【31】ふたりの失踪

 カラクリを解くな―――


 あいつらを消せ―――


 魂の消滅を避けるんだ―――


 (友達を傷つけたくない! でも怖いんだ!)


 囁きに支配されていた斗真は、ひどい頭痛に悶えていた。しばらく苦しんだのち、頭痛が落ち着いてきたので、瞼を開けると、緑に囲まれたジャングルだった。


 綾香と健を追いかけていたので、この場で眠りに就いた。激しい頭痛が原因で、無意識のうちに意識が肉体に戻ったようだ。


 斗真は静けさの中、耳を澄ました。夜行性の鳥の鳴き声が聞こえる。夜は不気味なまでに音が響く。ジャングルで夜を過ごしたのは旅客機が墜落した初日だけ。それ以降、ずっと浜辺だ。浜辺の夜もみんながいたからこそ怖くなかった。


 ふたりを追いかけていたときに手にしていた流木に視線を下ろした。


 (こんなものでふたりを殴ろうとしたなんて……。俺は……最低のクズだ……)


 なぜあんなにも恐怖を感じていたのか……頭の中に響くもうひとりの自分の囁き声が怖かった。魂が消滅すると何度も繰り返し囁かれていたのを覚えている。そして、囁き以外にも恐怖を感じていた。それは……カラクリの答えに近いもの……。しかし、囁きから解放されたいま何ひとつ記憶にない。


 斗真は重苦しいため息をついて周囲を見回した。ともに眠りに就いたはずの一同がいない。


 (まさか……俺を置き去りにしてどこかに行ってしまったのか? いや、そんなはずない。だって音楽室にみんないるんだから)


 まちがいなく、この場所で一緒に眠った。体が勝手に移動したのだろうか? そんな馬鹿なことあるはずない。手にしていた流木はここにあるのだ。ずっとここにいた証拠だ。


 (どうして?)


 考え込む斗真は、前方の水溜りが気になった。腰を上げて、水溜りに歩を進め、夜空に浮かぶ朧月が投影された水面を覗いた。その瞬間、水面に映る景色に違和感を覚えた。訝し気な表情を浮かべて水面を弾いてみた。ゆっくりと波紋が広がる水面を見つめた。そして、もう一度、水面を弾いてみた。そのとき、違和感の理由に気がついて驚愕した。


 「そんな、馬鹿な……。ありえない……嘘だろ?」取り乱した。「真実の中にある現実って……こんなことがあってたまるかよ! 俺は信じない!」


 カラクリの答えに気づいた斗真の指先が金色の光を帯びた。一定のリズムで明暗を繰り返して光り続ける蛍のように輝き始める。

 「消えろ! こんな光、消えろよ!」


 手のひらをこすり合わせて光を消そうとした。しかし、焦る気持ちとは対照的に煌々と光を放つ。斗真はコップと容器を確認するために、すぐさま浜辺の方向に駆け出した。


 その後、鬱蒼とした樹木の合間を走る斗真の姿が、この場から完全に見えなくなった。



・・・・・・



 それから間もなくして、音楽室からジャングルへ意識を移動させた明彦と純希が、自分たちの体を確認した。

 

 (無事だ。何もされてない)


 安堵したふたりは、類が眠る方向に目をやった。だが、類の姿はなかった。どこに行ったのだろうか……と、ふたりは顔を見合わせた。


 「いないんだけど……」純希が言った。「狂って暴走か……」


 明彦は言った。

 「ここに肉体がないってことは、まちがいなくジャングルのどこかにいるはずだ。類が消えたことを綾香たちにも報告しないといけない。でも、ここだと類に攻撃される可能性もあるから、安心して学校に戻れないよ」周囲を見回し、樹木が生い茂った場所を指さす。「あそこに隠れよう」


 「そうだな、そうしよう」


 そちらへ歩を進めたふたりは、夜空を見上げた。満天の星々の中心に輝く満月がとても綺麗だ。いつも思う、空も星も月も太陽だって現実世界と変わらないのに……と。


 幾重にも重なる葉を掻き分けて茂みの中に入っていくと、目の前に太い倒木が横たわっていた。浜辺で待機していた一同のように、倒木をベンチの代わりにして腰を下ろした。


 「結菜たちは大丈夫なんだろうか?」明彦は心配する。「眠りに就かないと会えないって不便だよな」


 「会えるだけマシじゃん」


 「それもそうだけど……現実世界の便利さが恋しいよ」


 「まぁな」


 「肉体の無事を報告しに音楽室に戻るとするか」


 「うん」


 ふたりは目を瞑り、意識を集中させた。虫の羽音も野生動物の鳴き声も、瞬時に聞こえなくなった。音楽室に意識を移動させたふたりが目を開けると、綾香と健が歩み寄ってきた。


 明彦は訊く。

 「結菜たちはまだ?」


 綾香が答える。

 「まだだよ」


 健が訊く。

 「ここに戻ってきたってことは、肉体は大丈夫なんだよな?」


 明彦は目覚めたときの状況を説明した。

 「肉体は無事だったけど……類の姿が見えなかったんだ。周囲を見回してもいなかった。ひとりでどこかに行ってしまったのか……いまの類はふつうじゃないから、まったく行動が読めない」


 綾香が事の重大さに動揺する。正気を失っている類の行方が心配だ。

 「捜すにしても、あの広いジャングルで逸れたら一大事だよ」


 健も類を心配する。

 「どうするんだよ?」


 明彦は考える。

 (どうするって、どうすればいいのか……)


 そのとき、結菜たちが現れた。全員が動揺していた。


 結菜は明彦に言った。

 「どうしよう、斗真がいないの」


 明彦は目を見開いた。

 「え? 斗真も?」


 結菜は訊く。

 「ちょっと待ってよ、類もってこと?」


 「ああ……」明彦は深刻な表情を浮かべた。「どうなってるんだよ」


 「由香里のつぎは斗真と類が失踪……」道子が言った。「マジで幽霊に連れて逝かれたわけじゃないよね?」

 

 綾香が道子に言った。

 「言ったよね? それは最悪の事態を意味するって。絶対に考えたくないもん」


 「わかってるけど……」道子はうつむく。「いきなり消えちゃうから……」


 美紅が不安を口にした。

 「だけど、このまま三人がどこにもいなかったらマジでどうするの?」


 綾香が真剣に美紅に言った。

 「絶対に大丈夫。みんなで新学期を迎える、でしょ?」


 美紅は涙を浮かべた。

 「そうだけど……心配で……」


 綾香も内心は不安でいっぱいだった。

 「何がなんでも捜し出さなきゃ……」


 明彦が一同に言った。

 「捜すにしても暗がりを歩くのは危険だ。俺たちまで遭難してしまう。それに幽霊との遭遇も厄介だ。早朝から失踪した三人の捜索を始めよう」


 結菜が、明彦と純希を心配した。

 「ふたりは大丈夫なの? へたにうろうろしたら浜辺にすら辿り着けなくなるよ」


 明彦は囁きに支配されていたとき、旅客機の墜落現場に向かう類が別の方向へ歩いていることに気づいていた。それなのに囁きに抵抗できずに、誤まった道をあたかも正しいかのように歩き続けた。だが、囁きに打ち勝ったいま、方向を見失わないだろう。


 「大丈夫だ」明彦は結菜を安心させるために微笑みを浮かべた。「ヘマはしない」

 

 「でも、気をつけてね」


 「うん、ありがとう。結菜もね」


 「心配しないで。うちらは人数が多いから」


 綾香が結菜に言った。

 「あたしと健もふたりを捜すよ。だけど合流したくても、みんながどの辺りにいるのかわからない」


 考える結菜。

 「それもそうだよね……どうしようか?」


 道子が綾香に言った。

 「だったら、あたしと翔太が浜辺で綾香と健を待つよ」


 「助かる」綾香は言った。「目覚めたらすぐに健と一緒に浜辺に向かうね」


 健が明彦に訊く。

 「それじゃあ朝までどうする?」


 明彦は健の質問でふと思った。類が魔鏡の世界に行くきっかけになった姿見の破片。もう一度、魔鏡と繋がってくれたら、小夜子に訊きたいことがある。


 「家庭科室の割った鏡の破片から死神屋敷に行けないだろうか?」


 健は言った。

 「それは無理じゃない? 偶然、繋がった世界なんだ」


 「もう一度だけ偶然が起きてくれないかなって」


 「難しいと思うよ」


 「気になるんだ」


 「ワープするだけだから見に行く?」


 「行きたいな」


 「俺は行くけど、みんなはどうする?」


 綾香が返事した。

 「もし何かあったら大変でしょ? うちらも行くよ」


 一同は意識を集中させて、家庭科室へワープした。鏡を割った日以来、自分たち以外の生徒が訪れた様子はない。その証拠に、鏡の破片と理沙が握っていたモップが床に放置されたままになっている。


 散乱した鏡の破片に歩み寄った一同は、一枚一枚じっくりと確認した。どの鏡にも家庭科室の天井が映っているだけで、なんの変哲もない割れた鏡だ。綾香が言ったとおり、一度かぎりの偶然だったようだ。


 「だよなぁ……」がっかりした明彦はため息をついた。「そんなにうまくいくはずないよな」


 綾香は明彦の肩に手を置いた。

 「小夜子に会っても、きっとカラクリは解決しない。答えは教えてくれなかった、そう類が言ってたんだから、誰が行っても同じだと思う」


 明彦は言った。

 「俺ならヒントくらいは掴めそうな気がするんだ」


 綾香は言った。

 「かもしれないけどね」


 光流が言った。

 「明彦はがっかりしたかもしれないけど、俺は安心したよ」


 明彦は訊く。

 「どうして?」


 光流は理由を言う。

 「当たり前じゃん。だって類が鏡に吸い込まれたとき、戻ってこなかったらどうしようって超ビビったもん。また同じ思いをするなんて嫌だ」


 「そうだよ」恵も同じ意見だ。「類は戻ってこれたからいいけど、カラクリを解くために命を落としても何にもならないんだからね」


 結菜も反対だ。

 「明彦までいなくなったら耐えられない」


 心配してくれる友達と彼女がいる。いじめを受けていた地獄の日々を乗り越えてよかったと思った明彦の目頭が熱くなった。

 「どっちにしても魔鏡の世界には行けそうもない。心配しないで」


 結菜が念を押すように言った。

 「ジャングルでも無茶はしないでね」


 「大丈夫、わかってるよ」と返事した明彦は、壁時計に目をやった。現在、零時。早朝四時から失踪した三人の捜索を開始したい。それまでは学校にいよう。


 周囲に散乱した鏡の破片が気になる美紅が言った。

 「気分的にここは嫌だな。教室にワープして朝を待とうよ」


 明彦はうなずいた。

 「べつにかまわないよ」


 綾香が言った。

 「じゃあ、教室にワープしようか」


 教室に意識を集中させた一同は、家庭科室から一斉に姿を消した。




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