第十二章:HOLY LONELY LIGHT/03

『――――クロウ6よりイーグレット1、これより貴隊に合流するわ』

「来たわね、ソニア」

『メイヤード大尉、遺憾ながら貴女の指揮下に入る。……それで? どう攻めるつもりなのかしら』

『その件なら、私が説明するよー』

 榎本たちクロウ隊の傍から離れたアリサ機と宗悟機、二機の≪グレイ・ゴースト≫の傍へと近寄り、ソニア機の≪ミーティア≫がイーグレット隊に合流して共に編隊を形作る中。通信回線に割り込んできたその声は、意外にも立神椿姫の間延びした声だった。

「椿姫……? なんでアンタが」

『さっきまでラボに居たんだけれど、レーアちゃんから緊急の要件があるって司令室に呼び出されてねー。まあ概ねの事情は把握してるよ。キャリアー・タイプの構造研究なら、前に私もブラックスワン計画の一環で関わってたから、専門家としてのアドヴァイスを求められたってワケだよー』

 予想だにしていなかった彼女の登場に戸惑うアリサ。そんな彼女に説明する椿姫曰く、そういうことのようだ。

 此処に来ての意外な彼女の登場、どうやらレーアが気を利かせてくれ結果たらしい。今まさに決死の攻撃を仕掛けようとしている相手、キャリアー・タイプの解析に椿姫も関わっているとあらば、まさに百人力。レーアも十分すぎるぐらいに優秀ではあるが……しかしこの状況下で専門家たる椿姫の助言が得られることは、この場に集った三機と五人にとって何よりもありがたいことだった。

『攻撃目標の位置はもうレーアちゃんから聞いているだろうから、皆が分かっている前提で話させて貰うよー』

「頼むわ、椿姫」

『弱点は滑走路二段目、中央滑走路の真ん中辺りの壁面かな。知っての通り、キャリアー・タイプは三段構造の多段式空母なんだ。

 で、アリサちゃんたちにはその真ん中の飛行甲板にどーん! と突っ込んで貰って、その場所をミサイルでどどーん! と撃ち抜いて貰いたいんだ。この壁面の向こう側に……動力源に繋がる配管みたいなのが集中した箇所があるからね。誘爆を狙うってこと。レギオンの技術体系はまだ分かってないんだけれど、動力源自体はディーンドライヴに近いような物かもね。あくまで推測でしかないけど。

 …………っと、余計なコトばっかり喋り過ぎちゃったか。てへへ、失敬失敬。

 とにかく、この一点を撃ち抜いてくれればキャリアー・タイプはぼかーん! と撃沈できるよ。確かソニアちゃんが持ってるミサイルって、あの大っきなAAM‐03だよね?』

 椿姫の確認じみた問いかけに、ソニアが『ええ』と相変わらずのクールな調子で頷き返す。

 そうして彼女が肯定すると、椿姫は『そっかそっか』と、こちらも普段通りに無邪気な子供じみた反応で返し。その後でこほんと小さく咳払いをすると、破壊すべき箇所に関する説明を手短に続けた。

『だったらおっけーだよ。該当箇所の壁面、理論上はAAM‐03の質量と威力なら撃ち貫けるはずだから。……あ、撃ったら全速力で離脱してね? キャリアーの爆発に巻き込まれちゃうからさー』

『クロウ6、了解。……精々気を付けるとしましょう』

「だったら、アタシたちはソニアのエスコート役ってワケね。……翔一、何かプランはある?」

 アリサに問われ、翔一は「そうだな……」数秒の間唸って思い悩み。そして結論を導き出せば、彼は前方のアリサと……そして通信回線を通し、椿姫や他の皆に対してこんな提案した。

「だったらイーグレット2に先攻して貰って、デコイとして単機で敵を引き付けて貰うのが良いと思う。迎撃に出てきたモスキートの数が尋常じゃない以上、誰かが注意を引き付けないと……一点突破でキャリアーだけを破壊して離脱するのは不可能だ。だからイーグレット2、君らに囮役を頼みたい。

 その間に……僕らがクロウ6をエスコートしつつ、一気に突入してカタを付けるのが一番手っ取り早いと僕は思う。イーグレット2が一歩引いたところに居てくれるなら、ミレーヌの能力でサポートもして貰えるだろうし。それに宗悟の腕前なら、少しの間ぐらい逃げ回れるはずだ」

『……うん、僕は翔一くんのプランに賛成だ。敵の注意を短い間だけ引き付ける程度なら、ゴースト一機だけでも十分。ただこのプランで行くなら、僕は三人のサポートに掛かりっきりになっちゃうけれど……一人でも大丈夫だよね、宗悟?』

『あたぼうよ。全部叩き落とせってならまだしも、逃げまくって連中をおちょくるぐらいなら、ミレーヌ抜きでも俺一人で十分やれるさ』

「よし、ならそのプランで行きましょう。……クロウ6、アンタも異存はないわね?」

『私はメイヤード大尉、既に貴女の指揮下に入っている。だから貴女がそうするというのなら、私は何も言わないわ。……貴女、仮にもこの隊の隊長なんでしょう。自分の判断に自信を持ちなさい、大尉』

「一本取られたわね。ったく、悔しいけどその通りだわ」

 ソニアに小言みたいなことを言われ、やれやれとアリサは大袈裟に肩を竦めてこそいたが……しかしその仕草にも語気にも嫌悪感のようなものはなく、どちらかといえばプラス方向の感情の方が強いような、そんな感じだった。

『んまあ、皆がどういう風にするかは任せるけどさー。まあ専門家として、私から出来るアドヴァイスはここまでかな。撃ち込む詳細な位置はもう、レーアちゃんにデータリンクで共有して貰っておいたから、細かいコトは機体のアヴィオニクスが勝手に処理してくれるはずだよー』

『……助かります、プロフェッサー・タテガミ』

『良いって良いって、私は私に出来ることをしただけだからさー。翔ちゃんたちや、ソニアちゃんの顔もまた見たいし。だからお礼なんて必要無いよ。無事に帰ってきてくれるだけで、それだけで良いからさ』

『…………クロウ6、了解。全力を尽くします、プロフェッサー』

『うんうん、それで良いのだー』

 フッと微かに微笑むソニアと、にゃははーと子供っぽく無邪気に笑う椿姫。そんな二人のやり取りが終わった頃、要から『……皆』と、改まった調子で通信が飛んでくる。

『さっきも言った通り、結果がどうあれ全責任は俺が取る。俺の首も含めた何もかも、君らに任せたぞ』

「イーグレット・リーダー、了解よ。……ところで、キャスター隊の連中はどうなってるの?」

『キャスター隊なら、榎本くんたちの援護を受けつつ、先程ガンマ標的に突入したところだ。歩兵部隊が艦内で敵ソルジャー・タイプと交戦している最中で……現状、戦況は優勢なようだ。

 ……とにかく、本筋の方はどうにかこうにかなりそうだ。だからアリサくんたちは、後ろのことは気にせず……派手に連中のケツを蹴り上げてきてくれ』

「了解よ、司令。心配しなくても、アタシたちの勇敢なジェダイの騎士様、ルーク・スカイウォーカーがキツい一発をお見舞いしてくれるから」

『…………イーグレット1、私はどちらかといえば新三部作派よ』

「ねえソニア……今その話する必要ってある?」

『貴女たちの緊張を解そうと思ったのよ、私なりにね』

「お生憎様、今更緊張なんてしないわよ。……それともうひとつ、アタシは旧三部作派よ」

『…………こんなところでも意見の相違。私と貴女はとことん反りが合わないようね、メイヤード大尉』

「違いないわ。アンタとアタシ、何もかもがびっくりするぐらいに反りが合わない」

 二人でいつもと変わらぬ皮肉混じりな言葉を交わし合い、やれやれと呆れっぽく表情を綻ばせつつ。アリサとソニアは互いの機体を横並びに並走させると、一度キャノピー越しに軽く頷き合った。

 一般パイロット用のヘルメットを被るソニアと、ヘルメットを被らず完全に露出したアリサとがキャノピー越しに顔と顔を突き合わせ、そして互いに小さく頷き合い。その後で前方に向き直ったソニアは横目の視線を流し、それに対しアリサは……同じように前に向き直りながら、ハンドサインでもするかのようにシュッと左手を軽く振る。

 たったそれだけで、互いの意思疎通と覚悟の確認は十分だった。

 ソニア・フェリーチェとアリサ・メイヤード、二人のエースは人間的な面だと壊滅的に反りの合わない、まさに犬猿の仲であるものの――――しかし同時に、互いにエースとしてその腕前と生き様を認め合い、そしてリスペクトし合っている。

 だからこそ、これだけで十分なのだ。互いの覚悟の確認なんて、たったそれだけで十分。それ以上のことは、口先でも仕草でもない――――飛び方で示してみせる。ただ純粋に、同じ漆黒の宇宙そらに翼を広げた者として。

『皆、幸運を祈る……!!』

『――――イーグレット隊、接敵まで残り六十秒。……多勢に無勢の現状、短時間で終わらせなければ勝機はありません。皆さん、どうかお気を付けて』

 要の低く唸るような祈りの言葉が木霊し、続きレーアの淡々とした口調での報告、そして要と同じく祈る言葉が通信回線に響く。

『へっへっへ、さっさと野郎をローストにしちまおうぜ!』

『宗悟、あくまで僕らは引き立て役だ。……フェリーチェ中尉、僕らの代わりにきっちりトドメを刺してきておくれ』

『了解よ、イーグレット2』

「責任重大ね、ソニア」

『責任の重さという意味では、メイヤード大尉。貴女たちも大概変わらないわ』

「何にせよ、アンタが今日の花形役よ。ウィークポイントまではちゃあんとエスコートしてあげるから、後は自分のフォースを信じてブチ込みなさい」

『…………私は、私の役目を果たす。ただそれだけよ』

「オーケィ、上等!

 ――――イーグレット・リーダーより各機、手筈は頭に入ってる通りよ! あの不細工な板っ切れを吹き飛ばして、さっさと家に帰るとしようじゃないの!」

『イーグレット2、了解! さあてと、やっちゃるぜ!』

『クロウ6、了解ウィルコ。フォースと共にあらんことを……なんて、私らしくもない冗談ね』

「アリサ、サポートは僕に任せてくれ。君は前だけを見て飛べばいい」

「当然よ。アンタはアタシの相棒バディなんだから。……信じてるわよ翔一、アンタのことは誰よりも」

 皆を鼓舞するように告げ、それに二機からの応答が帰ってきた後。最後に背後から聞こえてきた翔一の言葉にアリサが小さく表情を綻ばせ、そして一瞬振り向き。前席と後席、同じ機体の中で互いに頷き合えば、アリサは再び前方に向き直り、右手で操縦桿をぎゅっと強く握り締める。

 そんな彼女の瞳の中には、諦めの色も絶望の気配も、悲痛な自己犠牲の覚悟も何もない。金色の双眸にあるのは、ただ生き抜くという絶対の決意だけだ。

 イーグレット隊、一機のゲストを迎えた彼女ら三機が胸に抱く交戦規定はただひとつ……生き抜くこと。生きて、再び母なる地球ほしの土を踏むこと。彼女たちに課せられた交戦規定は――――ただ、それだけだ。

『――――イーグレット隊、接敵! ご武運を、メイヤード大尉……!』

散開ブレイク! 最短最速で突っ切るわよ……! ソニア、ちゃあんとアタシに付いて来なさいッ!!」

 レーアの報告が聞こえると同時に、敵機の群れとレーダー・コンタクト。途端に三機のコクピットにとんでもない数のロックオン警報が響き始める。

 その数――――数十、いや数百。

 そうしたロックオン警報がやかましいぐらいに瞬間、アリサが言うまでもなく三機はサッと編隊を解き、そして各々の方向に……厳密には、宗悟機だけが全く別の方向に散開する。

 フルスロットルでアリサたち二機を追い越し、わざと自分を狙えと言わんばかりに敵機の大群の中に突っ込んでいく、そんな宗悟機の描く青白い軌跡を見送りつつ……アリサ機とソニア機、≪グレイ・ゴースト≫と≪ミーティア≫がそれぞれ凄まじい速度で突撃を始めた。

 周囲を飛び交い、そして追い抜いていくモスキートの群れに用はない。有象無象の虫けらになぞ構うものか。二機の、二人と一人の狙いはただひとつ、大物狩り。彼女たちの壮大なビッグゲーム・ハンティングの標的は、あの巨大な敵空母型……新たに出現したキャリアー・タイプだけだ――――!!





(第十二章『HOLY LONELY LIGHT』了)

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