第十七話 暗雲
「むう……無念!」
歯を軋らせ唸るようにつぶやいて、
「やーい、負けてやんの」
諏訪は一丸をひとにらみすると、腕組みをしている松浪をちらりと見た。
「動きが雑だから影を読まれることになる」
能面のような表情を崩さず、松浪が厳しい声音でいった。これで真桜流の金看板が二枚、泥にまみれたことになる。
「め…面目ない」
諏訪はおおきな体を萎ませるように屈めて席についた。
横目で松浪を見やる。
表情や態度にださずとも怒っているのがわかる。このときの松浪が一番恐ろしい。いっそのこと木刀でぶったたいてくれた方が救われる。
「でもこれで、同門同士の対決はなくなったし、筆頭さんは風巻大地とやりあうことができそうだよね」
一丸が呑気な顔で軽口をたたいた、そのとき――
「残念ながらそれはありえません」
突然、隣の枡席から声がかかった。
ぎょっとして振り向くと、いつのまにか
「なぜならわたくしが勝ちますから」
紅を差した唇に艶然とした笑みを浮かべていう。
「あの風の業を破れるのかい?」
一丸が、少々意地の悪い顔つきになって挑発する。
「あなたたちにわかって、わたくしにわからないわけがないじゃありませんか」
そういわれて松浪までもが暮葉の方を見た。
真桜流の三羽ガラスが揃って巫女剣士の謎めいた言葉の真意を探っている。
「どういう意味じゃ、そりゃあ」
諏訪が険しい顔つきになって暮葉をにらみつける。
「おやおや、おしゃべりをしている間に試合が終わってしまいました」
第三試合の決着がつき、次は大トリの一番、暮葉と大地の試合だ。
暮葉が席を立って諏訪の前を横切ろうとする。
「こら待たんかい。おぬしになにがわかっとるっちゅうんじゃ」
暮葉が声をかけた諏訪ではなく、松浪の方を見ていった。
「風起こしのからくり」
そういい残すと暮葉は剣士控え室になっている幔幕のなかに消えた。
一丸と諏訪が「まさか?」と顔を見合わせ、松浪は無言を貫く。
にわかに湧きだした黒雲に陽が隠れ、遠くで雷鳴が聞こえる。
暗雲につつまれた空の下、本日最後の試合がはじまろうとしていた。
第十七話につづく
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