話っぽい
長谷川ケエ
鳴き声
ママ、と声が聞こえた。心臓がぎゅっと跳ねた。ちいさな女の子の声だった。反射的に振り向く。人でいっぱいの通勤電車だから、女の子の姿は見えない。
ママ、ともう一度聞こえた。さっきよりも大きいけど、首を押さえられているような、しぼりだされた声だった。また心臓が跳ねる。今度は痛みを覚えた。声に刺されたみたいだった。いつのまにか、つり革を強く握っていた。
電車は駅に止まっていた。たぶん、運悪く母親だけ電車に乗れずにドアがしまったのかもしれない。
ひとりで、沢山の知らない大人に囲まれ、行き先すらよく分からないまま、猛スピードで連れていかれる怖さ。二度の声でその恐怖は充分伝わってきた。
三度目の声がかかる前に、駅員が旗を上げるのが電車の窓から見えた。ドアは開いた。すぐにドアが閉まる。電車が動きだす。たぶん女の子は降りれたのだろう。車内はしばらく静かだった。
次の駅に着いても、まだ胸のあたりが痛かった。あの声は、できることならもう聞きたくないと思った。もっと近くで、例えば女の子のすぐ隣で聞いていたら、立ちすくんでしまったかもしれない。情けないが、少し離れていて、あの子の姿が見えなくてよかったと思った。
あれは鳴き声に近い、とも思った。頭の表面に浮かぶ言語じゃなく、頭の真ん中からでた鳴き声だった。たぶん、外国の人が聞いても意味も感情も伝わる。もちろん、ママという英語だったからというわけではなく、きっとあの子が聞いたこともない言葉を使ったとしても、車内の全員にあの子が感じた恐怖は伝わったはずだ。
昔、言葉は鳴き声だった。でも今は言葉だけでしゃべっている。首尾一貫した意味、理路整然とした内容。感情をパズルのピースのようにあつかって、あえてくだけた調子すら装える。それが大人なのか。それでいいのだろうか。
もし、駅員が気づかずに電車が発進していたら、もしすぐ隣に女の子がいるとしたら、自分はその子に何ができただろう。なんて言葉をかければ、怖い思いを少しでも軽くできただろう。それは、理路整然とした言葉でも伝わるのだろうか。今の自分は、子どもを安心させる言葉を持っているのか。
何も思いつかないまま目的の駅に着き、降りた。つり革の感触が、まだ残っている。
話っぽい 長谷川ケエ @hsgw
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