第十四話 逆ツバメ返し 


「一本勝負、はじめッ!」


 行司の発声とともに太牙虎之介は木刀を地摺り下段に構えた。

 祖と仰ぐ巌流・佐々木小次郎のツバメ返しが斬り下げ斬り上げのわざなら、虎之介の逆ツバメ返しは斬り上げ斬り下ろしの二段攻撃だ。


 まず、相手の攻撃を木刀の峰で真上にはじき、万歳の格好になったところをすかさず上段からの打ち下ろしで仕留める。

 初手の一撃で木刀を手からはじくもよし、下からたたき折るのもいい。とにかく相手の抵抗力を奪えばこちらの勝ちだ。

 虎之介はこの業に絶対の自信を持っていた。


「どうしたオッサン、かかってこんかい! びびったんか?」


 なかなか攻撃を仕掛けてこない諏訪大三郎に向かって虎之介が挑発した。

 逆ツバメ返しは後の先の業である。相手が仕掛けてきてはじめて発動する。


「おぬしの逆ツバメ返しとやらは、わしには通用せん」


 そういうと、諏訪は持っていた木刀を後ろ手に隠した。両手を背中で組むような格好である。


「なんやと!」


 諏訪大三郎は六尺(約180センチ)をゆうに超える大男である。刃長二尺三寸(約70センチ)の木刀をすっぽりと背中の内側に仕舞い込んでいる。

 いかに虎之介といえども見えない木刀をはじくことはできない。


「さて、どうする?」


 背中に手を組んだ姿勢のまま、諏訪が無造作に一歩を踏みだした。

 ただの一歩ではない。凄まじい気迫だ。目にみえない力に押し戻されるように虎之介が退がる。


 諏訪が構わず二歩、三歩と虎之介に向かって歩み寄る。

 虎之介は退がらざるを得ない。


「ッ!」


 とうとう外縁部のヘリまで追い込まれてしまった。


「どうした? もう後がないぞ」


 口の端に笑みを浮かべて今度は諏訪が挑発する。


「おんどりゃあ!」


 虎之介が動いた。渾身の突きを諏訪の喉めがけてはしらせる。


「まぬけ!」


 諏訪の左の足元から振り出し剣ジャックナイフのように木刀が閃き、虎縞の木刀を真上にはじいた。

 文字通りそれは手元からきれいに離れて宙を舞う。


(あかん!)


 虎之介は無手となった。お株を奪われるとはこのことだ。諏訪が振りあげた木刀をそのまま虎之介の頭上めがけて打ち下ろす。


 虎之介はいま、おのれの業で敗れようとしていた。



   第十五話につづく


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る