第八章:日常と非日常と/03

「翔一、ちょっとこっち来なさい」

 そんなレーアの座学の授業が終わるや否や、すぐにブリーフィング・ルームに現れたアリサに翔一は連れられて……今度は≪グレイ・ゴースト≫の格納庫。この蓬莱島に連れて来られた初日にもやって来た、アリサの機体が保管されているあの場所に連れて来られていた。

「おっ、来たか翔一くん」

「おうおう、遅えぞあんちゃん」

 すると、駐機されている≪グレイ・ゴースト≫……尾翼と機首側面に赤い薔薇を模ったパーソナル・エンブレムが施されている、アリサ機の傍では要と南が待ち構えていて。アリサが連れて来た翔一の姿を見るなり、二人とも彼に向かって呼び掛けてくる。

 そんな二人の方に翔一が視線を向けてみると……すると、あの二人の他にもう一人。背の低い、霧子のように白衣を羽織った……少女? 明らかにそうとしか思えない、年若い女の子の姿も見受けられた。

「へー、君がアリサちゃんと共鳴現象起こしたっていう……ええと、桐山翔一くんだっけ?」

 とすれば、その白衣を羽織った女の子は近づいてきた翔一を見るなり、彼の顔を下から見上げて。興味深そうな顔と声でそう言う。

 その少女……というか、そもそも少女なのだろうか。まあひとまず仮に少女として、彼女は確かに白衣を纏っていた。その下には何故かセーラー服……しかも紺とかではなく、白地に赤系の色が入った物を着ている。明らかにコスプレ衣装の類にしか思えない奴をだ。一体何処で入手してきたのかはともかくとして、そもそもなんでそんなものを着ているのか。

 まあ、珍妙な出で立ちはともかくとして。少女は背丈の方もかなり小柄で、見たところ……一四三センチぐらいしかないだろう。随分小さいな、と思っていたレーアよりも更に小柄だ。

 髪は茜色で、頭の後ろできゅっとポニーテールに結っていて。瞳はぱっちりとした可愛らしい空色。肌は不健康なぐらいに青白くて、ニッと笑った時には八重歯が目立つ。そんな容姿なものだから、ただでさえ小柄極まりない身長や、コスプレじみた出で立ちも相まって……本当に、何処からどう見ても少女にしか見えない。喋り方も朗らかで、何処かぽわぽわとしていて。何というか……本当に子供にしか思えない見た目だ。

「あーっとっと、自己紹介がまだだったねぇ」

 そんな少女を前に翔一が困り果てていると、彼の困惑を見透かしたのか、少女は「にゃはは」と可愛らしく笑いながらぴょんっと一歩飛び退き。首を傾げる翔一に対し、改めて自己紹介をしてみせる。

「私は立神たてがみ椿姫つばき。階級は無いよ? 技研の所属だからねー」

「技研……?」

「技術研究本部よ」と横からアリサが注釈を挟んでくれる。「つまりは、開発畑の人間ってこと」

「ああ、なるほど」

「ちなみに、これでも十九歳。アタシたちより年上なのよ、椿姫は」

「……嘘だろ?」

 椿姫が年上と聞いて唖然とする翔一に、アリサが「マジよ」と無慈悲な現実を突き付ける。

 …………本当に、嘘であって欲しかった。

 変な話、椿姫の見た目はどう見たって小学生……よっぽど上に見積もっても中学生ぐらいだ。これで十九歳というのは……自分より年上というのは、本当に悪い冗談にしか聞こえない。

 だが、微妙な顔で現実を突き付けてきたアリサや、傍らで苦笑いをしている要。そしてやれやれと肩を竦めている南の反応を見る限り……どうやらこれは自分を驚かそうとしているドッキリなどではなく、マジの真実のようだ。

 とすれば、翔一に出来ることはただひとつ。「なんてこった……」という風に、がっくりと肩を落とすことだけだった。

「にゃっははー、なんかごめんねー?」

 そんな風に絶句する翔一を前に、椿姫がやはり天真爛漫な笑顔で呼び掛けてくる。翔一はそれに「い、いえ……」という風に引き攣った顔で返しつつ、ひとまず深呼吸をして落ち着きを取り戻した。

「あ、そんな堅苦しく敬語使わなくたって良いよー。年上年下とかさ、そういう堅苦しいの嫌いだから。普通に話してくれればいいよ、翔ちゃんっ」

「……翔ちゃん?」

「うんっ」笑顔で頷く椿姫。「翔一くんだから、翔ちゃん。呼びやすいと思ってねー。もしかして駄目だった?」

「い、いや……。別に構わないが」

「なら、これからは翔ちゃんって呼ばせて貰うよー」

 にゃはは、と笑みながら軽くぴょんぴょんと跳び回る椿姫の仕草は、やはりどう見ても子供のそれだ。

 そんな見た目や、独特な会話のテンポもあって……翔一は椿姫相手だと、どうにもペースを崩されるというか、何というか。立神椿姫が悪い人間ではない、寧ろ稀に見るぐらい善良なタイプなのは間違いないが、それはそれとして凄く調子を崩される。

「……分かるわよ翔一、アンタの気持ち」

 ぴょんぴょんと飛び回る椿姫を眺めながら、物凄く微妙な顔をしている翔一のそんな気持ちを察したのか……アリサがポンッと彼の肩に手を置きつつ、同じように微妙な顔で慰めるみたく言う。

「ちなみに、翔一くんにもうひとつ付け加えるとだ。椿姫くんはブラックスワン計画の基幹メンバーにして、XFS‐2開発計画のチーフエンジニアだ。つまり、椿姫くんはこの≪グレイ・ゴースト≫の生みの親だな」

「んでもって更に言っちまうとだな、椿姫ちゃんが居なけりゃ空間戦闘機は使いものにならねえゴミのままだったんだ。英国ウェスト・ノースロップ大学を超飛び級で卒業、人類史上稀に見る大天才。ぶっちゃけた話が人類の救世主だよ、椿姫ちゃんは」

「にゃははー。隆ちゃんも南くんもー、そんなに褒めたって何も出ないよー?」

 とすれば、要と南が続けて、翔一に対し更に追い打ちじみた事実を突き付けてくるものだから。それを聞いてしまった翔一としてはもう、何というか……物凄い真顔になるしか出来なかった。

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