言われ、とても寂しい思いをしたのを覚えている。そしてみんなと同じように星間レーサーに一時熱中したが、特殊空間航路を行くパイロットが復活したと聞くと、もう心はそちらに完全に向いて、事細かに彼らの事を調べたりはしなかったけれど、「いつか自分もなりたい」その決意を早くから固めていた。
特殊空間航路の復活で、星間レーサー協会は待望の「宇宙大星間レース大会」を開けるものと期待したが、先ず運ばれたのは病人、医療品、食料、工業的な原料。何をどう運ぶか、たった6人で、人を含めた宇宙の流通の全てを担うため、娯楽の、元気な人間を運ぶことなど、総司令部が許すはずもなかった。星間レーサーはそれこそ特殊な存在で、パイロット技術はあっても特殊空間航路は通れず、一般航路でも自分の星の周りと、レース場でしか操縦できなかった。移動には他人の手がいるのだ。協会は再三に渡り総司令部に要請したが、しまいには「いい加減にしてくれ」と言うような書類が協会に叩きつけられ、それ以降協会は総司令部とはいわゆる犬猿の仲になってしまった。
星間レーサーの隆盛は続いていたが、徐々にかげりが見え始めた。それが人々の、飽き、だったのか分からないが、丁度同じくして、今までほとんど注目されることのなかった特殊空間航路のパイロット達に、尊敬と強い感謝の念が沸き起こっていた。6人のうち、知的な二人は一人としてみても、5人は顔つきも個性もバラバラで、その上、典型的な特殊空間航路のパイロットの真面目さを持った人間であった。嵐を越える極めて高度な技術を持ち、生活に乱れがなく、人間的に見てもそれぞれ悪い話は特に聞かないとなれば、称賛は社会現象になり、彼らこそ理想的な人間、と人々は思うようになった。本人たちは、自分達がそうでない事はちゃんと分かっていたから、それに有頂天になることもなく、とにかく仕事の忙しさで、日々追われているようなものだった。
しかしある時どこからの情報なのか、キャプテンサマーウインドが女優と、という噂が流れると、世間の人々はそれに飛びつき、映画星(スタジオやセットが星のほとんどを占める星)のどこそこで二人を見たという話まで出てきた。
連携を取りながら仕事をしている仲間達は、サマーウインドの航行の全てを知っていて、行けるはずがないと分かっている上、訓練校時代からの度重なる「過ぎたいたずら」の仕返しには丁度いい話題だとは思った。しかし、毎回毎回レベル8が続き、疲労困ぱい、彼の航行技術の急激な向上を目の当たりにして
「おちょくっている暇はない」とその話題には触れず、仕事の事ばかりを話していた。
しかしいい様におちょくられていたのは彼らだけではない。一般航路、数えることのできる安定航路(特殊空間航路で、毎日レベル3以下のもの)を飛ぶパイロット達も同様で、彼らもサマーウインドがそこに行くには、特別な、ある種人知を超えたことをしなければならない、と分かっていたので、彼を談話室で見るなり
「よ! キャプテンサマーウインド! 特殊空間航路の発見者! 」
と揶揄し、部屋に明るい笑いが起こった。上手いことを言うとサマーウインドは思ったが
「生まれたときからこの顔でね、慣れっこだよ、会ったこともない女性からも恋人と言われることぐらい」と返すと
「まだまだそんなもんじゃあ、俺なんかこの前クリームに・・・・・」と話題はいつもの所に戻り、彼らも心得たもので、二度とその話に触れることはしなかった。結局その相手が星間レーサーだと分かり、若いその当時は、心にほんの少し、羨望と恨みを残すこととなった。
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