第十五話 右か左か?!


 刹那、虎之介は右に跳んで諏訪の打ち下ろしをかわした。まさしく虎を思わせる驚異の身のこなしである。


 そのまま床板を二転三転すると、落下したおのれの木刀を拾いあげる。虎之介は虎縞の木刀をさっとひと撫でし、どこにもひびが入っていないことを確認した。




「刀を隠すとは諏訪の旦那も考えやしたね。これなら逆ツバメ返しは死んだも同然だ」


 辰蔵がいささか興奮の態で留書メモ帳に書き殴っている。先走った辰蔵の筆は虎之介の敗北で締めくくられ、諏訪の作戦勝ちを称える内容だ。


「そいづはどうだべか?」


 大地が珍しく異を唱えた。大地の目は剣武台に向いてはおらず、西に傾きはじめた陽を見ている。


「虎縞のあんちゃんに頭サあれば、ひっくり返すことはできっぺよ」


「虎の旦那に頭? 知恵を使えってことですかい?」


 辰蔵が首をひねる。この期に及んでどんな知恵があるというのだろう?




 その虎之介の頭のなかは混乱に陥っていた。

 諏訪がまた、木刀を広い背中の内側に隠している。


(右か左か、ヤマを張って防ぐしかあらへん)


 諏訪が散歩をするかのような無造作な足取りで歩み寄ってくる。


(こんなん命をかけた丁半バクチやないか!?)


 決めかねて退がらざるを得ない。

 先ほどと同じだ。地摺り下段に構えたまま、ずるずると後退するうち、床台のヘリまで追い込まれる。

 まさに崖っぷちだ。


「今度は逃がさぬ!」


 諏訪はニヤリと笑うと、袴の裾から木刀を閃かせた。

 右か左か?!



   第十六話につづく


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