第十二章:HOLY LONELY LIGHT/02

『本気か、朔也くん……ッ!?』

「俺は冗談が嫌いなんです、司令。このまま作戦を続行してください。まだ十分に勝算はあります」

『しかし……ッ!!』

 作戦エリアB‐3。拿捕すべき目標である敵キャリアー・タイプ、ガンマ標的の識別名を与えられた敵艦の傍で激しい空戦を繰り広げながら、榎本朔也は≪ミーティア≫のキャノピー端に映る要の戸惑った顔を横目にチラリと見つつ、尚も涼しい顔で操縦桿を、自身の愛機を右へ左へと忙しなく動かし続けていた。

「キャスター隊は予定通り突入を。この場は俺たちだけでも抑えきれる。だから……イーグレット隊、君たちは新たに出現したキャリアー・タイプを頼む」

『アタシたちに、あのデカブツを叩き落とせってこと……!?』

 困惑しきったような調子のアリサに、榎本は涼しい顔と声のまま「そうだ」と頷き返す。

「俺たち通常機じゃあ、天地がひっくり返ったって無理な話だ。だが……メイヤード大尉、君たちの隊は二機ともESP機だ。或いは、君らなら出来るかもしれない」

『……流石に無茶が過ぎるわよ、そんなの。アタシたちESPは万能じゃあないの。ミサイルだってないのに、どうやってあの不細工なデス・スターを叩き落とせっていうのよ?』

『いや……不可能じゃないね』

 困り果てたような口振りのアリサに横から声を掛けたのは、ミレーヌだ。彼女は出来ないと言いたげなアリサとは対照的に、寧ろ榎本の提案に割と乗り気な感じだった。

『キャスター隊の援護に回っている彼らなら、ひょっとしたらミサイルをまだ残しているんじゃあないかな?』

「……ああ、その通りだ。言うまでもなく気付いてくれて嬉しいよ、フランクール中尉」

『だったら俺たちが敵を引き付けつつ、ミサイル担いだルーク・スカイウォーカーをあのデカブツの懐までエスコートすれば良いって……そういうことだろ?』

『しかし宗悟、それにはひとつだけ問題がある。……まず、何処にミサイルを撃ち込めば良いんだ?』

 乗り気な調子の宗悟に続き、そうやって疑問を口にするのは翔一だ。

 確かに、彼の疑問も尤もな話だ。ドデカい対艦ミサイルならまだしも……キャスター隊の護衛役で居残ったクロウ隊の≪ミーティア≫が吊っているのは、あくまで対空用途のミサイルなのだ。

 たかが対空ミサイル程度の威力では、適当にブチ当てたところで致命傷には至らないだろう。キャリアー・タイプに接近するリスクを冒すだけ冒して、リターンは何も無い……まさにハイリスク・ノーリターン。弱点が分からなければ、結局のところそうなってしまうのだ。

 だからこそ、翔一はその疑問を口にしていたのだが。

『――――そういうことでしたら、問題ありません』

 すると、翔一の呟いた疑問に涼しげな声でそう返すのは……意外にもレーアだった。

『過去の対艦攻撃のデータから、敵艦の弱点と思しき箇所に関してはおおよそ見当が付いています。解析データがありますので、今からそちらに転送します』

「……すまないな、エーデルシュタイン少尉。助かるよ」

『いえ、これが私の仕事ですから』

 淡々とした調子でレーアが返すと、同時に各機へとデータリンクでキャリアー・タイプの弱点に関するデータが送られてくる。

『これなら……難しいけれど、イケそうだ。不可能じゃないぞ、アリサ』

『敵甲板の二段目に突入、奥にある弱点をミサイルでブチ抜いて、そのまま反対側から離脱……か。冗談じゃなく本当にデス・スターじゃあないの』

『モスキートが離着艦出来るぐらいの幅と高さだ。空間戦闘機で突入するのも不可能じゃあない』

『ああ、翔一くんの言う通りだね。……それで? まさにヤヴィンの戦いって状況になってきたワケだけれど。栄誉あるレッド5、チェック・メイトを打つジェダイの騎士は誰にするんだい?』

 そんなミレーヌの……少しの皮肉が混ざったニヒルな声での問いかけに、アリサは数秒だけ思い悩んだ後。ふぅ、と小さく息をついてから、通信越しにこう告げた。

『……ソニア、アンタが付いて来て』

 ――――と、意外にもソニア・フェリーチェに対して。

 彼女に関しては榎本らの傍にはおらず、後方でキャスター隊の援護の為に居残って貰っていた。理由は他でもない、自分と生駒を除いたクロウ隊の中では彼女が一番ウデが良く、そして冷静だからだ。隊を分けた際の指揮官役を任せるのに、彼女以上の適任は居ない。

 そんなソニアを、普段から反目し合っている仲であるアリサが指名したことに、通信を聞いていた他のクロウ隊の連中は意外そうな声を上げていたが――――しかし、榎本にとっては完全に予想通りの答えだった。

 ――――あの二人は確かに反目し合っているが、しかし同時に互いの腕前に関しては認め合い、リスペクトし合っている。

 それを知っているからこそ、榎本は彼女がソニアを指名するのを予想できていた。いや……その方向になるように話の流れを仕組んだ、ともいえよう。とにもかくにも、これは完全に榎本の思惑通りだった。

『…………どうして、私なのかしら』

 当のソニア本人といえば、自分がアリサに指名されたことに至極意外そうな声を上げている。そんな彼女に対して、アリサはこんな言葉を投げ掛けていた。

『確かにアンタは気に食わない奴だわ。……でも、今の状況でアンタ以上の適任は居ないの。アタシらの動きに付いて来られるパイロットなんて……ソニア、この場じゃあアンタぐらいなもんよ』

『……そういうことなら、分かったわ。メイヤード大尉、貴女に付いていく』

『そうこなくっちゃね。……それで? ミサイルはまだ残ってるわよね?』

『問題ないわ。虎の子のAAM‐03、万が一の為に一発だけ残してあるもの』

『オーケィ、それなら威力十分ね。……他の奴らは必要無いわ。少数精鋭で一気に突撃を仕掛けないと、多分あの中は通り抜けられない』

「だろうな」と、榎本がアリサに返す。「なら、他は継続してキャスター隊の護衛に当たれ。……君に任せる。期待しているぞ、ソニア」

『……クロウ6、了解。心配しないで頂戴、朔也の期待に応えてみせるわ』

 フッと小さく表情を綻ばせ、ソニアが榎本の言葉に応じる。

 そうしていれば、要からこんな言葉が告げられた。全て分かったと、後のことは全部俺に任せろと――――そう言いたげな、闘志に溢れた覇気のある、力強く張り上げた男気溢れる大声で。

『――――よおし、分かった! 君らに全てを賭けるのもまた一興!!

 オペレーション・ダイダロスは継続する! キャスター隊は予定通りにガンマ標的への突入を継続、クロウ隊は引き続き彼らの護衛に当たってくれ! 新たに出現したキャリアー・タイプに対しての攻撃は……イーグレット隊、クロウ6! 君らに一任する!!

 なあに、心配するな! どう転ぼうと全責任は俺が負う! それが俺たち大人の仕事だッ!!

 だから……だからアリサくん、翔一くん! 宗悟くんにミレーヌくんッ! それに……クレアくんもッ!! 君らの心の赴くがまま、好き放題に暴れてやれッ!!』



『――――クロウ隊はそのまま航空優勢を維持。キャスター隊の突入ルートを確保してください。イーグレット隊、及びクロウ6は新たに出現した敵艦に対しての対艦攻撃を実施。……どうか、お気を付けて』

『なあ朔也、ホントに良かったのかよ? ソニアちゃんをアリサちゃんたちと行かせて』

 戦況が新たな段階へとシフトする中、レーアの無機質な声での管制が通信回線に響き渡る中……尚もガンマ標的の傍で交戦を続けていると、傍を飛ぶ生駒機からそんな声が榎本に飛んで来た。

 それに榎本は「当然だ」と頷き返す。

「彼女の言った通り、ESP機の動きに付いて行けるのは、俺たち以外ではソニアぐらいなものだ。人選としては間違っていない」

『いやいや、そうじゃなくってよ。あんなヤバい状況にさ、ソニアちゃんを一人で放り込んで、お前はホントに良かったのかなって』

「フッ、それこそ愚問だな」

『んん? どゆこと朔也?』

「俺はソニアに死んでこい、と命令したつもりはない。ただ期待していると言っただけだ」

『だからよ、それがどういうことだって』

 きょとんと首を傾げる生駒に対し、榎本はフッと軽く表情を綻ばせながら……こんなことを言ってみせた。

「俺が期待していると言ったら、その期待に応える。それがソニア・フェリーチェだ」

 それに――――――。

「……それに、ソニア自身はESPを毛嫌いしているがな。あんなにESPの動きに合わせられて、付いて行けて。完璧に呼吸を合わせて、ESPと一緒に何処までも戦い抜けるパイロットを……俺は他に知らない」

『…………ま、確かにそりゃそうだな。心配するまでもねーか』

「大丈夫だ燎、彼女たちなら成し遂げられる。メイヤード大尉と、そして桐山少尉と一緒なら……ソニアは、きっと大丈夫だ」

『ンだな……昔ならさておき、翔一くんが付いてる今のアリサちゃんと一緒なら、何もかも上手くいく。俺もそう思ってるぜ、朔也』

「ああ、大丈夫だ。何もかも上手くいく」

 安堵したように小さく息をつく生駒と、それにフッと微かに澄ました笑みを向け返す榎本。

 そんなやり取りを交わしている間にも、二人は既に何機もの敵機を撃ち落としていた。

 これで、ガンマ標的近辺の航空優勢はほぼ確保出来た。後はイーグレット隊とソニアが敵を引き付けている内に、現れたイレギュラーに対しての対艦攻撃を行っている間に、キャスター隊がやって来て……彼らが敵艦に突入するまで無事送り届ければ、それで万事解決だ。

 後は、彼女らが上手く敵艦を撃沈してくれるかどうかに懸かっている――――。

 彼女らが攻撃に失敗した段階でもう、この作戦エリアB‐3に居合わせている連中の大半は死ぬことになるだろう。味方の増援部隊が到着するまでは絶対に持ちこたえられないことぐらい、実際この場で戦っている榎本たち自身が誰よりも分かっていることだ。アリサたちESP機や、それに付き従うソニアならば、或いは逃げ延びられるかもしれないが……しかし敵陣深くまで斬り込んでいる榎本たちは、攻撃に失敗すればどう足掻いても生きては帰れない位置にある。

 だが――――榎本の中には、不思議と不安はなかった。彼女たちならきっと成し遂げるだろうと、そういう自信があったのだ。

 根拠はあるのかと問われてしまえば、無いと答えざるを得ないだろう。だが……それでも、思うのだ。きっと大丈夫だと、彼女たちなら上手くやると。不思議と、そう思えて仕方ないのだ。

 それはきっと、アリサたちがそこに居るから。そして――――彼女の後席には彼が、桐山翔一が居るからに他ならない。

 不思議な感覚だ、と榎本は思う。彼が現れてから、全ての歯車がカチンと嵌まったかのような感触がするのだ。アリサからも今までのような危うさというか、死に急いでいるような感じが消えているし……それ以外にも、幾つも理由はある。

 とにかく、榎本はイーグレット隊の中に、アリサの後席に彼が居ることによって、不思議なまでの安心感を抱いてしまっているのだ。

 そしてそれは、傍を飛ぶ生駒だってそう。二人とも共通して、不思議なぐらいのそんな感覚を抱いていた。根拠なんてない、信じるに値しない錯覚だと……理性ではそう思いつつも、しかし万事上手くいくと思えてしまう。彼にはそう思わせるだけの、そんな何かが確かにあるのだ。

「…………よし、仕掛けるぞ燎」

『俺たちには俺たちの出来ることを、だろ? 朔也の言いたいことなんざお見通しだってえの』

「フッ……かもしれないな」

 ――――だからこそ、今は自分に出来ることをするだけだ。ファルコンクロウ隊として、尾翼に掲げた隼のエンブレムに恥じぬように。

 そんな内心を相棒に見透かされつつ、でもそれが心地よくて。互いの意志を確認し合うのに、言葉すら不要。そんな関係性だからこそ、榎本は彼に背中を預けて飛び回れるのだ。アリサ・メイヤードが桐山翔一という唯一無二の相棒を見つけたように、榎本にとってもまた、彼は……生駒燎は、背中を預けられる唯一無二の相棒なのだから。

「今日の撃墜数、負けた方が明日のランチを持つ。……燎、乗るか?」

『っしゃ、その賭け乗ったぜ朔也』

 青白い軌跡を残して、二機の≪ミーティア≫が宇宙そらを駆け抜ける。

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