第十四章:レッド・アラート/01

 第十四章:レッド・アラート



「もっと飛ばして! 敵が来てる!」

「分かってる、そう急かすな!」

 敵の来襲。

 あの耳鳴りのような感覚がそうであることを告げられれば、翔一のやるべきことはひとつだった。

 アリサとともに歩道橋を駆け下り、道の脇に停めておいたイナズマ400を蹴っ飛ばすように再始動させて。真後ろに飛び乗ってきたアリサをタンデムの格好で乗せつつ、翔一は夜明け前の街を蒼の愛馬で突っ走っていた。

 この時間、やはり車通りは少ない。時折トラックなんかと遭遇する程度で、前に居る邪魔な奴をフルスロットルで横からブチ抜いてやれば、眠気のせいで船を漕ぎかけていた運転手がギョッとして目を覚ますのがサイドミラーに映る。だが、そんなことに構っている暇はアリサにも、そして翔一にも無かった。

「無茶をかけるな……!」

 被るフルフェイス・ヘルメットのバイザーの下、翔一が跨がる相棒に小さく囁きかける。完全に熱が抜けきっていたワケではないが、しかしそこそこエンジンが冷えてしまっていた状態から叩き起こしての容赦無い全開走行だ。寝起きに尻を蹴っ飛ばしてマラソンさせているのと同義とあらば、流石に翔一としても申し訳なくなってくる。せめて、詫びのひとつでも入れてやらねばと思うぐらいには。

「急いで、翔一!」

 フルスロットルで夜明け前の街をブッ飛ばす翔一の後ろ、彼の腰に両手を回しガッチリとしがみついてくるアリサが叫ぶ。

 彼女だが、当然のようにヘルメットを被っていない。翔一が彼女の分を持ってきていないから当然だ。本来なら流石に道交法上のあれこれだとか、安全上の理由だとかでアレだが……こんな緊急時だ。この際ヘルメット無しでも仕方がないだろう。道交法でレギオンは撃墜できないのだ。

「急いでるさ、急ぎすぎなぐらいに!」

 背中にしがみついてくるアリサに叫び返しつつ、翔一は更にイナズマ400を加速させる。夜明け前の涼しい風を浴びる油冷エンジンが乾いた雄叫びを上げ、二本のタイヤが冷えたアスファルトを切り裂いて駆け抜けていく。

 知っての通り、アリサと翔一の身長差はちょうど十センチだ。背丈が大きな彼女に後ろから抱きつかれている格好なものだから……どちらかといえば、アリサの方が翔一を抱き抱えているような格好に近い。それにこんな密着姿勢なせいで、背中の感触も色々と危うかったりするのだが。しかし何度も言うように、今はとんでもない緊急事態だ。そんなことを気にしている余裕なんて、アリサにも……そして翔一にもアリはしない。

「例の地下通路、何処から入ればいいんだ!?」

「この際、リニアを待ってるよりもこのまま突っ走った方が手っ取り早い! もう少し行った先に廃工場がある……そこから連絡路に繋がる入り口があるわ!」

「了解だ……!」

 天ヶ崎市の地下には、この間から学院より乗っているリニアモーターカーの他に、車両乗り入れ用の連絡通路があると前に霧子が話していた。どうやらアリサはそちらを翔一に使わせるつもりらしい。

 確かに、考えようによってはそちらの方が早いかも知れない。バイクを停めて、徒歩で駆け下りて、リニアに乗ってそこから更に徒歩で……と考えると、このままバイクで行けるところまで突っ走った方が効率的だ。それに誰も居ない地下通路なら、夜明け前でガラガラな公道よりもっと気を遣わずに全開で飛ばせる。このイナズマ400の限界領域、トップ・ギアでのフルスピードだって可能なはずだ。

 ともすれば、そちらの選択肢を選ばぬ理由はない。翔一は背中にしがみついたアリサの道案内に従い、殆ど誰も居ない……半ばフリーウェイ状態と化した公道をスッ飛ばす。

 交差点は車体を大きく傾け、バンクしながら派手に突き抜ける。長いストレートに出ればスロットルを全開まで開き、レッドゾーンギリギリの高回転までタコメーターの針を踊らせながら、ギアを三速、四速、五速……タンタンタン……と叩き込んでいく。

 そうして街中をアリサの道案内に従って駆け抜け、やがて二人を乗せたイナズマ400は天ヶ崎市の郊外へと出る。

「よし……此処よ、突っ込んで!」

 すると、確かに寂れた廃工場が見えてきた。明らかに廃業してから十数年とか、そういう雰囲気の工場だ。外壁や放置された機材にはあちこちに赤錆が走っているし、雰囲気もどことなく砂っぽいというか埃っぽい。それこそ、本当にザ・廃工場といった風な……わざとらしくも思えるぐらいの趣だった。

 アリサに言われるがまま、翔一はその廃工場の中にイナズマ400を突っ込ませる。内部にあった生産ラインなどの施設をスラローム走行の要領で上手く避けつつ、廃工場内部のとある場所……アリサに指示された辺りで翔一はバイクを停めた。

「これだ……! んっ……! よし、開いた! 行くわよ翔一!」

 バイクを停めると、すぐにアリサは飛び降りて。まるで焼却炉の入り口めいた……錆び付いている重い観音開きのハッチを力任せに開けると、また翔一の背中にタンデムの格好で飛び乗って。ハッチの向こうに現れた、地下へと続く緩やかなスロープを降りるよう翔一に指示をする。

「仰せのままに……!」

 ハッチの中に突入し、緩やかなスロープをイナズマ400に下らせて。そうして翔一が行き着いた先は……とてつもなく長い、地下通路だった。

 トンネル、と形容する他にないだろう。といっても高速道路にありがちな感じではなく、寧ろもっと無機質な……例えるなら、ダムの中。壁も床もコンクリートの打ちっ放しで、通路の横幅や高さは広く高く、それこそ戦車だろうが平気で通り抜けられそうな感じだ。白い蛍光灯で照らされ、先が見えないほどに延々と続くその地下通路は……まさに、無機質という喩えがしっくりくるぐらいの雰囲気だった。

「アリサ、どっちに行けばいい?」

「あっちよ。H‐Rアイランドと直通だから、ひたすら真っ直ぐ」

 アリサの指し示した方向をチラリと見て、翔一はキュッとその場で軽くアクセルターンをし、彼女の示した方向へイナズマ400の鼻先を向ける。

「しっかり掴まってろ!」

 そして何度か空吹かしをさせると……背中にしがみつく彼女に告げた翔一は意を決し、イナズマ400を急発進させた。

 初めからスロットル全開、手加減抜きの最大加速だ。発進する瞬間、軽く空回りした後輪からスキール音すら鳴るほどの急加速。発進位置の路面に軽くタイヤのブラックマークを刻みつつ発進した蒼いイナズマ400の勢いは、まさに弾丸の如しだ。

 踊り狂うタコメーター、跳ねる速度計、何段も叩き上げられていくギア。二人を襲う風圧と風切り音は、速度が増すごとに強まっていく。翔一の背中を風防代わりの盾にしているから、アリサが感じる風圧こそそれほどでもないが。しかし後方に激しく靡く真っ赤なツーサイドアップの髪が、二人の駆け抜ける速度域が如何に凄まじいものであるかを何よりも雄弁に物語っていた。

 地下通路を反響する、低く唸るようなエグゾースト・ノート。速度計の針が右へと振れていくに従い、ハンドルを握る翔一の心臓、その鼓動は早鐘を打つのように増していく。

 だが――――この感覚が、たまらない。

 スピードに比例して上がる心拍数、肌で感じる強烈な風圧。これこそが何よりもの醍醐味だ。あまりの速さに、視界そのものがスローモーションに見えてくるほどの全開加速。これだから……やめられないのだ。

「翔一、もっと飛ばして!」

「これでいっぱいいっぱいだ! レーサーレプリカでもなし、四〇〇のネイキッドに無茶言わないでくれ!」

 既に速度計は右端の目盛り、時速一八〇キロを振り切ってしまっている。これ以上出せと急かされても無茶というものだ。現状でさえキツく、繊細なコントロールでどうにか走らせているというのに、仮にこれ以上出そうものならそれこそ生命いのちの保証が出来ない。ウデの良い翔一の巧みなライディング・テクニックでなんとか持たせている現状、仮に出せるスペックがあったとしても……これ以上は無理だ。寧ろ、ネイキッドで良くやっている方といえる。

「よし、もうすぐ終点よ!」

「だろうな……!」

 アリサは何度もすれ違っている看板表示を見てそう言ったのだろうが、翔一にもその看板は見えている。既にイナズマ400にも減速態勢に入らせた。高回転で回り続けるエンジンが今にも爆発しそうな勢いでのフルスピード走行も、これにておしまいだ。

 減速しつつ、やがてアリサの言った通り終点らしき場所が見えてくる。とはいえそこは緩い坂になっていて、地上に続いている感じだ。

 翔一はイナズマ400でその坂を駆け上がり、地上へと文字通りに飛び出す。

 ふわりとした一瞬の浮遊感。宙を舞った翔一は跳ねるタイヤで上手く着地させて、蓬莱島の地上へ。そこは滑走路の脇で……初めてこの島に来た日、霧子とアリサとともにファルコンクロウ隊の≪ミーティア≫を目撃した場所からほど近い位置のようだった。

 見ると、滑走路からはあの日のように……しかしあの時よりもずっと忙しなく、焦燥した雰囲気で次々と≪ミーティア≫が離陸していた。尾翼を見ると、そこには隼を模ったエンブレムがある。やはり飛び立っているのは全機、ファルコンクロウ隊の連中だ。

 そんな風に緊急離陸していく連中を横目に、地上に出た翔一はそのままイナズマ400を走らせ、滑走路の脇を通り抜けてエプロン近くへ。地上格納庫の辺りで……路面と擦れ、軽く火花が散るぐらいの勢いでズァァッと派手に横滑りしながらバイクを停めてやれば、すぐにアリサがイナズマ400から飛び降りる。脱いだヘルメットを引っ掛けた翔一も、バイクから抜いたキーを片手に彼女の後を追って駆け出した。

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