第三章:楽園‐シャングリラ‐/01
第三章:楽園‐シャングリラ‐
昼休みを終え、気怠い午後の過程もやり過ごし。そうして最後のホームルームを終えれば、二年A組の教室は放課後という漸くの開放を迎えていた。
放課後が訪れれば、部活動がある勤勉な連中はそのまま部活に向かい、そうでない者たちはさっさと帰路に就く。当然ながら翔一の場合は、常に後者の立場であったが……しかし、今日ばかりは直帰というワケにもいかない事情があった。
ホームルームを終え、放課後を迎え。さっさと帰り支度を済ませた翔一は重苦しいスクールバッグを担ぎ、帰路に就く……のがいつもお決まりのパターンなのだが。しかし今日の彼が向かう先は昇降口の下駄箱ではなく、校舎一階にある保健室だった。
きっと、今も霧子が怠そうな顔でぼうっと過ごしているのであろう保健室に出向こうと、翔一がさっさと教室から廊下に出て行くと。するとアリサも、放課後を迎えるなり例によって自分の周囲に集まってきたクラスメイト連中――――大半が女子だ。折角だし遊びに行こうだとかなんだとか、お近づきになろうとしてくる連中に対し上手いこと言い訳を付け、どうにかこうにか切り抜けて。彼女もまた教室から脱出すると、先んじて廊下に出ていた翔一に合流してくる。
「行くわよ、さっさとしなさい」
とすればアリサは翔一を見るや否や、彼にチラリと目配せしながらそう言って。そのまま足早に廊下を歩き始めてしまう。
「そう急かさないでくれ」
先にさっさと歩いて行ってしまうアリサの背中を追って、翔一もまた廊下を早足気味に歩いて行く。
すると……そんな二人の背後から聞こえてくるのは、教室から顔を出してこちらを見るクラスメイトたちの驚いた声だ。皆が小声で交わす噂話が、翔一たちの方にまで聞こえてくる。
というのも、アリサの行動が皆にとってあまりに意外だったが故のことだ。
桐山翔一という男は、誰にも話しかけないし、自分からもあまり話したがらない……謂わば一匹狼のような
だから、そんな一匹狼のような彼とアリサが合流し、普通に会話すら交わしていることが……彼らからしてみれば、意外すぎることだったのだろう。
そう思う気持ちは、他でもない翔一本人にだって理解出来る。アリサ・メイヤードは傍から見れば容姿端麗で、それこそ生半可な連中じゃあ歯が立たないほどの美人さんだ。まして外国からの留学生ともなれば、皆の注目を集めるのも必然。男子連中は僅かなチャンスを狙ってお近づきになろうとしているし、女子に関しても彼女と友達になりたい、という者は決して少なくないのだ。
だから……そんな下心を大なり小なり抱いている彼らにとって、アリサが翔一と関わりを持っていることは意外なんてモンじゃあなかったのだろう。二人が今朝より前に出逢っていることも、そして互いに
「ほら、ちゃっちゃと歩く」
しかし、当のアリサ本人はそんな噂話や周囲から注がれる奇異の視線をまるで意に介さないまま、翔一を連れてさっさと階段を降りて行ってしまう。
向かう先は――――当然、彼女もまた保健室だ。というか、翔一は彼女に来いと言われてあそこに向かっている。
連れられるがままに一階まで階段を降りていくと、下駄箱で外履きを持ってくるように、とアリサに言われて。そうすれば二人して一旦昇降口に向かい、そこの下駄箱から外履きのローファーを引っ張り出してから、二人はそのまま保健室へと向かう。校舎一階の隅の方……目立たない日陰の場所にある、あまり
「…………おや、二人して保健室に何の用かな?」
目の前にある保健室の引き戸をガラリと開け、アリサが彼とともに保健室に入っていくと。すると……やはりそこに居たのは霧子だ。キィッと椅子を軽く軋ませながらこちらの方を向き、待ってましたと言わんばかりに霧子がアリサ・メイヤードと桐山翔一、二人を出迎える。
「ひょっとして……ああ、そういうことか。フッ……結構結構、健全な若者らしくて良いことだ。保健室には向こう三時間は誰も入らないように、上手いこと手配しておこう。後のことは何も気にせず、二人きりでゆっくりと楽しみたまえ」
「…………羽佐間少佐、あんまり適当なこと言ってると張り倒しますよ?」
そうして二人を出迎えれば、薄い笑顔を湛える霧子の口から飛び出してくるのが……まあ、こんな具合の冗談に聞こえない冗談なもので。とすればアリサは物凄く微妙な顔をしながら、何処かキツい調子で霧子にそう言い返す。
すると、霧子はふむと首を傾げ。「おや、早速二人でしっぽりと……ってワケじゃあないのかい?」なんてことを、とぼけた調子で彼女に返す。それに対し、アリサの方も「逆に訊くけれど、あると思って?」なんて風に呆れ気味に顔をしかめるから、霧子はフッと不敵に笑むと、次にこんなことをアリサに対して口走った。
「可能性としてはゼロじゃあないね。アリサくん、君は一度惚れ込んだ相手にはとことん突っ込んでいくタイプだ」
「はぁーっ…………」
もう返す言葉もないといった調子で、アリサは呆れ返った風に特大の溜息をつく。
すると、そんな風に呆れ返るアリサの横で、翔一は「少佐……霧子さんが?」と、独り疑問符を浮かべていた。
というのも、霧子に対するアリサの呼び掛け方が妙に彼の中では引っ掛かっていたのだ。もし聞き間違いでなければ、今確かにアリサは霧子に対して「羽佐間少佐」と呼び掛けていた。まるで軍隊のような、そんな階級呼びで…………。
しかしアリサはそんな翔一の疑問に答えぬまま、また気にも留めぬまま。後ろ手に出入り口の引き戸を閉めると、そのままガチャリと戸に鍵を掛けてしまった。
「……ああ、彼に話したのか」
そんな様子の彼女の顔を、少し鋭い双眸をチラリと見て――――霧子もまた表情をスッと鋭くすると、何かを悟った風に頷く。アリサはそんな彼女に対し「ええ」と頷き返し、肯定の意を示した。
「今から、蓬莱島に連れて行きます」
「随分と気が早いね。善は急げ、百聞は一見に如かずという先人の言葉もあるが……しかしアリサくん、本気かい?」
「論より証拠、アタシがあれこれ説明したところで半分も信じられないのは、当事者たるアタシ自身がよく分かっているつもりです。だからこそ、コイツには直接見せた方が早い……でしょう、羽佐間少佐?」
「ふむ。……ま、良いだろう。なら付いてきたまえよ、二人とも」
「付いていくって、霧子さんは僕らを何処に……?」
状況がまるで掴めず、また二人の交わす言葉の意図するところも掴めぬまま。ただただ疑問符ばかりを頭の上に浮かべ、首を傾げ続けている翔一がそう問いかけると。すると霧子はニヤリと不敵な笑みを薄く湛え、そんな風に困惑しっ放しな彼に対し、何処か悪戯っぽい調子でこう告げた。
「秘密基地さ、我らが地球防衛軍のね」
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