第五章:グレイ・ゴースト/02

「それにしても――――」

 翔一がそんな風に南の解説を聞き、彼の説明に相槌を打ち納得していると。すると二人の後ろから、今まで静観していた要の声が飛んでくる。

「翔一くん。君は飛行機というか……戦闘機か。その辺りに関して、ある程度分かるクチのようだな」

 分かりやすく噛み砕いているといえ、それでも専門的な用語の多い南の言葉の意味を難なく理解している辺りから、どうやら要は翔一が――――少なくとも知識面に於いては、ズブの素人というワケでもないことを察していたらしい。翔一は彼の方を振り向きながら「はい」と頷き、そして言葉を続けた。

「知識止まりの部分が多いですが。それに……一応、戦闘機も飛ばしたことはあります」

「ほう?」

「……尤も、シミュレーション・ゲームでの話ですけれどね」

「何よ、単なるゲームの話じゃない……」

 飛ばしたことがあるという発言に意外そうな顔をする要に、続けて翔一が小さく肩を竦めながら……少しばかり皮肉っぽく言うと。すると遠巻きに眺めていたアリサがそう言って、完全に呆れ返った風な素振りを見せる。

 が、そんなアリサの反応とは裏腹に、寧ろ要の方は感心した風だった。

「いいや、あのテのフライト・シミュレータは馬鹿に出来んぞ、アリサくん。モノにもよるが、計器の扱いにその他諸々……軍のマニュアルでも引っ張ってきたのか、実機そのままに再現したモノもある。現役のパイロットでも好き者が居るぐらいに本格的なんだ。ゲームだからといって一概に馬鹿にも出来ないぞ、アリサくん」

「でも、所詮は仮想空間での話でしょう? 実際に飛ばすのとはやっぱりワケが違うわ」

「……一応、本当に一応レベルだが、セスナ機程度なら何度か実際に飛ばした経験もある。殆ど誤差レベル、経験が無いことに変わりはないが」

 続けて翔一がそう言うと、今まで呆れ返り、完全に馬鹿にした風だったアリサは「あら、そう。完全に未経験のド素人ってワケでもないのね」という風に、少しだけ感心したというか……ほんのちょっぴりだけ認めた風に態度を改めた。

 刺々しい語気とキツい性格の割に、その辺りの柔軟性というか、アリサは意外に素直なところもあるらしい。その辺りの柔らかさもまた、アリサ・メイヤードがエース・パイロットの内に数えられる所以でもあるのか。

 とにかく、翔一の話だが――――実際、父が生きていた頃にセスナ機は……彼自身の手で何度か飛ばしたことがある。

 尤も、空の上で操縦を移譲され、父の監督の下である程度好きに飛び回らせた程度だが。今から考えれば幼い自分に一時的といえ操縦桿を預けた父の行為は、法的に色々どうかと思うが。まあ少なくとも、翔一にとっては貴重な経験だったことは事実だ。

「そうか、だったら話は早いな」

 そんな昔のことを、ふと翔一が何気なく思い起こしていれば。すると要はニヤリとして、彼に対しこんな言葉を投げ掛けてくる。

「翔一くん、つまり君は……空が好きなのだな?」

「? え、ええ。まあそれなりには」

 質問の意図が読めず、首を傾げながらもひとまず翔一が頷き返すと。すると要はまたニヤリと不敵な笑みを湛え、次の質問を彼に問うた。

「俺たちの上にある青い空、本当の意味で自由に飛んでみたいと思ったことは?」

「何度も」と翔一。「いつかは飛んでみたいって、自分だけの翼で……自分だけの空を飛んでみたいって。そう思ったことなら、幾らでも」

「だったら翔一くん、折角の良い機会だ。実際に飛んでみるといい、この大空を」

「飛ぶって……僕が?」

 きょとんとした翔一に、要は「ああ」と子供のような笑顔で頷き返す。

「こんな機会、滅多に得られることじゃあない。最終的に君がどんな選択をするにせよ、同じく空を愛した者同士……一度は経験させてやりたいと思ってな」

「……良いんですか?」

「構わないさ、基地司令の俺が許可するんだ。誰にも文句は言わせない。

 …………よし、俺のファントムを貸そう。南、飛ばせるな?」

 チラリと要に目配せをされた南は「あたぼうよ」と不敵な笑みを彼に向け返し、続けてこう言う。

「整備はばっちしだ、言ってくれりゃあいつだって飛ばせるぜ。……でもよ、肝心のパイロットはどうすんだよ? 幾らソイツがある程度は分かるクチだっつっても、流石に超音速のジェット機は無理があるってもんだぜ。幾ら何でも話になんねえだろ?」

「問題ない。それなら丁度良い適役が居るからな」

 そう言って、要は今度は傍に立つアリサの方に目配せをするから、意味深な視線を向けられた彼女は「げっ」と露骨に嫌そうな顔を浮かべる。

 とすれば、要は続けて「アリサくん、頼めるか?」と彼女に問うた。だが……アリサの表情は苦く、やはり露骨なまでに嫌そうな感じだった。

「……司令が飛ばした方が早いんじゃあない? 骨董品の飛ばし方なら、アタシよりも司令の方がよっぽど心得ているはずだわ」

「かもな。しかし残念ながら、俺はこの後に仕事が山ほど控えていてね。基地の案内と説明ぐらいならまだしも、流石に飛ばしている暇は無いさ」

「アタシが後ろに絶対誰も乗せたくないの、知ってて言うのかしら?」

「ああ、そういえばそうだったな。だが……少しぐらい構わないだろう? なあに、別にドッグファイトをしろってワケじゃあない。チョイと島の周りを遊覧飛行して帰ってくるだけの話だ」

「だからアタシに、コイツを後ろに乗せて飛ばせって?」

「そうだ」

 子供みたいに無邪気な笑顔で要に頷かれ、アリサは参ったように大きな溜息をつき。そうすれば、まるで確認するかのように彼に問うてみる。返ってくる答えは分かりきっているが、それでも一応、一応だ。

「…………それは、基地司令の立場としての、アタシに対する命令なの?」

「場合によっては、それも吝かじゃあないかもだ」

 ニッコリとした笑顔の要にそう言われてしまえば、もう返す言葉もなく。アリサは完全に諦めたのか、やれやれと大袈裟な手振りを交えつつ大きく肩を竦める。

「ったく……分かったわよ。アタシの負け。でも勘違いしないでよ? 次はないから。今回だけ特別、特別なんだからね?」

「うむ、それで構わんよ」

「ふっ……流石のアリサくんも、隆一郎相手には形無しか」

 はっはっは、といい加減に聞き慣れてきた爽やかな高笑いをする要の横で、霧子もまたニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべていて。とすれば今まで翔一の横で話を聞いていた南も「相変わらず強引なおっさんだぜ」と、要の強引さに呆れ返っていた。

 そんな皆を横目に、アリサはまたはぁーっと大きな溜息をつく。彼女のそんな仕草を、ただ独り状況がイマイチ呑み込めていない翔一が遠巻きに眺め、そして戸惑っていると。すると急に近寄ってきたアリサは彼の手を唐突に掴んで、そして「ほら、さっさと準備するわよ」と言って、強引に彼の手を引いて早足気味に歩き出してしまう。

 突然彼女に手を掴まれ、引きずられるように連れて行かれながら。何とか彼女の後を追いつつ、翔一は更に困惑を深めながら「準備って、何の?」と彼女に問うた。

 すると、歩きながら小さく振り向いてきた彼女の口から返ってきた答えは……ある意味でぶっきらぼうにも聞こえる声音での、こんな一言だった。

「決まってるじゃない。――――飛ぶのよ、アンタとアタシで」





(第五章『グレイ・ゴースト』了)

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