第十一章:オペレーション・ダイダロス/03

 正面に迫る敵機の大群、その数およそ数百。更に奥には数隻の大型空母型――――キャリアー・タイプが控えている。

 大挙して迫り来るそんな敵の大軍勢に対し、急加速で編隊を離れて突出していた二機の≪グレイ・ゴースト≫……アリサ機と宗悟機、イーグレット隊の二機が今まさに飛びかかろうとしていた。

「数が数だ、出し惜しみはナシにしよう!」

「当然! 細かい標的指定は任せたわよ、翔一!」

「了解した!」

『…………動きの重いドラゴンフライ・タイプは後回しにしよう。キャリアーも他の連中に任せればいい。僕らは目下脅威となり得るモスキート・タイプへの攻撃に専念するのが一番だ。……翔一くん、敵の判別は出来るね?』

「今やってる最中だ、ミレーヌ!」

『だろうと思ったよ。こちらは既に敵機全ての判別が終わっているから、僕の方のデータを君に送ろう。IFSというモノは実に便利だね……』

「助かる……!」

 自機のすぐ傍を飛ぶ宗悟機、その後席に座るミレーヌから敵機の判別情報がデータリンクで送信されてくると、翔一はそれを元に手早く敵機の多重ロックオンを行っていく。

 この短期間で敵全ての機種を判別……やはりミレーヌの広域空間把握能力によるものだろう。本人が仄めかしていたように、そのESP能力で探知した情報を機体のIFS――――補助的な思考制御システムだ。それを通して機体のアヴィオニクスに反映させたのが、今まさに送られてきたこの情報になる。

 ミレーヌのこの能力、やはり頼りになる。翔一は心の内で彼女に小さく感謝しつつ、計器盤の液晶モニタを手早く指で叩き……そして、ありったけのロックオン作業を済ませた。

「よし、捉えた!」

「見えてるわよ! ――――イーグレット1、FOX3フォックス・スリー!!」

『僕らも負けていられないね。続くよ宗悟』

『おうよ! イーグレット2、FOX3フォックス・スリー!!』

 そうして十数機への多重ロックオンが済めば、アリサ機から長距離射程のAAM‐03ミサイルが全弾、続き宗悟機からも同じミサイルが全弾一気に撃ち出される。

 その数、二機合わせて合計八発。数百機に対してたった八発と言ってしまえばそうだが――――しかし、これで終わりじゃあない。

「続けて叩き込むわよ! 此処で少しでも減らしておけば……!」

『その分後々楽になるってこったろ? 言われんでも分かってるさ、ンなことはよ!』

 アリサと宗悟、二機の≪グレイ・ゴースト≫を操るパイロットの二人は即座に兵装を中距離射程のAAM‐02へと切り替え、再び操縦桿のウェポンレリース・ボタンを親指で押し込む。

 そうすれば、続けざまに――――今度は十六発だ。十六発の中距離ミサイルを一気に撃ち放った。

『彼らに後れを取るな。……クロウ全機、撃ちまくれ!』

『クロウ2、了解ウィルコ! ミサイルのバーゲンセールだ、今日だけで総額幾らになるのやら……!』

『クロウ6、こちらも了解。……それなら燎、何処かの国家予算が吹き飛ぶ金額って噂を耳にしたわ』

『げっ、それマジかよクレアちゃん……』

『あくまで噂よ。だけどあながち嘘とも思えない。……クロウ6、FOX3フォックス・スリー

『そうだけどよお』

『無駄口を叩くな、燎。……クロウ1、FOX3フォックス・スリー

『残念でしたー、手だけはちゃあんと動かしてるよん。クロウ2、FOX3フォックス・スリー!!』

 アリサ機と宗悟機、突出したイーグレット隊の≪グレイ・ゴースト≫二機がミサイルを撃ち放てば、その後に続けと言わんばかりに後方のファルコンクロウ隊も、そしてそれ以外の空間戦闘機も、次々と各々の機体に吊したミサイルを斉射し始める。

 後方の大編隊から放たれた膨大な数のミサイル、描く軌跡はまさに雨あられが如し。先を飛ぶアリサたちを飛び越して、彼らの撃ち放った物凄い数のミサイルが正面に迫る敵の大編隊へと殺到していく。

 ――――閃光。

 一番最初にアリサ機が撃ち放ったAAM‐03その内の一発を真っ先に喰らったモスキート・タイプ。吹き飛ぶソイツの放った僅かな爆発の瞬きを皮切りに、まるで連鎖するかのように閃光が次々と宇宙空間の真っ暗闇に広がっていく。

 イーグレット隊の放ったミサイルの着弾から一瞬遅れ、背後の大編隊が撃った大量のミサイルが次々と目標を捉え、モスキート・タイプの大群を吹き飛ばしていく。連鎖爆発のように次々と瞬く着弾の閃きは、まるで小さな太陽か、それとも天の川か。大気も無ければ慈悲もない、漆黒の宇宙空間にそんな凄まじい閃光が瞬き始めると、レーダー表示に映し出されていた敵の反応が次々と消えていく。

『命中率は……六割強といったところだね。まあ上出来かな』

「裏を返せば、四割近くは外れたということになる。……意外と当たらないものだ。ミレーヌ、普通はこんなものなのか?」

『そうだね。彼らは僕らESPとは色々と勝手が違うみたいだ。決して普通じゃない僕らの感覚でモノを言うのは、彼らにとっては少しばかり酷というものさ』

 いつも通りの澄まし顔で言うミレーヌ曰く、そういうことらしい。

 彼女の言った通り、イーグレット隊とファルコンクロウ隊を含めた、この作戦エリアに居る全ての飛行隊の放ったミサイルによる初手の飽和攻撃。その命中率はざっくり六割強といったところだった。

 イーグレット隊だけで言えば、命中率は九割。当然数発は命中せずに外れているものの、この二機に限って言えばそれぐらいの高い命中精度だ。

 しかし、他の……ファルコンクロウ隊も含めた、非ESPの一般機の命中率はそれほどでもない。仮にもオーヴァー・テクノロジーの塊、空間戦闘機の放つミサイルなのだから、百発百中ぐらいの高性能だと思っていた翔一はこの結果を意外に思っていたのだが……しかしミレーヌが言うには、実際のところは彼が想像していたほどではないようだ。

 裏を返せば、だからこそESP機というのは一騎当千の存在であり、またそれを強く期待されている理由にもなる。空間戦闘機用のミサイルには内部に簡易型のディーンドライヴが搭載されていて、ESPパイロットはそれを通常より高い次元で用いることが出来るが故に、他の連中とは一線を画した高い命中精度を叩き出すことが可能なのだ。

 ――――閑話休題。

 とにかく、全体的な今の斉射の命中率は六割強だった。それでも、目の前の敵集団の三分の一は既に撃墜出来てしまっている。これだけでも大戦果だ。後は上手く立ち回り、一機でも多く、素早く撃墜し……一刻も早くこの作戦エリアの航空優勢を獲得せねばならない。

 今ので長射程と中射程のミサイルは全て撃ち尽くした。後に残っているのは短射程のAAM‐01が八発、それ以外は格闘戦用のレーザーガンポッドぐらいなものだ。

 ならば、やるべきことはただひとつ。敵の懐に飛び込み、翻弄し、引っ掻き回すのみ――――。

 唯一無二、一騎当千の存在たるESP機の本領発揮というワケだ。この役目、他の誰にも担えない。これぞイーグレット隊がやるべき役目だ。何よりも、編隊を離れ単独で突出した真なる意味は、そうすることにあるのだから。

「さあてと、玩具で遊ぶのはここまでよ! 連中の懐に飛び込む! 奴らのペースを乱してやるわ……! 行くわよ、イーグレット2!」

『イーグレット2、りょーかい! なあに、インファイトなら望むところだ!』

 故にアリサ機と宗悟機、二機の≪グレイ・ゴースト≫はスロットルを全開まで開き、臆することなく目の前の大軍勢へと突撃を敢行する。一番槍は誰のものでもない、自分たちのものだと。まるで後ろの連中にそれを誇示するかのように、プラズマジェットエンジンの青白い瞬きで鋭角の軌跡を描きながら――――二機の黒翼が、凄まじい勢いで冷たい宇宙そらを駆け抜けていく。

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