1ページで読める三題噺SSまとめ

独一焔

その1 『異世界テント』

お題……「現世」「テント」「きれいな関係」

ジャンル……「王道ファンタジー」


 俺は、どこにでもいるキャンパーだ。……と言っても、今はもう山を登っていない。

 それは、このテントを手に入れたからだ。

 何の変哲もないテントに見えるが、こいつに入って三分経つと、外が異世界に繋がる。

 ゲームや漫画でしか見た事の無い幻想的な世界の数々……。それらを巡るのがなんとも楽しくて、俺は異世界を旅するキャンパーになった。


 だが、このテントには一つ難点がある。

 繋がる世界は完全にランダムな上に、一度行った世界には二度と来られない。

 だから、旅先でどんなに気に入った世界があろうとも、帰ってしまえば終わりなのだ。

 写真に残そうにも、異世界じゃ現世の機械は使えないらしい。

 現地の植物や動物を外に持ち出すわけにもいかない。キャンパーとして常識だ。


 だから俺はせめて、素晴らしい景色の数々を目に焼き付ける事にしている。

 そんなこんなで俺は、この異世界テントにのめり込んでいった。


 ある日辿り着いた世界で、俺は一人の少女に出会った。とびきりの美少女だ。

 俺はすぐに彼女に夢中になった。どうやら彼女も、俺の事が好きなようだ。


 まあ言葉が通じないから、表情でそういう印象を持っただけだが。

 今まで現地の人間に出会わなかったから、そんな事考えつきもしなかった。

 それでも、俺達は身振り手振りで、互いの思いを伝えあった。


 ……が、とうとう帰る時間がやってきた。

 一瞬、この世界にこのまま残ってもいいんじゃないかと思ったが、親や友達を心配させたくない。もちろん、彼女のご両親や友達も心配させたくない。


 だから、ここでお別れだ。


 俺がそう伝えると、彼女はわんわんと泣き出した。俺も思わず泣いた。

 彼女の呼ぶ声を聞きながら、俺はテントのチャックを閉め、現世に戻った。


 あれから俺は、何度も異世界へと行った。

 だが、どうしても彼女のいる世界には辿り着けなかった。

 いつしか俺は異世界に行くのに疲れ果て……。とうとう異世界テントを、押し入れに仕舞った。


 数年後、俺は結婚した。あの少女が、そのまま大人になったような美人だ。

 外国人で、最初は日本語も片言だったが、そこも可愛らしく思えた。


 ある時、不思議に思って


「どうして俺と結婚したんだ?」


 そう尋ねた事がある。


 すると彼女は、笑いながらこう言った。


「そうね……、テントでこの世界に辿り着けたから、かしら」


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