第八章:日常と非日常と/02

 ――――数時間後。

 遙か高度三三〇〇〇フィートの上空から帰還し、無事にファントムを蓬莱島の滑走路に着陸させた翔一だったが。しかしパイロット・スーツから着替えた彼は殆ど休む間もなく、今度は基地の地下区画にあるブリーフィング・ルームにやって来ていた。

 というのも、座学の為だ。今日も普段通りに基地の戦術オペレータである少女、レーア・エーデルシュタインに色々と教わるのだが……今日は何故か、レーアと一緒に霧子の姿もブリーフィング・ルームの壇上にあった。曰く、暇だから様子を見に来てやっただそうだ。

「…………では、まず前回のおさらいからにしましょう。構いませんね、羽佐間少佐」

「うむ、構わないよエーデルシュタイン少尉。私は暇潰しがてらに居るだけだからね。補佐ぐらいに思ってて貰えれば良い。少尉の好きなようにしたまえよ」

 相変わらずのニヒルな表情と、そして飄々とした口調で言う霧子に「分かりました」と、レーアもレーアで普段通りのクールというか、どちらかといえば無機質な……無感情にも思えるほど抑揚のない声で頷き。そして背にしたスクリーンに映し出されるスライドを使い、翔一を前にして本日の座学の授業を始めた。

「……コードネーム『レギオン』。一九八七年・七月七日に発生した『天の方舟事件』に於いて襲来が予期されていた、異星起源の不明敵性体の総称です。我々が……国連統合軍が戦争状態にある相手でもあります。

 レギオンが確認された初の事例は、今より五年前。オホーツク海上空に於ける超空間ゲートの出現と、レギオン先遣隊の出現に伴う統合軍との交戦……『オホーツク事変』に於いてです。以降二年間は出現が確認されていませんでしたが、初交戦より二年後に再び出現。それ以降、人類とレギオンは継続して戦争状態にあります。

 …………またレギオンですが、現在までに四つの種類が確認されています。

 戦闘機型の『モスキート・タイプ』、爆撃機型の『ドラゴンフライ・タイプ』。航空母艦型の大型種『キャリアー・タイプ』。そしてこれらレギオン群を統合指揮している……と推測されている、超大型の司令船『マザーシップ・タイプ』の四種類です。場合によっては陸戦兵器型も存在しているのでは、という可能性が以前より指摘されていますが、少なくとも今日現在までに確認されているのは以上の四種類、全て飛行するタイプのみです。

 ……加えて、もう一種類。主にキャリアーやマザーシップ内部にて確認されていますが、人型の『ソルジャー・タイプ』という種類も存在しています。こちらに関しましては、我々ホモ・サピエンスに酷似した二足歩行の歩兵型ということと、炭素とケイ素が組み合わさったハイブリッド生物であること以外、詳しいことは分かっていません。言語体系、文化体系。そもそも我々とコミュニケーションが可能な相手であるのかも不明です。

 それら四種類、ソルジャーも含めれば五種類ですが。レギオンは地球圏……主に衛星軌道上やラグランジュ・ポイント。稀に地球大気圏内に出現する超空間ゲートを通り、襲来することが分かっています。これら超空間ゲートの出現に関しては、次元振動などを観測することにより、出現時期をある程度予測することが現在では可能になっています。これは主に襲来予報という形で、皆さんにはお知らせしていますが。

 ――――……以上が、前回までの内容です。桐山准尉、確認は済みましたか」

 頭の右側で結った白銀のサイドテールの尾を揺らし、アイスブルーの瞳からチラリと視線を横目に流してきたレーアの確認に、翔一は「大丈夫」と頷き返した。

「では、確認も済んだところで今日の内容に入りましょう」

 そうやって翔一が頷いたのを見て、レーアはまた視線を彼から外し。やはり抑揚の無い声で、淡々とした調子で今日の座学の本題に踏み入り始めた。

 ――――レギオン。

 今まさにレーアが口頭でズラッと並べてくれた通りだ。『天の方舟事件』に於いて襲来が予期されていた、異星起源の不明敵性体。今まさに人類が刃を交えている侵略者の名だ。

 レーアは四種類……厳密には五種類か。今までに確認されているレギオンがそれだけ居ると言っていたが、そのことは既に前回までの座学で翔一も頭に入れていた。だからおさらいも兼ねて、翔一はざっくりとその五種類に関して思い返してみる。



 ――――モスキート・タイプ。

 これが恐らく、ESPパイロットである翔一にとって最も頻繁に手合わせすることになる相手だろう。

 戦闘機型のレギオンで、形はよくある紙飛行機のような形をしている。対空・対地と攻撃対象を問わす運用可能な、いわゆるマルチロール・ファイターで。その出現数の多さから、敵の主力と目されているタイプだ。

 そのサイズは、地球人類の運用するジェット戦闘機や空間戦闘機に近いが。しかし『ディーンドライヴ』か、それに似た何らかの重力制御システムを有しているのか、機動性そのものは地球人類がそれまで有していた既存のジェット戦闘機とは一線を画している。そんな気持ち悪い……相対したパイロットからしてみれば蚊(モスキート)のように鬱陶しい飛び方をすることから、このコードネームが名付けられたそうだ。

 モスキート・タイプの主な武装はガン――機関砲のようなものだ。バルカン砲のような勢いで物理的な弾頭を飛ばしてくる、近接格闘戦用の兵装と。後はミサイルに酷似した誘導兵器だ。後者に関しては誘導形式が一体どういうものなのか不明だが、分かりやすさを重視し、便宜上ミサイルと呼称されている。


 ――――ドラゴンフライ・タイプ。

 細く縦に長い胴体部分と、横にやたらと大きな翼を有している爆撃機型のレギオンだ。その名前の通り、細長の胴体と大きな翼という形で、見た目はトンボ(ドラゴンフライ)のそれと酷似している。

 こちらに関しては爆撃機型の分類の通り、地上に対しての破壊力は本当に脅威的だが、対空能力はかなり貧弱だ。一応、胴体の数ヶ所には自衛用の対空機銃を……それこそ、大戦中に合衆国が運用していたB‐29戦略爆撃機のように有しているものの、鈍重な動きもあって対空戦闘能力は無いに等しいと言って良い。基本的には前述のモスキートにエスコートして貰いつつ、護衛されながらの爆撃を前提としているのだろう。この辺りは、地球人類の戦略爆撃機とよく似ている。

 レギオン出現に際し、迎撃に上がる空間戦闘機部隊が最優先で撃墜すべき目標が、このドラゴンフライ・タイプだ。もし地上の都市部に到達すれば、どれだけの被害と犠牲者が発生するかも分からない。このトンボのような爆撃機を人類の生活圏に到達させないことが、空間戦闘機部隊の……ひいては、国連統合軍の最重要任務といえよう。


 ――――キャリアー・タイプ。

 これに関しては、言うなれば空飛ぶ航空母艦といった感じの大きな図体だ。このキャリアーを旗艦に据えて出現する場合も多く、中規模程度のレギオン集団ならば、このキャリアー・タイプが指揮系統になっていると推測されている。

 形状は……何というか、超巨大な煎餅か何かといった風な感じだ。平べったいような感じで、のっぺりとしたその見た目に違わず、動きもかなり遅い。とはいえキャリアー(母艦)と名付けられた識別コードネームに違わず、内部に多数のモスキートやドラゴンフライを格納している。何にせよ、かなりの脅威なのは事実だ。


 ――――マザーシップ・タイプ。

 これら四種のレギオン群を統合指揮している……と目下推測されている、超巨大な司令船タイプだ。

 その大きさは、全長数キロメートルとかそんなレベル。それこそ未知との遭遇というか、『インディペンデンス・デイ』で見たような、あんな感じの巨大な円盤形状だ。

 この超大型のマザーシップは、レギオンが大規模な集団で侵攻を仕掛けてくる際にのみ確認されている。またマザーシップが出現する際には大気圏内でなく、必ず宇宙空間の……それも地球より比較的離れた、ラグランジュ・ポイントなどの位置にしか現れないことから、大気圏内での航行は困難か……或いは、飛行できたとしても戦闘中に飛ぶのは実用的では無いレベルの鈍足と推測されている。

 何にせよ、出現した場合は総力を挙げて撃滅すべき相手であることには間違いない。とはいえ今までに数隻の撃沈記録もあるし、一度たりとて衛星軌道までの接近を許したことはない。絶望的な見た目と大きさといえども、決して対処不能な相手ではないのだ。


 ――――ソルジャー・タイプ。

 最後はこれだ。その名の通り、兵士のような役割を果たす人型のレギオン。生態も人間に酷似していると思われるが、しかし身長は平均で・・・二メートル前後と高めで。その身体能力も地球人類と比較しておよそ三倍程度と、かなり優れている。それこそ、コンクリート・ブロックを綿菓子のように粉砕しかねないレベルだ。シュワルツェネッガーのような筋肉モリモリのマッチョマンが大挙して襲ってくると喩えれば、その恐ろしさと規格外っぷりが分かるだろう。

 このソルジャー・タイプだが、幾らかの死骸を回収が成功したことによって……ある程度だが、どういう生き物かは分かっている。全体的にはやはり人間に酷似しているものの……しかし人間とは決定的に異なる部分がある。先にレーアが言っていた通り、ソルジャー・タイプは身体の主な構成物質が炭素とケイ素の二種類なのだ。

 ハイブリッド生物、とレーアは言っていた。その通りで……普通、人間を構成しているのは炭素系の物質だが。しかしこのソルジャー・タイプはその炭素に加え、ケイ素……いわゆるシリコンだ。このケイ素系の物質を組み合わせる形で身体が構成されている。恐らくはこのケイ素系の物質によって、地球人類よりも身体能力が強化されているのだろうと、統合軍の技術研究本部は推測しているが……やはり、詳しいことは不明だ。

 言語体系も、文化体系も何もかもが不明。分かっていることは前述のキャリアー、及びマザーシップの内部に歩兵として多数が乗艦していることと、ライフルや自動拳銃などの銃火器に酷似した物理兵器を所持し、それを使い応戦してくること。モスキートやドラゴンフライの内部には確認されておらず、この二種類は恐らく無人機の類であると思われていること……。たった、これだけだ。

 恐らく、このソルジャー・タイプがレギオンの本体……という言い方は変だが、まあとにかくそういうものなのだろう。だが、彼らに関して分かっていることはあまりにも少ない。果たして本当に意思疎通が可能な相手であるのかも…………。



「――――以上です。……聞いていますか、桐山准尉?」

 自分の内側に入り込みすぎていた翔一だったが、しかしふとした折にレーアに呼び掛けられてハッとし、意識が現実世界に引き戻される。

「ああ……すまない少尉、ちょっとボーッとしていたみたいだ」

「……しっかりしてください」

「ふっ、まあそう言ってやるなエーデルシュタイン少尉。翔一くんもきっと、空から帰ってきたばかりで疲れているのだろうよ」

「…………そうでしたね。ですが、しっかりしてください」

「悪かったよ、本当に。続けてくれ少尉、今度はしっかり聞くから」

「……分かりました」

 そんな感じで、今日もレーアが指導役の座学の授業が続いていく。補佐と言いつつ殆ど何もしていない霧子は、遂に壇上でラッキー・ストライクの煙草を吹かそうとしていたが……まあ、流石にそこはレーアに苦言を呈され、一度咥えた煙草を渋々といった風に白衣の胸ポケットに収めていた。流石の羽佐間霧子も、レーアの無機質で無感情、あの抑揚のなさすぎる声で淡々と責められると……色々と辛いものがあるらしい。今回は霧子の完敗だ。

 そんな風な二人のやり取りを眺めつつ、微妙な顔で苦笑いをしつつ。とにもかくにも、翔一はレーアの座学を集中して受けることにしていた。

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