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「どこだ? ここは」


「さあ……」


 ここには何もない。両手で握っていたステアリングホイールも、右足で踏んでいたアクセルペダルも、体をあずけていたシートも、愛車の86GTも、何もない。見渡す限り何もない殺風景な白い空間。隣に相棒である冥霞がいるのが唯一の救いだ。


――コホン


「なあ、空間転移の技術って実用化されていたか?」


「そんなわけない。もしそうなら各国の軍や防衛省とかが黙っていないはず」


「そうだよな。第四研究室ウチでもいろいろと面倒だったからな」


――コホンコホン


 白夜は一昨年に防衛省のお偉いさんと会談したときのことを思い出して、少し気が遠くなる。嫌という訳ではなかったが心底面倒だったのだ。当時十九だった時分には。


「うん。電磁推進とか量子コンピュータとか量子通信。それに重力子エンジンや熱核反応炉も」


「でもその苦労のおかげで予算も全部下りたし、重力子エンジン以外は実用化の目処もたった」


――コホンコホンコホン


 冥霞は白夜が予算を手土産に帰ってきたときは心の底から嬉しかった。白夜が面倒事を引き受けてきてくれたからこそ、自分たちの理論が正しいことを証明できたし、形にもできた。


「重力子エンジンの方も理論も試作品の設計も終わってた」


「ああ、せっかくこれからってところだったのにな」


 二人は同時に振り向く。その視線の先には愛らしく小さい少女。


――じ〜〜〜


 二人のまえに立つ少女は二人にジト目で見つめられて、おどおどする。

 そんな彼女を冥霞がいきなり抱きしめ、腕の中で撫でまわす。


「ねえ、白夜。この、とってもかわいい。持って帰ってもいかしら?」


「いいわけないだろう」


 目をきらきらさせながら少し物騒なことを言ってくる冥霞を白夜はぶった切る。最近は忙しく、彼女の好きな可愛いものと戯れる暇などなかったので溜まっていたのだろう。


「それに持って帰るにしてもどうやって家に持って帰る?」


「それもそうね」


 冥霞はゆっくりと両腕を開き、後ろに数歩下がる。解放された少女はぷはっと大きく息を吸う。


「ふう、危うく窒息死するところでした。助かりました、白夜さん」


「!? どうして俺の名前を?」


「もちろん存じていますとも。お隣の昏鐘鳴こじみ冥霞さんも含めて。それともお二人をまとめて紫苑海洋技術研究所第四研究室チーム・トワイライト主任の黄昏たそがれ冥夜めいやさんとお呼びした方はいいでしょうか」


 二人とも出された黄昏冥夜の名前に目が点になる。黄昏冥夜の正体は研究室の部下に加えて、研究所の幹部クラスに職員や政府の高官などの一部の人間しか知らないことだ。そう人間ならば。


「そう驚かなくても結構です。お二人をお呼びしたのは私ですから」


 二人の目が据わる。少女は二人分の冷たい視線に必死に耐えながら言葉を続ける。


「神である私の父もあなた方を評価していましたし、危ぶんでいました」


「と言うと?」


「あなた方の技術は他を圧倒的に凌駕していました。もし実用化され、実際に搭載されれば世界のパワーバランスが大きく崩れるほどに。なのであなた方は人知れずあの世界から消されるところでした。そこで私がちょうど開催されるイベントのために父に頼んで特別にこちらにお越しいただきました」


 いろいろと突っ込みたいところはあるが、とりあえず白夜は建設的な質問をする。今更殺されたことに文句を言っても仕方がない。


「それで俺たちに、黄丹おうに白夜と昏鐘鳴冥霞に、いや、黄昏冥夜に何をさせたい?」


「単刀直入に言います。戦ってください。私を神にするために」


「「は?」」


「そういえばまだ自己紹介がまだでしたね。私は神である父の子の一人。言うなれば神子みこですね。私はその長女のクレセリアです。実は父が引退したいといきなりほざきやがりまして、十二いる神子の中から次の神を選ぶことになったんです。そこで私たちが同じ世界の同じ国から一人選んで殺し合わせることになりました。こういうのは白黒はっきりわかりますからね」


「ねえ、ちょっと待って。私たち、別に武術も護身術程度しかやってないし、そもそもただの技術屋よ。殺し合いなんて……」


「そこは安心してください。私は面を向かい合わせた殺し合いのためにあなた方を呼ぶような阿呆ではありません。ちゃんとそこのところはわきまえています。もちろんフネ好きが度を越して天才技術者ともてはやされるまでになっちゃったお二人にぴったりのお話を持ってきています」


「「なっ!」」


 白夜と冥霞は三度驚く。それこそ二人以外誰も知ることのない、二人だけの秘密だったのだ。


「好きですよね、フネ


「「…………はい」」


 二人とも羞恥に頬を赤らめながら力なく肯定する。


「話を戻しましょう。そこで、今まで殺しどころか暴力を振るったこともないような者たちに面と向かって殺し会うのは酷だという意見が出ました。そして、それに解決策を出したのがちょうどあなた方の国のアニメにハマった父です。中でも戦艦がドンパチするような架空戦記にドハマリしちゃっています」


「はあ、それで?」


 白夜は自分の中でもう次の展開が読めてしまった。だが、念のため話は最後まで聞くことにして、続きを促す。


「お二人には艦隊を率いて他の方々を海の藻屑にして欲しいのです」


 予想通りの回答だった。実際に艦隊を率いて戦えるのは一人の男として嬉しい。しかしそれでも自分たちをここに呼んだ理由としては弱い。


「それでも技術屋の私たちが艦隊を率いて戦うなんて」


「冥霞、まずは落ち着け。たぶんここからが俺たちを呼んだことに関係がある」


 白夜は少しヒステリックになっている冥霞をたしなめる。


「さすが白夜さん。ここからゲームの説明と行きましょう。とりあえず、こちらをお渡しします」


 二人に渡されたのは大きめのタブレット端末。電源を入れると艦艇一覧と評されたメニュー画面が出てきた。試しに『空母』のアイコンをタッチしてみると上から進水日順に並んで出てくる。


「そちらはお二人に選んでいただく艦艇の一覧です。この中から十隻選んでもらいます。数は全員同じなのでご安心ください。父がハマった作品の舞台が第二次大戦だったので使用する艦艇は第二次大戦終結までに進水したものまでとなります」


 すなわち、先方は大砲でのドンパチをご所望のようだ。第二次大戦時の艦艇を指定しているので間違いないだろう。


「あと、それに加えてお二人を得るために条件がつきまして……お二人が選べるのは日本の、帝国海軍の艦艇のみになります。弾薬や燃料、艦載機などの消耗品は日付変更時に全て補充されます。それに加えて、人間型のインターフェイス“アバター”が各艦一人ずつ用意されています。フネの操作は彼女たち“アバター”が行います。海図の方はこちらで最新のものを提供させていただきます。そして、あなた方のためにすでに建造済の軍港施設が二十ほど用意してあります。もちろん公平を期すためにその所在と機能はお伝えできません」


 つまり、ほかの者は他国の艦船を選択している可能性も大いにあるということだ。各種消耗品が毎日補充されるのと、艦艇を操作してくれる者がいるのはありがたい。燃料や弾薬がなくなれば艦はただの鉄くずに成り下がるし、一人で十隻もの艦船を直接操艦するのは不可能だ。そして海図がなければ戦闘どころの話ではなくなる。先に海図を作成する必要が出てくるのだ。軍港施設は心に留めておく程度にしておこう。消耗分は勝手に補給されるのならば、無理に確保しに行く必要はない。

 話を聞きながら二人は一番下にあった『信濃』を選んでみる。そして信濃の3Dイメージ画像とスペック表が画面に出現し、仕様も選べるようになっているようだ。そして画面の下には『カスタマイズ』と『決定』のアイコンがある。『カスタマイズ』を選ぶといきなり信濃の図面が出てきた。さらにその図面をタップするとそれがそのままホログラムとして浮き上がった。しかも直接手で書き換えができる。これを見て、二人は自分が呼ばれたことに納得した。


「なるほどそういうことか」


「おっ、見つけましたね。架空戦記が好きになった父が言うには改造、改修こそが醍醐味だそうです。無理な改造をして航行及び戦闘行動に支障をきたすようなものは自動的にキャンセルされますのでご安心を。『カスタマイズ』は直接図面にて行ってもらいますがお二人にはこちらの方がいいですよね」


 これは二人にとって最高のアドバンテージが用意されたことになる。これなら断る理由がない。

 白夜は冥霞の方に視線を移して彼女の意思を確認する。冥霞をそっと頷き、異論がないことを白夜に伝える。


「オーケイ。こっちからの簡単な条件があるのと、報酬についてだ」


「もちろん報酬は用意してあります。お二人が他の十一人を倒し勝者となり、私は神となった暁にはお二人の願い事を一つずつ叶えて差し上げましょう。とは言っても、元の世界に返すことはできませんが。条件の方はどういったものでしょう? おそらく大丈夫でしょうが、まずはおっしゃってみてください」


「俺のクルマを俺たちの死んだ時の状態で出してくれ。ちゃんとエンジンが止まった状態で頼むよ」


「それくらいなら、お茶の子さいさいです」


 そう言ってクレセリアはパチンと指を一回鳴らすと、白夜の横に彼の愛車を出現させた。


「これでどうでしょうか?」


「ああ、あんたの依頼を受領しよう」


「ありがとうございます。それでフネの方は――」


「これから選んでいじり倒す。ざっと五、六時間くらい待っててくれ」


「……はあ、わかりました」

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