シャイで可憐な僕の彼女は、スナイパーライフルを構えた。
かぎろ
砂井さんは――――かわいい。
砂井さんの可愛いところを僕はいくらでも挙げることができる。繊細で、ちょっとした幸せに気付けるからいつもにこにこしているところ。甘い物好きで、ボンタンアメが好きなところ(おばあちゃんか)。職員室が怖くて、僕が一緒じゃないと入れないところ。可愛いエピソードだって一晩中語り明かせる。例えば、職員室に入る時もそうなのだけれど、砂井さんは手のひらに何か文字を書いてそれを飲み込む動作をすることで緊張を和らげるという古典的なおまじないをやることがある。しかし砂井さんの場合は「人」ではなく、何か複雑な文字を書いているのだ。この前気になって訊いてみた。「それ、何書いて飲み込んでんの?」
すると砂井さんは前髪の奥の潤んだ目を泳がせ、袖からちょろっと出た指先をもじもじと絡ませて、言った。
「ぁ……あなた、の……名前を、書いて、る。落ち着く、から……。……へん、だよね……」
変じゃない!
変じゃあないよ砂井さん!!
変じゃないから僕の胸に飛び込んでおいでええええ!!!
今思いだしてもこのように取り乱すほどの可愛さを持つ砂井さんだが、まだまだ魅力はたくさんある。それら全てを詳しく記すには紙幅が足りないのが残念だ。
とはいえ他の人はあまり砂井さんの魅力に気付いていないらしい。クラスで人気な女子と言えば筆頭に挙がるのは鹿島さんとか、小野田さんとか。小野田さんは砂井さんと同じで押しに弱そうな引っ込み思案女子なのだが、クラスの男どもに人気なのはなぜか小野田さんだ。
砂井さんの方が可愛いと思うんだけどな。
そう思ってしまうくらいには砂井さんが一番、唯一、大好きだ。僕の心はすっかり撃ち抜かれてしまっているのだった。
◇◇◇
スナイパーライフルが、どん、と少しくぐもったような音を立てて1km先の標的を撃ち抜いた。
ビルの屋上から見える景色は格別だけれど、屋上の端っこのあたりに寝そべるのはやはり怖い。それでも僕は腹ばいで双眼鏡を覗く。
「うん。ヒットしてるよ、砂井さん」
返事はない。僕は慌てて口を閉じる。砂井さんの集中を阻害してはいけない。まだ撃つべきものは残っているのだ。
伏射の姿勢でスナイパーライフルを構える砂井さんがそこにいた。
ストックを肩と頬で固定し、フォアエンドを二脚で安定させ、人差し指をトリガーにかけている。呼吸をしていた。吸って、止めて、吐く。体の力が抜けている。呼吸音が止まる。刹那。トリガーが絞られ、撃発。
僕はその一連の狙撃動作に、つい見とれている。
「…………ふぅ」
全ターゲットを撃ち抜いてすぐに、砂井さんは軽く息を吐いてライフルを片づけにかかった。今日の任務は終了らしい。何か片づけ手伝おうか、と声をかけるも「素人は手を出さないで」と鋭く言われて退散する。しかし徐々に仕事人モードが解けてきた砂井さんは、はっとして、あせあせと焦り、あうぅと謝ってきた。
「ご……ごめんね、
僕にやれることといえば、ライフルを入れてカムフラージュに使うための楽器ケースを開くことだけだった。おっけ、と応えてケースを開けておく。遠くから警察のサイレンが聞こえてきて、僕は、銀行強盗は捕まったかな、と思う。
◇◇◇
砂井さんは〝人以外を撃つスナイパー〟だ。
今回のように高速道路の上を走る銀行強盗の逃走車両のタイヤを狙撃することで無力化するだとか、犯罪者を追い詰める系の仕事が多いみたいだが、詳しくは教えてくれない。この前仕事に同行させてもらった時は何故か遠くの空き缶を狙撃していた。何の仕事だったのかは想像してと言われた。ミステリアスだ。
僕と付き合う前から仕事はしていたみたいで、カミングアウトされた時は相当驚いた。でも僕が砂井さんに惚れた理由として、謎の大きな楽器ケースを担いでいる時の砂井さんがあまりに格好良くて普段とのギャップにやられたというのがあったので、全然OKなのだった。
◇◇◇
「ずっと前から、僕を狙ってた?」
帰り道、小さな声で話す砂井さんと談笑している時、僕は思わず訊き返す。砂井さんは照れたように俯いて「うん……」と呟いた。ずっと前から僕のことが気になっていて、どうしたら交際してくれるか考えていたらしい。
「わたし……子供の頃から、予測が得意で……。兵太くんなら、わたしの…………お、おむこさんにっ……なってくれる、気がして……」
おむこさん。
おむこさん?
おむこさん!!?!?!!??!?!?!??アアアアアアアアアアアお婿さんになってあげるから僕のお嫁さんになってええええええええええええええええ
取り乱した。さて、ええと、砂井さんは子供の頃から予測が得意だという。確かに、砂井さんの狙撃は予測が持ち味だ。逃走車がこのポイントに来るからここで待伏せしよう、だとかの予測が正確無比だからこそスナイパーとして天才的なのだ。その予測は、もはや未来予知にも近かった。
そういえば……、
以前、道路で足を挫いて倒れてた時に迫ってきた車が突然パンクしたおかげで助かったり……あと今砂井さんと通ってる高校の受験日の朝に爆睡してて、銃声のような大きな物音がして目覚めてなければ寝坊して高校受からなかったかもしれない、みたいなことがあった気がする。
僕は恐る恐る、訊ねた。
「狙い始めたのは……いつから?」
僕にとっての恋のはじまりは、ギャップにやられた、あの日からだ。
でも砂井さんにとっての、はじまりは――――
「ぁ……わたし……四歳のころ、に……」
ちろちろと両の指を絡ませながら、砂井さんは、小さな口を開いた。
「兵太くんと……お砂場遊びして……いっぱい、泥だんご、つくって……」
そして、ふにっと頬を緩ませ、綺麗な声を紡ぐのだ。
「…………その時から、かな……!」
僕はこれから苦笑いしながら「ごめん、覚えてない……」と頭を掻く。
そんな僕に、砂井さんは全て予測していたように微笑むのだろう。
で、僕は、大好きな砂井さんの可愛い笑顔に、またもや心の柔らかいところを狙い撃ちされるんだろうな。
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