第四章:嘘だらけの世界/02
「コードネーム『レギオン』、我々が戦っている敵の名だよ。……ま、あくまでこれは便宜上の命名で、実際に奴らがどんな連中なのかは、未だによく分かっていないがね」
やれやれと肩を竦めながら霧子は言って、壇上に上がり。そんな壇上の隅の方で腕を組みながら、続けて翔一に対しこんな言葉を続けた。
「『天の方舟事件』で予言されていた外敵というのが、このレギオンという連中でね。事件で回収したカプセルに収められていたメッセージを解読した結果……敵性体の襲来はカプセルの落着時点より、地球時間でおよそ四〇年後という結果が導き出された」
「だが、誤差が生じていたんだ」と、要が霧子の言葉に付け加えるように言った。
「予測していた四〇年後の結果より五年早く、奴らは地球に突如として姿を現した。それが……丁度、五年前の『オホーツク事変』だ」
「『オホーツク事変』……」
「その名の通り、オホーツク海の上空での事件だ」
と言って、要はスライドを操作し。背にしたスクリーンに当時の空撮写真や、略図なんかを表示させつつ……その『オホーツク事変』とやらに関しての説明を始める。
「先にも言った通り、今から五年前の出来事だ。この時に初めて人類は異星起源の敵性体、コードネーム・レギオンと接触し、命名し、そして交戦した」
「……アリサが乗っていたみたいな、宇宙戦闘機で……ですか?」
翔一は恐る恐るといった風に質問を投げ掛けてみるが、しかし要は「いや」と首を横に振り、それを否定する。
「当時、まだ空間戦闘機は殆ど無いに等しかった。あったのは試作機と、実証試験用の機体が数機のみ。その試作機も突貫工事で武装化をして、二機ばかりが出撃するにはしたが……当時の戦力の大半は、米軍やロシアに中国、ヨーロッパ諸国や自衛隊から掻き集めたジェット戦闘機ばかり。つまり君も知っているような、表世界にある普通の戦闘機で戦うしかなかったんだ。少なくとも、当時の我々は」
「当時、迎撃に当たった国連統合軍指揮下の多国籍軍タスクフォースは数百機の大編隊。対してレギオンの方は……オホーツク海上空、成層圏に出現した小規模の超空間ゲートから、たった五〇機が現れたのみ。キルレシオの方は……言うまでもないね。多国籍軍の損耗率は七割を超えていたということだけ、翔一くんには伝えておこうか」
続けて言い放った霧子曰く、そういうことらしい。
人類側の戦闘機が数百機に対し、レギオンは五〇機のみ。彼我の戦力差は凄まじいものだ。普通に考えればこちらが、人類側が物量で簡単にすり潰せるレベルだが……それでも、霧子の言葉を信じるのなら、作戦に参加した人類の戦闘機は七割以上が撃墜されたということになる。その事実が示すところがどういう意味か……分からぬ翔一ではない。
それだけ、レギオンというのは脅威的な存在なのだ。純粋な地球人類の科学力だけでは決して対抗出来ない存在……。空間戦闘機というものがどういうモノなのか、翔一は未だ理解していなかったが。しかしそれがなければ今頃、地球全土が焼け野原になっていたことは想像に難くなかった。
「……超空間ゲート?」
そのことを認識しつつも、しかし翔一は霧子がサラッと放った一言が気になって、彼女に訊き返す。すると霧子は「ああ、そういえば翔一くんは知らなかったか」と頷き、その言葉の意味するところを簡潔に説明してくれた。
「レギオンが現れる……次元の歪み、ワームホールのようなものかな。空の上とか宇宙空間にぽっかりと穴が空いているのを想像してくれれば、多分分かりやすいと思うよ」
「超空間ゲート自体はジェット機の飛べる成層圏下層や、真空の衛星軌道上。或いはもっと遠く……ラグランジュ・ポイントなどに開く場合もある。今でこそ次元振動などを観測し、ゲートが開く時期をある程度予想し……襲来予報という形で事前に予測も可能だが。五年前にはまだ、そんな技術は無かったんだ」
と、続けて要が詳細な説明をしてくれる。つまりは突然開き、レギオンが現れるトンネルのようなものと認識していれば良いのだろう。
自分なりに咀嚼し、ひとまず理解した翔一がうんうんと小さく頷いていると。要は「話を元に戻すが――――」と言って、オホーツク事変のその後を語り始める。
「まあ、オホーツク事変に関しては辛くもこちらの勝利に終わった。払った犠牲は大きかったがな……」
「五年前のあの事件が、我々とレギオンとの明確なファースト・コンタクト。今にして思えば、先遣隊のようなものだったんだろうね、あの時にやって来たのは。そうでも解釈しないと、あの程度の小規模だったことに説明が付かない」
「小規模……ですか」
五〇機で小規模とは。だとすれば、レギオン全体の規模はどれほどなのだろうか。
霧子の言葉に、翔一は少しだけ身震いするような思いだった。
もしも、レギオンの全戦力が……その総数は間違いなく霧子たちにも分かってはいないのだろうが、もしも奴らが総力戦を仕掛けて来たらどうなるか。考えるだけでも恐ろしい、そんなこと。
そんな風に翔一が軽く身震いをしていると、その間にも要はレギオンに関しての更なる説明を続けていた。
「オホーツク事変から二年の間、レギオンの来襲はなかった。確かに霧子くんの言う通り、アレは先遣隊だったのだろう。
しかし、二年後――――今から数えれば三年前だ。再び奴らは地球圏に現れた。それ以降、我々はレギオンと戦争状態にある」
――――そういうことらしい。
知らない内に、既に人類は三年もの間を異星人……という言い方には語弊があるが、ともかく侵略者と戦い続けていたのだ。歴史の裏で、ひっそりと。誰にも悟られぬままに。
そのことを思うと……翔一は、複雑な心境にならざるを得なかった。
無知であることはある意味で罪だが、同時に知りすぎることも……また、罪なのかも知れない。
だが、知ってしまった以上。事実を知ってしまった以上は、もう無知だった頃の自分に戻ることなんて出来ない。どれだけ願ってみたところで、無知だった頃に戻るなんて……決して、叶わないのだ。
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