第十一章:オペレーション・ダイダロス/02
そうして飛ぶこと暫く、漸く目標地点であるL4宙域が近づいてきた頃だ。
作戦開始時間、及びそれに伴う敵超空間ゲート出現予想時刻も間近に迫ってきている。そんな中、アリサたちイーグレット隊を始めとした攻撃部隊の空間戦闘機群は、尚も編隊を崩さぬままに目標宙域を目指し飛んでいた。
「……そろそろね」
『んだな。アリサちゃんたちの方は問題ないかい?』
「大丈夫よ、クロウ2。心配には及ばないわ」
『なら結構』
『……足を引っ張らないようにしてくれれば、それで良いわ』
「クロウ6、それはお互い様よ」
燎からの確認にアリサが頷き、その後で飛んでくるソニアの棘のある言葉に、相変わらずの態度で応対し。そんな風な調子で、イーグレット隊にファルコンクロウ隊、それに他の数飛行隊を加えた蓬莱島の面々が真っ暗闇の宇宙空間の中を飛んで行く。兵装安全装置であるマスターアーム・スウィッチこそ弾いていないものの……皆が皆、一様に臨戦態勢といった具合に神経を尖らせていた。
『イーグレット2、こっちも問題無しだぜ。
『もうすぐ見えてくるはずだよ、宗悟。……っと、噂をすれば何とやらだ。≪プロメテウス≫の観測情報がデータリンクで送られてきた。ゲートの出現を感知』
「…………アレが、超空間ゲートなのか」
ミレーヌが呟くのとほぼ同時に、アリサ機の方にもデータリンクで≪プロメテウス≫の情報が送られてくると。それから大した間を置かない内に、宇宙空間に開いた超空間ゲートが目視でも確認できるぐらいに大きくなっていく。
…………そう、目視でも確認できるのだ。敵の出現予想ポイントからはまだ結構な距離があるというのに、それでも肉眼でハッキリと捉えられる。キラキラとした星明かりが瞬く中、真っ暗闇の宇宙空間にぽっかりと開いた穴――――次元の歪み。喩えるなら、その場所だけキャンバスを折り曲げたような……そんな、明らかに不自然な歪みが宇宙空間に生じているのを、翔一の双眸はハッキリと捉えていた。
それほどまでに、今回開いた超空間ゲートは巨大なモノなのだ。
そして同時に、翔一にとっては初めて目の当たりにするモノでもある。であるが故に、翔一はうわ言のように呟いて……ただただ、宇宙に開いたその巨大な超空間ゲートを呆然と眺めていた。
『ああそうか、翔一くんは初めて見るんだったか』
と、翔一がそんな反応を見せていると、今更気付いたといった風な調子で燎から通信が飛んでくる。続けて榎本から『燎、今更過ぎるぞ。彼はまだ正式任官されて間もないんだ』という突っ込みめいた一言が飛んでくるから、燎がそれに『そっかそっか、そういやそうだったな』と返す。
『まあ心配しなくても、ゲート自体にゃ害はないよ。いやまあ、レギオンが湧いて出る穴って意味じゃあ、害なんてレベル超えてんだけど……まーとにかく、アレ自体はただの穴、トンネルみたいなもんさ。少しすれば閉じちまうから、あんまり気にしなくても良いぜ』
「…………座学では習いましたけど、実際見てみると……言葉になりませんね」
『分かるよ翔一くん、俺も最初は面食らったもん』
『あー、俺も俺も。っつーか何度見ても気持ち悪りい穴だよなあアレ』
『……宗悟、無駄口を叩いている場合じゃないよ』
『へへへ、コイツは失敬』
『彼女の言う通りだ、燎。既に敵は射程圏内に入りつつある、気を引き締めろ』
『分かった分かった。んもう、朔也は相変わらずお堅いのねん』
同調するように口を挟んできた宗悟が即座にミレーヌに黙らされた直後、燎も燎で榎本に
そんな皆の会話を通信越しに聞いている最中、翔一が目の前にした計器盤のモニタが小さな電子音とともに瞬き始めた。
これは……敵の反応だ。≪プロメテウス≫の大型レーダーが捉えた機影、そして別方面に展開した味方機のレーダーが捉えた情報などがデータリンクで送信され、現在はそれが統合された状態で表示されているのだが……その画面上、敵の存在を示す反応は、既に数百を超えていた。
「これは……なんて数だ。駄目だアリサ、とても数えきれる量じゃない」
「でしょうね、大雑把に二五〇ってトコかしら」
『――――正確に言えば、三〇八だね。まあ、今三二〇を超えたけれど。この八割以上が護衛のモスキート、残り二割がドラゴンフライだ。後者は多少の護衛を伴って別ルートに向かいつつあるね……恐らくは地球が目標か。僕らの位置からだとあの連中の迎撃は不可能だ。アレは水際阻止の連中に任せて、僕らは僕らの為すべきコトに専念した方が良さそうだ』
もう画面上では完全に数え切れないぐらいの量が表示されていたのだが、直後にミレーヌが冷静極まりない声でそう報告してくる。
「……広域空間把握能力」
そのミレーヌの報告を聞いた瞬間、翔一の脳裏に過ぎったのはそれだった。
状況把握に特化したミレーヌのESP能力だ。ACM訓練で実際に相対した時から、とんでもない能力だと思っていたが……まさかこれだけ離れた敵集団を相手に、しかもこれだけの数を一瞬にして正確に把握してしまうとは。どうやらミレーヌの広域空間把握能力、翔一が思っていた以上に凄まじい能力のようだ。
確かにこれならば、エアロキネシス使いである宗悟とのコンビでエースになる納得といえよう。空間戦闘機ということを踏まえても尚常識外と言わざるを得ない機動を、戦闘行動を可能にする宗悟のエアロキネシスと、そしてミレーヌのこの能力によるサポートがあれば……大戦果を挙げられて当然だ。
『ミレーヌはそこいらのレーダーより優秀だからな。下手すりゃ≪プロメテウス≫より頼りになるぜ』
『宗悟、そんなに褒めても何も出やしないよ。……ああ、敵艦も出てきたね。これは……ああ、ちょっとマズいな』
「マズいって、何がマズいのよミレーヌ?」
『キャリアー・タイプが……間違いない、三隻出てきたよ。予想より一隻多いな……』
「三隻、か……。でも一隻増えたぐらいなら」
『そうだね、概ね作戦には変更はないと思う。尤も、予定より面倒くさくなったことには変わりないけれど』
『――――フランクール中尉の仰る通りです。『オペレーション・ダイダロス』に変更はありません』
と、此処で割り込んできたのはコールサイン・コスモアイ、つまり蓬莱島の司令室より遠隔でサポートするレーア・エーデルシュタインの声だった。相変わらず抑揚が欠片もない、そんな声音の彼女だが……こうしてコクピットの中で耳にすると、不思議なぐらいに安心感があるのが彼女の声だ。
『…………改めまして、こちらはコールサイン・コスモアイ。極東方面司令基地・H‐Rアイランド所属のレーア・エーデルシュタイン少尉です。今回の迎撃作戦、オペレーション・ダイダロスに於いて空中管制を担当します。改めてよろしくお願いします』
続けて告げる、そんな機械的な挨拶の後で。レーアはやはり淡々とした調子のまま、作戦の最終確認を進めていく。
『作戦目標は敵の迎撃、及びキャリアー・タイプの制圧にあります。既にキャリアー三隻の出現はこちらのレーダーでも捉えました。これより制圧目標をアルファ標的と、それ以外を順にベータ、ガンマ標的と呼称します。詳しい位置はデータリンクにて共有しておきますので、そちらをご参照ください。
…………各隊は航空優勢の確保、及び爆装機による敵キャリアー・タイプはベータ標的、ガンマ標的に対しての対艦攻撃を実施してください。また可能であれば、出来る範囲で爆撃機型ドラゴンフライ・タイプの撃破もお願いします。ですが、こちらに関してはあくまでも副次目標なので、可能な範囲で構いません。
……ある程度の航空優勢を確保出来たことを確認次第、作戦は第二段階に移行。空間揚陸艇による、敵キャリアー・タイプはアルファ標的に対して強襲突撃を敢行します。突入した歩兵部隊による艦内制圧後、可能であればそのままアルファ標的の拿捕を。不可能であれば、内部からの爆破にてこれを撃沈します。
…………作戦の概要は以上です。各キャリアー・タイプより敵・迎撃機部隊の発艦を確認しました。敵先頭集団とのレーダー・コンタクトまで、およそ三〇〇秒。各機、マスターアーム・オン。交戦を許可します』
「イーグレット1、
『イーグレット2、了解だぜ!』
『クロウ・リーダーよりコスモアイ、こちらも了解した。……クロウ全機、聞いたな。マスターアーム・オン。やるぞ』
レーアの指示に従い、アリサ機と宗悟機にファルコンクロウ隊の各機、そして作戦に参加した全ての機体が、兵装の安全装置であるマスターアーム・スウィッチを安全位置のSAFEから解除状態のARMへと弾く。
「レーダー・コンタクト! 見えるだけでも百機以上は居る……大編隊だぞ、アリサ!」
そうして、レーアの宣告からきっかり三〇〇秒後。アリサ機のレーダーが敵編隊を直接捉えると、後席でレーダー画面と睨めっこしていた翔一が焦り気味に前席のアリサへと叫ぶ。
「でしょうね、何せこれだけの大所帯ですもの。連中だってアタシたちのお出迎えぐらい、最初から想定済みってワケよ……!」
『だったらアリサ、僕らで先陣を切って攪乱してやるかい?』
「言うじゃない、ミレーヌ!」
『なんてったって、その為に俺らESPを制空戦に割り当てたってワケっしょ? だったらやるっきゃないってえの!』
「オーケィ、乗ったわ! イーグレット2、アタシに続きなさい!」
『っしゃあ、そうこなくっちゃ! イーグレット2、
――――――――行くぜ行くぜ行くぜぇっ!! 風見宗悟様のお通りだぁっ!!』
「イーグレット1、
「ああ……好きに暴れてくれ、アリサッ!」
フルスロットルで先陣を切り、突撃していく二機の≪グレイ・ゴースト≫。二機の黒翼が勇猛果敢に敵の懐へと斬り込んでいくのを皮切りに、遂に決戦の火蓋が切って落とされた――――!!
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