ヤンデレ短編集

@inugami1234

篠原 真由美

俺の名前は小室宗司。地元の適当な高校に通っている適当に生きる男子高校生だ。

普通の男子高校生が普段から喋ることって何だと思う?

それはずばり女の話だ。同級生、先輩、後輩、先生。俺たち男子高校生はいろんな女性に憧れる。

「クラスのあの子可愛くね?」とか、「数学の先生美人だよなぁ」とか、そういうことを駄弁って日常を過ごしていくのだ。

そういう生活の中では、俺は大概羨望の眼差しで見られる。

何故かって?


「おはよう、宗司くん。今日はちゃんと起きてきたね。えらいえらい」


異性の幼馴染が日頃から世話を焼いてくれるからだ。

彼女の名前は篠原真由美。幼い頃から隣の家に住んでおり、何かと俺の世話をしてくる女子だ。

周りはこの篠原のことをうらやましいと言ってくるが、俺は正直に言ってあまり好ましいとは思っていない。

確かに可愛いし世話を焼いてくれるのはありがたいが、多感な時期である高校生にとって女子に色々管理されるのは辛いものがある。

今の発言だってまるで子供をあやすようだ。人前でもこうだから恥ずかしくて仕方ない。


「もう高校生だぞ?もう幼馴染目覚ましはいらないっての」


「そんなこと言ってこの前遅刻しかけたじゃない。宗司くんは大人しく私の目覚ましで起きてればいいの」


そして結局彼女に頼ってしまっている自分がいる。それが一番情けない。

返事に窮していると真由美が俺の手を引く。


「さっ、早く行こう?」


彼女は純粋な笑顔で俺に語り掛け、引っ張っていく。

…こういう瞬間は悪い気はしない。





「つーわけで、今日も女子の選評会しようぜ!」


昼休み。真由美からもらった弁当を広げていると友達の一人である指原和樹が非常に下品な提案をしてくる。


「お前毎日やってるじゃねえかよ。そう変わるもんでもないだろ」


「チッチッチ、違うんだなぁ宗司。俺たちも女子たちも一日一日変わっていってるんだぜ?そういうとこに気づくのが良い男ってわけよ!」


「実際のところただ女子をじろじろ見ているだけじゃねえかよ」


とか言いつつも止めはしない。こいつにとって女子の話は生きる活力らしいからな。

決して!俺が女子の話を聞きたいからではないのだ。


「それで?今日は誰について話すんだよ」


「よくぞ聞いてくれました!やっぱり一番変わったのはあいつだなぁ、香木原のやつ」


香木原めぐみ。このクラスのクラス委員をやってる女子。真面目で強気な眼鏡属性女子だ。


「俺の推理では…絶対好きな人が出来たと見えるね」


「はぁ?」


突拍子のない意見につい口から威圧的な言葉が漏れ出る。


「いや、絶対きれいになってんだよ!まとう雰囲気っていうの?恋する乙女~みたいなさ!分かんねぇかなぁ」


「分かんねぇよ。そんなにじろじろ見ねーし…お前だけじゃねえの?」


「おっ、何?俺もしかしてきてる?香木原の奴も地味だけど結構イケるからなぁ…」


割と失礼なことを言いながらデレデレしている和樹の後ろを見やると、香木原さんはむすっとしながらも頬を赤らめている。

…あれはどっちだ?図星なのかただ単に照れてるだけなのか?判断に困る。


「イケるっていやぁお前、彼女はどうなんだよ?ほら、篠原さん!」


そしてまた始まる真由美の話。こいつは毎度毎度真由美のことを俺に聞いてくる。


「何度も言ってるけど彼女じゃねえっての…」


「お前あれで彼女じゃないとかあり得ねぇから。彼女じゃなきゃ弁当作ってくるとか登下校一緒とかありえねぇってマジで!あぁ~羨ましい!」


和樹が両手を振り上げて嘆くような声を上げる。


「あのなぁ、あれは真由美が勝手にやってるおせっかいなんだよ。実際に俺の立場になったら絶対嫌になるっての」


「そうじゃねぇ、そうじゃねえんだよ!可愛い幼馴染が日頃世話を焼いてくれるってだけでクッソ恵まれてんの!俺は負け組!お前は勝ち組なんだよ!うおおおおお!」


無駄にオーバーリアクションしながら和樹が騒ぐ。

休み時間とはいえ大声を上げないでほしい。毎度毎度恥ずかしい思いをするのは俺のほ…


「そうだよ宗司君っ。君は恵まれているのだ!」


「「うわぁっ」」


唐突に後ろから真由美の声が響く。今まで気配もしていなかったため和樹と俺は一緒に吃驚してしまった。


「ど、どこにいたんだ真由美!?」


「んふふ、宗司君がいるところに私はいつもいるのだよ」


説明になってないじゃないか…

そう思っていると後ろから真由美が抱き着いてくる。


「そしてこれからもずーっと一緒なの。えへへ」


「何を小学生みたいなことを…」


呆れたような態度をとるが後ろから柔らかい感触が伝わるのがもどかしい。あまり顔には出したくないがつい頬が緩む。


「へーへー、うらやましいこってすねぇ。モテない男の前でイチャイチャしちゃってよぉ!結局宗司もまんざらでもねぇんじゃねぇかよ!」


「…さすがに恥ずかしいっつーの。照れてるだけだ」


「はっ、デレデレしながらよく言うぜ。あーあ、俺にも彼女出来ねーかなー」


結局話題のことはうやむやになって、適当な談笑に落ち着いていく。

この何も考えてないような会話が心地いい。日常とはこういうものなのだろう。


「…」


ただ一つだけ、真由美がずっと黙って俺にくっついていることがいつもと違うことだった。





元々真由美は距離感の近い人物だった。

いつの間にか家に入り込んだり、俺の部屋に勝手に入って勝手に漫画を読み漁る…そのくらいなら幼馴染ならよくあることと理解できる。

だがある日を境に俺に対して異常な執着を見せるようになった。

登下校は必ず一緒、家に帰っても当然のように玄関に入り、当然のように一緒に飯を食べる。大概この時点でおかしいと思うが、まだ序の口だ。

真由美はこの上に、寝床に入り込んでくる、風呂に一緒に入ろうとする、挙句の果てにトイレにも一緒に入ろうとしてくるようになっていった。

そのたびに注意したらその時は大人しく待っていてくれはするのだが…次の時には忘れたように、もしくは当然のようについてこようとする。


「…なぁ、最近どうしたんだお前?何で俺とずっと一緒にいたがるんだ?」


「えー?言ったじゃん。私はずっと、宗司君と一緒だって」


部屋でふと尋ねれば、純粋な笑みを浮かべながら俺に抱き着いてくる。この態度自体は可愛らしいものだと思うが、その笑顔が今となってはうすら寒い。

あんな生活は流石に気が持たない。だからこそ、今言わせてもらう。


「…なぁ…その…俺たちもいい歳じゃないか?だからその…一人になりたい時も、あるんだ。だから…その…」


いつも通り真由美に話すだけなのに、怖くなってしまい言葉が曖昧になる。

もしこの提案を拒絶されたら、もし否定されたら…そう考えると何故か怖く感じる。今までそんなことは無かったというのに。

それだけ俺にとって最近の真由美の行動が異常だったということなのだろうか。



「…」



そしてその提案を聞いた真由美は真顔になって俺を見つめる。

真っすぐ見つめてくるその瞳は、まるで俺の心境を見透かしているかのようだった。





「…そっか、そうだよね。いやー、ごめんね気が利かなくて!誰だって一人になりたい時ってあるもんね!」


どんな返事が来るか盛大にビビりながら待っていると、真由美はにっこりと笑って答える。

その返事は以前と同じで、明るくて優しい声だった。


「え…」


「そりゃそうだよ!私だって……うん…一人になりたい時も、あるから。今までごめんね?これからは前くらいに戻すから!」


「あ、あぁ…」


それまでの異常さがまるでなかったかのような喋り方に俺は困惑した。

もしかしたらただの俺の被害妄想だったのか?だが毎回くっついてこようとしていたのは事実だったし…


「あはは、なんか不安にさせちゃってたみたい…?ごめんね、もっと仲良くなりたかっただけなの」


俺の不安が顔に出ていたのか、真由美が苦笑しながら謝ってくる。

それに対して俺はなんだか申し訳ない気持ちと、不安な気持ちがまじりあった奇妙な気持ちになる。


「い、いや…俺の方こそ、悪い。嫌だったなら最初から言えばよかったよな」


「ううん、変なことしてたのは事実だもの。だからこそ私が謝らなくちゃ」


あまりにも普通…いや、真摯な対応にやはり自分がおかしかったのではないかと自責してしまう。

やっぱり自分からもっとちゃんと言っていれば良かったんだ。真剣に止めてくれと言っていれば…

そう思っていると、不意に真由美が両手を合わせて音を立てる。


「はい、それじゃあここまでにしようか!今から元通り!それで今までのことは忘れちゃお!私もそうするから!」


真由美はいつもと同じ、純粋な笑顔で提案してくる。幼馴染だからだろうか、昔から俺が黙り込んでいるとこうやって雰囲気を変えてくることがある。

そしてそれは、今の俺にとってはありがたい助け舟だった。


「…そう、だな。おう、そうするか!だったら、まず真っ先に借りた漫画を返せよな!」


今までのことをお互い忘れる。そうすれば元通りだ。そう考えると不安がスッと消えるような気がして、その安堵からか真由美に笑顔を向ける。


「えぇっ、ま、まだ読んでないからもうちょっとだけ…」


「もう半年以上借りてんじゃねぇかよ。早く返してくれないとお前のものになっちまうだろ?」


「えー?それならもうずっと持ってようかなぁ」


間抜けなやり取りにお互い笑い合う。

既に俺の中に残っていた不安は、もうすっかりと消え去っていた。





真由美と奇妙な仲直りをしてから2週間。あれから前と同じ仲のいい幼馴染として学校へ通っている。

しかしあれ以降どうにも調子が悪そうに見える。普段から屈託のない笑顔になる真由美が、どこか体力がないような笑みを浮かべることが多かったのだ。


「いやぁ、ちょっと最近寝不足で…心配かけちゃった?ごめんごめん」


話しかけると元気そうに喋るが、空元気を出しているような気がしてならない。

今までずっと健康的だった真由美が寝不足になるということは、俺にとって結構重大な出来事だった。

幼いころから体を壊すようなことは全くなく、どんな時でも元気だった真由美が寝不足で元気が無くなる?

きっと何かあったに違いない。


「…で、俺に相談?」


どうすればいいか分からなかったから和樹にとりあえず相談しに行ってみた。


「んなもん俺が知ったこっちゃねぇよ。直接聞きゃいいじゃねえの」


「それがな、いくら聞いてもはぐらかしてくるんだよ。一人になりたい時ってあるでしょ?って言ってきてな…」


「なんだよそれ。幼馴染なんだからその辺は…あー、なんかその辺りでぎくしゃくしたんだっけか」


和樹にはこの前あった仲直りのことは話してある。和樹も多少訝しんでいたが、真由美がいつも通りだからよっぽど大丈夫だろうと応えてくれた。


「んー…最近篠原さんの家に行ったこととかは?」


「…無ぇなぁ。中学上がったあたりくらいからあいつがこっちに来るばっかりで、あいつの家に行く理由が無かったんだよ」


「じゃあそれとなく家に行ってみればいいんじゃねえの?昔よく行ってたんなら違和感なく入れるだろ。それで何か変わったところがあるかどうか見ればいい」


「んー…一人になりたい時があるとか言ってた奴のところに上がり込むってのはどうなんだ…?」


「幼馴染だし篠原さんはお前の部屋によく遊びに来てたんだろ?ならおあいこってことで許してくれるさ」


そう言われても中々納得できない。真由美が単純により仲良くなろうとしたのを俺が気味悪がって突っぱねた訳なのだから、さらに失礼なことを重ねるわけにもいかない気がする。


「なんか難しいこと考えてそうな顔してんなぁ…いいんだよ、向こうがやってきたからこっちもやってやったなんていくらでもあることなんだし」


「…真由美の奴、傷つかねえかな。俺ともっと仲良くなろうとして、俺から怖がられてさ。その上家も探られるとか…」


「…確かにな。でも距離を縮めたがってたのは事実だし、お前から行っても大丈夫だと思うんだがな…よし、ならこうするか!」


和樹はいいことを閃いたと言わんばかりの表情を浮かべる。


「この件で篠原さんが傷ついたりとかしたら、俺が責任を持つ!お前にはなんの責任も無かったとしっかり説明してやるよ!」


「はぁ…?そんなことしてお前に何の得があるってんだよ」


「お前と篠原さんがぎくしゃくしてんのは見ててやきもきすんだよ。前までお前が篠原さんを鬱陶しがってたってのに最近はなんか態度変わってるし…」


「そんなに態度変わってたか?」


「そりゃあもう。篠原さんの言うことしっかり聞くし、篠原さんへの言葉遣いっつーか、態度が柔らかくなった」


驚いた。俺自身あれから変わってたっていうのか。全然意識していなかった…


「いよいよ付き合い始めたのかって噂になってたんだぜ?まぁその様子見ると違うみたいだけどな」


「馬鹿言え、あいつには俺よりいい相手がいるはずだ」


「はっ、好かれてるやつがよく言う台詞。ま、とにかく!俺はお前らの仲を取り持ちたい!それでお前らが…つき合うまで行かなくても、前みたいに気兼ねなく喋る姿が見たいってわけだ!」


「…ありがたいけどよ。そこまでしてくれなくてもいいんだぞ?俺と真由美の問題だし…」


「お前と篠原さん二人で解決するんならとっくにしてんだろ。大体相談してきたのはお前じゃねえか。だったら、友達としてちょっとくらい力になりたいのが人情だろ?」


和樹はにかっと笑いながら答えてくれる。なんだか大げさかもしれないが、その気持ちはとても嬉しく思う。


「つーわけで、何かあったら教えてくれよ?一応お前らのこと応援してんだからな」


「…あぁ。なんかいいことしたみたいな雰囲気になってるが、お前は俺が女子の家に入るのを焚きつけたって話になるんだからな?」


「そりゃ言い合いっこなしだろーよー」







和樹からの提案を聞いて数日後。俺は真由美の家の前にいた。

…正確には真由美の部屋の前にいた。この日、真由美は用事があるらしく、この家には誰もいないのだ。

真由美の両親は今は海外で仕事をしているらしい。確か中学卒業くらいまでは一緒に過ごしていたのだが、若いうちに一人暮らしの経験をさせたいという建前で真由美をこの家に置いて行った。

本当は真由美がもっと俺と一緒にいたいとごねたからだ。真由美の両親も折れのことを信頼して、もしものために鍵までくれた。随分信頼されていて、少し申し訳ない気もした。

そして、ずっと知っちゃいたが、真由美が俺のことを好きだということを確信したのはその時だった。

だったら応えてあげろと思うかもしれない。だが真由美は小さい頃からずっと俺のことばかり見てきた。あいつは俺以外のことを知らなさすぎるのだ。

もしかしたら俺以上にいい男を見つけるかもしれない。何の変哲もない俺では彼女を幸せに出来ないかもしれない。

…そうやって自分に言い訳して逃げてるだけなのかもしれないな…

まぁ、今重要なのは、最低限法に触れない程度に家を探したが、真由美の異変の手掛かりは何もなかったということ。

そしてこの真由美の部屋がまだ探してない唯一の場所ということだ。


「…」


さて、余計なことを考えて現実逃避するのはここまでだ。

どんな理由があるにせよ、俺は許可されていない女子の部屋に入る。

しかもその両親から託された鍵を使ってだ。糞野郎の評価を受けても文句は言えないだろう。

だが、これは重要なことなんだ。真由美がおかしくなった理由…なんであんなことをしたのか、何に今夢中になっているのか。

それを知ることで俺が納得できるか。それが大事なんだ。俺が納得して安心できなければ、きっと本当に元の関係には戻れないだろう。

そう自分に言い聞かせながら、真由美の部屋のドアを開けた。


「…?」


おかしいところは何もなかった。デスク、ベッド、本棚…それ以外何もないということを除けば。

何もなさすぎる。パソコンとかがあればまだそこが怪しいと思えたのだが…

となると何が真由美を寝不足にさせたのか。怪しいと思えるものはそもそもデスク、ベッド、本棚だけだ。

とりあえずまずは本棚を眺めてみることにする。俺の背丈くらいのサイズで、壁に沿っておかれている。

入っているのは漫画、小説、雑誌…サイズもバラバラだがそれぞれ規格と種類に合わせてしっかりと分けられている。

…そういえば俺が貸した漫画が無いな。あったとしても別にすぐ返してほしいわけじゃないが…そもそも半年前のことだからもう帰ってこないものと思っているし。

ひとまず手ごろな本を一冊手に取る。何の変哲もないハードカバーの本だ。が、中身を開くことはできない。所謂ダミーブックというやつだった。

なんでこんなものを部屋の本棚に…?いや、オシャレのためかもしれない。なんとなく全部埋まっていないのが気になったからとかそういう理由だろう。

それ以外には特に変なところは無し。雑誌や漫画は普通のものだ。そう考えるとダミーブックの割合がかなり高いが。

漫画の種類は少なく、真由美は雑誌に読みふけるようなタイプじゃない。

となるとこの本棚は真由美の寝不足とは無関係だ。


「さて…」


本命のデスク。本棚に何もないのなら、おそらくここに何かがある。

そう思いながら、デスクの引き出しを開ける。

そこにあったのは俺が貸した漫画と…石鹸と歯ブラシ?

石鹸と歯ブラシはご丁寧にジップロックに入れてある。何でこんなものをご丁寧にしまってあるんだ…?

不思議だが…考えても仕方ない。とりあえず次の引き出しを開けてみる。


次の引き出しを少し苦労して開けると、数枚のシャツが折りたたんでしまってあった。どれも男物だ。

デスクの中段にある棚なのでみっちりと圧縮されるように入っていた。開けるのに苦労したのもそれが理由か。

そしてこれらのシャツ、どれも見たことがあるデザインだ…どことなく嗅ぎなれた匂いがする…


…これらがなんでここにあるのかの予想は立った…が、最後の大きい引き出しを見ていない以上まだ確証は持てない。何より俺が信じたくない。

最悪な予想が外れるように祈りながら、俺は最後の引き出しを開けた。


「…?」


アルバム…?


「…っ!」


恐る恐るそれを開けてみると、そこに映っていたのは俺の写真だった。ありとあらゆる瞬間の写真が撮られている。外でも、家の中でも…。

それも、大きな引き出しを埋めかねないほどの量のアルバムがある。それらすべてに俺の写真が入っている…。

いつからかは分からないが、俺の周りに隠しカメラが仕込まれていたんだ…

…予想は当たった。このデスクには、俺の持ち物が入っていたんだ。

あいつは…真由美は、ずっと俺のことを見ていたんだ。誇張表現でもなんでもなく、ずっと…ずっと…!

途端に怖くなった。真由美があの時してきたことは、俺の物や写真を手に入れるためだったのか。


何のためだ。俺が好きだからって、こんなことをするのか?俺は…俺はどうすればいいんだ…!?


とにかく、和樹に知らせよう…俺にはどうすればいいかわからない…

とりあえずスマホで写真を撮って…


「ただいまー…あれ?鍵が開いてる…?」


っ…!真由美が帰ってきた…

急いで引き出しを閉めて、部屋を出る。

そしてしれっと居間にいて…そうだ、漫画を返してもらおうと思ったと言えばいい。

そうすればきっとその場は何とかできるはずだ…!


「あれ、宗司君。珍しいね、私の家に来るなんて。き、汚くなかった?あはは…」


居間に慌てて出ると、真由美がはにかみながら迎えてくる。

…予想より好感触…部屋に入ったことを言わなければ何とかなるかも…


「あ、あぁ、そうなんだよ。ちょっと借りた漫画ふと読みたくなってさ…」


「あっ、そうなの?なら今から…」


「あぁ、いやいいんだ。その…あまり長居しちゃ、悪いだろ?その、世間の体面的に…」


何を言ってるんだ俺…そんなの真由美にとっちゃどうでもいいことだろうが…!



「…ふーん…もしかして、アルバム見て満足しちゃったとか?」



真由美の声が冷たくなる。その視線の先には、さっき真由美の部屋で見つけたアルバム。

無我夢中だったから、引き出しにしまうのを忘れてこの手で持ってきてしまったんだ…!


「い、いや…これは…」


冷や汗が流れる。どう言い訳をしようか考えようにも、頭が真っ白になっている。


「…」


俺がうろたえている間、真由美は黙って俺のことを見る。その威圧感はまるで真由美ではないようで、こちらも委縮してしまい余計に言葉が出なくなる。

怖くて怖くて、奥歯が震えだしてきた。俺はどうなる…?真由美に何をされる…?




「…あはっ、何でそんなに緊張してるの?家族写真でしょ?別にみられて困るものじゃないよー」


とにかく言い訳を考えていると、不意に真由美から優しい言葉が投げかけられる。

それに驚き、ポカンと真由美の方を見てしまう。が、このチャンスを逃す手はない。


「…そ、そうなんだよ。たまたま見つけて、懐かしくてちょっと夢中になっちゃってさ」


「へぇ…そうなんだ。昔の写真って、たまに見ると楽しかったりするものね」


「あぁ…だ、だから、さ、もっと見てたいから、家に持ち帰ってもいいかな?スマホにも入れておきたいし…」


これを持ち帰ることが出来れば、和樹に直接見せられる。そうすれば和樹もヤバさを理解してくれるはずだ…


「…うん。いいよ。それなら持ってって。私の家、何もないしね」


やった…!


「お、おう。ありがとうな。それじゃあ、帰るわ。ありがとうな!」


「どういたしまして。それじゃあ…また、明日ね」


そうやって笑う真由美は、今までになく粘ついた笑顔を浮かべていた。

それがまた怖くなり、俺は逃げるように家に帰った。





その日の夜。家に帰ってから俺は和樹に連絡を取った。

真由美が俺のことを盗撮していること、服や持ち物を保存していること。ずっと俺のことを見ていたこと。その証拠もあるということを。

それを送ると和樹は戸惑うような反応をしてきた。


『いくら何でもそりゃ変だ…分かった。明日適当なタイミングで出会おう。篠原さんとは鉢合わせないようなところでな』


明日になったら事が運ぶ。今のこの不安も、きっと明日になれば解ける。

とにかくそう思って寝るしかない。だが、緊張が続いて全く眠れない。

正直今俺が出来ることは何もない。だからとっとと眠りたいのだが、分かれる時に見た真由美の笑顔が鮮明に脳裏にこびりついており、恐ろしくて眠れない。

そもそも今も俺の姿が見られているかもしれない。隠しカメラがどこにあるのかも分からない…ただただ恐ろしい…。


「うふふっ…」


身が凍る。真由美の声だ。今、はっきりと聞こえた。


俺の部屋の窓は真由美の部屋の窓に近い。今日は妙に暑い人だったので窓を開けておいたんだ。

その窓から…小さくはあるが真由美の低い笑い声が聞こえた。

見ているんだ…今、今俺を…

家のどこにあるかもわからないカメラから逃れるように、布団を頭からかぶる。

今までの真由美との思い出が、俺を監視してきたかのように思えてくる。

俺を好きでいてくれたんじゃないのか?だったらなんでこんなことをする?俺に依存するようなそぶりなんてあったのか?

分からないことが増えすぎて、精神が不安定になる。不安で不安で仕方がない。

ずっと一緒にいて、気心が知れた仲だと思っていた真由美という存在が、今は全く分からなくなっている…

とにかく、今は耐えるしかない。明日になれば和樹と一緒に何かできるはずだ。

そう考え、現実逃避をするように目を閉じる。いつか…いつか眠れる。眠ることが出来れば、明日きっと真由美のことは解決できる…


精神的に追い詰められ摩耗していたのだろう。緊張の糸が切れたとたんに俺の意識は闇の中へ溶けていった。





淀んでいた意識が覚醒しだす。ぼんやりとした意識の中で、何やら声が聞こえてくる。


「……あはっ……の顔………ない……」


…真由美の声だ。

俺は嫌な予感がして飛び起きる。が、両腕が何かに括りつけられていてベッドに引き戻され、金属音が響いた。

驚いて手首を見ると、両手それぞれベッドの柵に手錠で拘束されている。

よく見ると足首にも何かがくっついている感触がある。察するに足にも何か拘束がなされているのだろう。

恐怖で心臓が破裂しそうになる。何が起こった、ここはどこだ、真由美が何故ここにいる…


「あはっ…おはよう宗司君。今日もちゃんと起きられたね」


恐怖におののいていると、仰向けの俺の顔を覗き込むように真由美が顔を見せる。

近づく足音すら聞こえてこなかったため驚いたが、極度に緊張していたのか声すらも出なかった。


「あぁっ…ふふっ、私の前でもそんな顔してくれるんだぁ…嬉しいなぁ…」


真由美は昨日も見せた粘ついた笑顔で俺のことを見つめてくる。

こんな表情は見たことが無い。やはり目の前の人物が今までと同じ真由美とは思えない。


「…なんだよ…どうしたんだよ真由美…!なんでこんなことを!なんでっ、あんなっ…!いつからやってたんだ!怖いんだよ!!」


今まで口に出せなかった言葉が飛び出す。怒りに任せるように、勢いよく。

真由美を傷つけたくないと思っていたが、今の真由美が同じ人物とは思えなかったのだ。


「んふふ…あぁ、子供みたいに当たり散らす宗司君、可愛い…」


そしてそんな言葉に対しても歪んだ笑顔で返す真由美に、俺はたじろぐ。

可愛い…?俺が?


「…ごめんね。本当は、宗司君のこと不安にさせたくなかった。あんなことしちゃダメなんだって、心の中じゃずっと思ってたの。だからずっと隠してたの、私がやってたこと」


ふと今までの異様な雰囲気が薄れ、いつもの真由美の様な喋り方に戻る。

そしてやっぱり俺が部屋にいたのはばれていたのか…いや、今はそんなことはどうでもいい。


「…じゃあ、なんで…」


聞きたいのは、なぜこんなことをしたかだ。いつから、なんで俺を監視するような真似をしたのか…


「それって、どういう意味でかな?こうやって宗司君を拘束していること?宗司君を怖がらせたこと?それとも…ずっと見つめていたこと?」


「…全部だ。全部、分からない…いや、一つだけ思い当たる節は、ある」


「へぇ…それ、教えてよ」


「…俺のことが、好きだから…?」


「…あはっ…あーははははははっ!」


それを伝えた瞬間、真由美は前に見た笑顔をさらに歪ませて笑った。心の底から嬉しそうな表情だが…今までになく恐ろしい笑顔に見えた。


「それが分かってて、なんで私がこんなことをしたのか分からないんだ!?あはっ…やった、やった!」


「何を…何がそんなに面白いんだよ…?今のお前、怖いぞ…」


「だって、私はあなたのことが大好きだから!それがちゃーんと伝えられるんだよ!?私があなたのことがどれだけ好きかってことが!あなたをどれだけ愛しているかが!」


狂気じみた勢いで話しかけられ、委縮してしまう。

どういう意味なんだ…あれがなんで俺を愛しているかの指標になるんだ…?

真由美は興奮を抑えるように何度か荒く呼吸を繰り返すし、俺が寝ているベッドに腰かける。


「…私ね、ずっと…ずっと見てたの…小さい頃から宗司君のこと…そのころからずっと好きだった。あなたの姿、性格、全て大好きだった。全てよ」


うっとりとした表情で楽しげに語る。

不意に頬に手が触れた。


「中でも一番好きだったのが、あなたの表情…笑ったり、困ったり、照れたり…素直なその表情が大好きだったの。だから、私は残したのよ。あんな風に、写真にね」


「…なんであんな量…」


「だって、表情なんてすぐに移ろうものでしょ?幼い宗司君、今の宗司君、年取った後の宗司君…ううん、それだけじゃない。この1秒の間にも宗司君の表情は変わっているの。私はそれをずっと記憶に残したい、大事にしたいの」


「…それで、盗撮を…?」


「きっといつかバレると思ってた。その時にはちゃんと謝ろうとも思ってたの…中学の頃までは」


不意に真由美の表情が寂しげなものになる。


「…そのくらいから宗司君は私を避けるようになったよね」


「…しょうがないだろ、思春期なんだからよ」


「それは分かってたの。でも、やっぱり寂しくて、辛くて…このアルバムと写真でなんとか保ってた。でもあの日…私がずっと一緒って言っても、否定しなかったよね?」


記憶を遡る。そんなことを言った記憶はない。


「覚えてないの…?ふふっ、何を小学生みたいなことを…って言ったときだよ。あの時はしっかりと否定しなかった。むしろ嬉しそうな表情だったじゃない。あれ、すごくうれしかった。ずっと一緒にいてもいいんだと思った。嫌われてないって、はっきりと分かったのが…嬉しかった」


またそうやってうっとりと喋るが、自分はそんなにロマンティックな会話をした覚えはない。

…まさか和樹と喋っていたあの時か…?あんなちょっとしたやり取りでそんなことを思っていたのか…


「それで、嬉しくなってちょっと暴走しちゃった。ずっと一緒でもいいんだって思って、家でもずっと一緒にいようとしたの。それで、宗司君に怖い思いをさせちゃったね…」


申し訳なさそうな声色。だが、その表情はニタニタとした笑顔だった。まるで思い出し笑いをしているかのような。


「でも、でもね…あんな表情初めて見たの…!私が付いていくときのあの怪訝そうな表情、私に止めてくれって恐る恐る言おうとしてた表情、そして私がおかしいってはっきりと気づいたときの恐れおののいた表情…!宗司君が本気で怖がってる表情なんて、初めて見たのっ!私だけ…ずっと一緒に過ごしてきた私だけに見せてくれるあの表情が、とても愛おしかった!あれが、あの時感じた感覚が私が宗司君のことを愛しているって証だって本能で分かったの!」


真由美は興奮したように叫びながら、仰向けに寝せられている俺にのしかかり、俺の頬を両手で包むように触れる。


「だから…だから、もっと見たいの…ううん、私だけが独り占めしたいの…!あなたの喜ぶ表情も…あなたが怖がる表情も…!他の誰にも見せない、あなたの表情を…!」


「…そんな理由でこんな、こんなわけのわからないことをしたのかっ!」


「あぁっ、その怒った顔も素敵ぃ…!他の誰にも見せないわ…!もっと、もっと怒って!私にその表情を、もっともっと近くで見せてっ!」


俺が声を荒げると、真由美は嬉しそうな表情を浮かべて俺にさらに顔を近づける。その狂気じみた表情が恐ろしくて、また怖気づいてしまう。


「あぁ…あぁ、あぁっ!宗司君、素敵すぎる!この怖がっている顔も、怒っている顔も、全部全部私のもの!あはっ…あはははっ…!」


「く…狂ってる…おかしいぞ真由美!」


「あはっ、あははっ、狂ってる…?そう、そうだよ宗司君。私はあなたに狂っているの。あなたが好きで好きでたまらなくって、もうおかしくなっちゃってるの!あなたの表情を独り占めしたい!あなたの体は私のもの!!あなたのすべてを私にちょうだい!!!」


あまりの威圧感に圧倒される。体にのしかかられていることで上体を起こすことも出来ず、俺の体は事実支配されている。

その圧迫感と、全く動くことが出来ないこの状況が、俺の追い詰められていた精神に止めを刺した。

真由美は、もうおかしくなりきっていたんだ。

俺は…真由美から逃げることが出来ない。ここまでなっていたことに気づけなかった、俺の責任でもあるのだろう。


「…ふふ…うふふふ…これからは…」


絶望し、投げ出そうとした意識の中で真由美の声が聞こえてくる。






「ずっと、一緒だよ…」

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