【14】墜落現場の謎【1】

 震えが止まらない類は、純希と明彦に支えられ、一同とともに家庭科室から倉庫に移動した。鏡の前に腰を下ろした三人を中心にして、一同も腰を下ろした。


 その後、理沙が鏡を覗き込んだ。姿が見えないからこそ、なおさら心配だ。

 「類、大丈夫なの?」


 寒気が止まらないのだ。鏡に文字を書こうとしても指先が震えてうまく書けない。

 「どうなっちゃうんだろう……俺……」


 明彦が類に訊いた。

 「魔鏡の世界で何があったんだ? 説明してくれなきゃわからないよ」


 綾香が明彦に言った。

 「そう焦らないで。類は怯えてる。気持ちが落ち着いてからでもいいんじゃない?」


 みんなを殺してしまうかもしれない、と類は大きな不安を感じていた。魔鏡の世界で見てきたことのすべてをいますぐに伝えなければならない。

 「いや、いいんだ。俺からもみんなに話さなきゃいけないことがある」


 綾香は類に言った。

 「無理しないで」


 「ありがとう。でも休んでる場合じゃないんだ」


 重大な何かを言おうとしている……と、綾香は類の真剣な面持ちから察した。

 「わかったよ……」

 

 自分から理沙に無事を伝えたい。類は鏡に息を吐きかけて文字を書いた。

 《心配かけてごめん》


 理沙は、鏡に現れた文字を確認した。つきあいが長いふたり。文字を見るだけで、類の心の動揺が伝わってくる。それでも何も訊かずに優しい表情を浮かべた。


 「無事ならいいの」

 

 《アプリゲームでもプレイして待ってて》


 話に参加したくてもできない。鏡の世界で起きたこと知りたい。だがそれは、類の気持ちが落ち着き次第いつでも訊ける。いまの自分できることは笑顔を忘れない、そして類に従うことだけ。

 

 「うん。じつはいま、パズルゲームにはまってるんだ。しばらく遊んでるから用事があったら呼んでね」


 《ありがとう》


 理沙の優しさに感謝した類は、真剣な面持ちで話を切り出した。

 「みんな、覚悟して聞いてほしい。とはいえ、謎が多すぎて、理解できないことのほうが多かったけど……」


 一同はうなずいた。


 明彦が言った。

 「どんなに恐ろしいことでも受け止める覚悟ができてる」


 類は、魔鏡の中で体験してきたことを話し始めた。

 「この鏡の世界は、思い出深い場所だって言ってた……」


 たしかに学校は一日の大半を過ごす大事な場所だ。それは理解できるが、どうして他人から聞いたかのような口ぶりなのか……。


 「思い出深い場所?」明彦は首を傾げた。「誰がそれを言ってたんだ?」


 類は言った。

 「小夜子……」


 「小夜子?」明彦は訊く。「家庭科室でもその名前を言ってたけど、誰のことなんだ?」


 類は答える。

 「俺は……魔鏡の世界で死神屋敷の元所有者の娘、小夜子に会った。彼女は、去年の夏に俺と純希が魔鏡越しに写メを撮ったときに映り込んだ女の子だったんだ」


 驚いた一同はざわめく。


 明彦は目を見開いた。

 「マジかよ……」


 類と一緒に画像を撮った純希は、類に訊く。

 「だけど、どういうことだ? 小夜子は三十年前から行方不明だぞ」


 「そのとおりだよ」類は答える。「彼女は行方不明者だった。だけどいま……俺たちと同じような状況で鏡の世界に身を置いている」


 驚いた純希は質問を続けた。

 「それって、俺らと同じツアー会社のゲームに巻き込まれたってこと?」


 「そうかもしれないけど……なんとも言えないんだ」


 「なんとも言えない? だって俺らと同じような状況なんだろ?」


 明彦が興奮気味の純希に言った。

 「焦らず類の話を最後まで聞こう」


 純希は明彦に言い返す。

 「類は三十年前に行方不明になったやつと会ったんだぞ。冷静になれって言うほうが無理だ」


 明彦が言う前に、健が純希に辛辣な言葉を言った。

 「類の話を聞かなきゃ何もわからないし、何も見えてこない。お前が類の話を止めるたびにみんなイラッとするだけ」


 純希は言った。

 「イラッとさせて悪かったな。こうゆう性格なんだからしゃあないだろ」


 憤然とする純希に、健は注意した。

 「とにかく黙って聞こうぜ」


 純希はふて腐れた表情で返事した。

 「わかったよ」


 類は説明する。

 「三十年前の十二月二十八日に祖母が住むサイパンに出かけた小夜子は現地に到着し、四人のアメリカ人観光客と軽飛行機に乗った。その後、スコールに見舞われ、エンジントラブルが発生して無人島に墜落した。死亡者は操縦士のみで、小夜子を含めた五人が奇跡的に助かった」


 明彦は目を見開く。

 「おい……その軽飛行機って、まさか……」


 「そう」類は真剣な面持ちでうなずいた。「俺たちがジャングルで発見したあの軽飛行機だ」


 小夜子は十三人と同じような状況で島に降り立ち、そして鏡の世界にいる、ということを、一同は理解した。


 しかし……疑問がひとつ。


 小夜子の肉体はいまどこに?  


 「軽飛行機の周囲には髑髏しか落ちていなかった」明彦は訊いた。「小夜子はいまも、あの島のどこかで寝起きを繰り返してるってことなのか?」


 類は答えた。

 「あれはおそらく操縦士の髑髏だ」


 明彦は訝し気な表情を浮かべた。

 「だったら彼女の肉体は? 年齢が止まってしまった理由もわからないままなんだろ?」


 「俺らだって、年齢に関してはスマートフォンがあったから気づけたんだ。だからあえてその質問はしなかった。それに、小夜子の肉体はどこにもないはずだ。本人も肉体が滅んでしまったことに気づいてないようで気づいている……はっきりしない様子だった。

 これは俺の考えだけど、カラクリが解けなかった小夜子は、肉体と精神が分離した状態で鏡の世界に閉じ込められたんじゃないのかなって……それしか考えられない……」


 なぜ肉体と精神が分離した状態で鏡に閉じ込められたのか……。


 頭が混乱する一同は、黙って類の話に耳を傾けた。


 「体の機能が正常でも精神がそこになければ、ある意味抜け殻だ。生きたまま野生動物にでも食われて朽ち果てたのか……。とはいえ……島で寝起きしていた小夜子も生体だ……。

 そして、その小夜子も生体は守られてるようだったと言っていた。だから俺たちの仮説も満更じゃないと思うけど……」言葉の途中で首を傾げた。「わるいけど……けっきょくはそれも曖昧ってかんじなんだ」


 動揺する一同がざわめく中、類は続けた。


 「小夜子は、自分自身がカラクリを解かないと意味がないって言うばかりで、答えを最後まで教えてくれなかった。いくら訊いても教えてくれなかったんだ。追及のしようがなかった」


 明彦は訊く。

 「小夜子以外、全員がカラクリを解いたのか?」


 「解いたみたいだけど……記憶に曖昧な点が多い」


 「だったら、ゲートに関してはどうだったんだ?」


 「カラクリが解けたあとは空に光が見えるらしい。小夜子の話から推理すると、それがゲートだ。まちがいないよ」


 「やっぱり……ゲートはあるんだ」


 「ああ。現実世界に戻るためのゲートはある」と、答えてから続けた。「それから、お前が言うように、島の異なる謎にはひとつの共通点があるらしい。異なる謎をひとつにまとめる……って言ってたけど……」


 「異なる謎をひとつにまとめる? どういう意味だ?」


 「俺にわかればいいんだけど、残念ながら……」


 「そうか……しかたない。じっくり考えてみるよ」と言ったあと、質問を続けた。「で、小夜子と一緒にいたひとたちは、ゲートを通れたのか?」


 「カラクリの答えがわからない小夜子も彼らと一緒にカラクリの答えが確実なものなのかを確認するために墜落現場まで戻った。そのあと、彼らは金色の光に包まれて島から消えたって言ってた」


 「何? 墜落現場に答え?」

 

 「ああ。ヒントじゃなくて答えそのものがあるみたいだ」


 「うそだろ? あの場所のどの辺りに答えがあるっていうんだよ? 俺らだって椰子の実を採りに墜落現場に戻ってる。だけど飛行機の残骸と乗客の死体以外、何もなかった」


 浜辺で漂流物を発見した自分たちは、カラクリの謎に近づくために旅客機の墜落現場に戻ろうとした。あくまでヒントを得たくて戻ろうとしたのだ。まさか答えそのものがあるとは考えもしなかった。


 小夜子と会った類にも見当がつかない。

 「俺も魔鏡の中でお前と同じことを思った。けど、それも教えてくれなかったんだ……」


 「なんだ……肝心なことはぜんぶ教えてもらえず、けっきょく謎だらけだな」ため息をついた。「当然、カラクリの答えは教えてもらってないよな」


 小夜子が言ったとおりに伝える。

 「真実の中にある現実……真実が明らかになったときにゲートを見ることができる。すべてを受け入れて現実を見る。それがカラクリを解く鍵らしい。きっかけひとつで解けるみたいだけど……俺にはさっぱりわからなかった……」


 「真実と現実? すべてを受け入れるって、何を受け入れるんだ?」訝し気な表情を浮かべた。「どういう意味?」


 その質問の答えはこっちが知りたいくらいだ。

 「だから、俺にもわからなかったって言ってるじゃん。お前が言うとおり、けっきょく謎だらけなんだよ」


 明彦に続いて、翔太が類に訊いた。

 「俺の疑問は墜落現場にある答えよりも、どうして小夜子が未だに鏡の中なのか? それが知りたい」


 類は答える。

 「鏡の世界は、思い出深い場所であるのと同時に、殺人を犯した者が幽閉される牢屋のような世界らしい……」


 一同は驚き、翔太は目を見開いた。

 「は? 牢屋? 何言ってるんだよ? 俺らも鏡の中にいるけど、殺人なんて無縁だ」


 類は小夜子の話から推測する。

 「そうだよ、俺たちは殺人を犯したことがない。だから寝起きするたびに、ジャングルと鏡の世界を行き来している。殺人を犯した瞬間、精神が鏡の世界に閉じ込められて、永遠に鏡の世界という牢獄に幽閉されてしまうんだと思う。まぁ、これは俺の推測だけど」


 翔太は慄然とする。

 「それって……俺たちがサバイバルで殺人を犯すってこと?」


 「わからない……そんなわけないって思いたい」


 「それも訊けなかったのかよ」


 「小夜子は、おそらく殺人を犯したんだ。小夜子の説明から考えると、そういうことだろ。もっと、話を聞きたかったけど、突然、小夜子の意識が魔物に乗っ取られてしまったんだ。まるで二重人格みたいに、人格が入れ替わってしまったんだ。顔つきも全然ちがった。本当に怖かった。もしかしたら、殺人を犯してしまえば魔物になってしまうのかもしれない……。やつは自分のことを、死神みたいなものだと言っていた。そして俺に言った、この姿がお前の人生の末路だと……」


 翔太は訊く。

 「どういう意味だよ……」


 「わからない……」類にも小夜子の言葉が理解できない。「てゆうか……怖くて考えたくない……」


 純希が言った。

 「それって、要するに類が殺人を犯すってことだろ? そんなのありえない。馬鹿げてる」


 「俺だってそう思いたいよ……」類は恐怖に震えた。「去年の夏に、俺と純希が死神屋敷に侵入した姿を、やつは魔鏡から見ていた。魔鏡のそばで衰弱死して発見された若者は、自殺じゃなくてやつの仕業だ。俺たちのことも殺そうしたらしいけど、純希に死の影が見えたから手を下すのをやめたって言ってた……」


 訝し気な表情を浮かべた純希は訊く。

 「俺に死の影?」


 「たぶん……俺が吸い込まれた鏡の破片に渦巻いていた黒い靄のことだ。お前の目の中にはすでに魔物が棲んでいる、じき死神になるって脅されたんだ。

 俺……どうしていいんだかわからなくて……純希を殺しちゃうんじゃないかって怖いんだ。殺人を犯した俺は理沙に会えないまま、小夜子みたいに鏡の世界に閉じ込められちゃうんじゃないかって……そう考えるとすごく不安で……」


 誰よりも友達想いの類が仲間を殺すはずがない。純希は動揺している類の肩に触れて、安心させようとした。

 「大丈夫だ。どれだけお前が暴れても十二対一だ。残念だけど俺たちの勝ち。お前が俺を殺すわけないし、俺もお前に殺されるほど弱くない」


 類は純希に言った。

 「もし……俺の気が狂い始めたら躊躇わずにぶん殴ってほしい」


 純希は言う。

 「まかせろ。俺のパンチは痛いから、すぐに正気に戻るはずだ」


 「ぶん殴ってすむならいいけど……そう単純じゃないよ」光流が不安を口にする。「気が狂ってしまうほどの何かが起きて、仲間内でデスゲームが起きれば鏡の世界に幽閉される。小夜子たちと俺たちが、もし同じツアー会社によって島に送り込まれたとすれば、このゲームの結末は無事にゲートを通り抜けるか、小夜子みたいになるか、どっちかってことじゃん」


 純希は光流に言った。

 「そんなことあるわけない。俺たちは絶対にデスゲームなんかしない。へんなこと言うなよ」


 光流は言う。

 「だけど類の話を聞くかぎり、ふたつにひとつの結末しかないと思うんだけど……」


 純希は否定する。

 「俺たちが殺し合いになるとでも? ありえない」


 恵も光流に言った。

 「純希の言うとおりだよ。あたしたちがそんなことするわけない」


 光流は恵に言う。

 「俺たちの結束は固い。それはわかってる。でも何が起きるかわからないんだ……」


 恵は言った。

 「ほらまた、弱気になってる。あたしたちは絶対に殺し合いなんかしない、でしょ?」


 うつむく光流。

 「ごめん……でも不安で……」


 恵は言った。

 「墜落現場に戻ったときを思い出して。すごく勇敢だったよ。しっかりして」


 あのときは水が欲しいだけだったが、以前よりも強くなれたはず。それでも臆病な性格はすぐには治らない。

 「ありがとう……」

 (どんなときもヒーローみたいに強いやつになりたいものだ……)


 由香里が言った。

 「魔物はね、人間の弱った心に取り憑くものなの。気を強く持たないと死神の思う壺だよ。あたしも気が小さいけど強くいれるように頑張りたい」


 「いま一番大切なのは強い心を持ち続けることなんじゃない?」恵も由香里と同じ意見だ。光流に言ってから類に声をかけた。「元気を取り戻して、きっと大丈夫だから」


 魔物は弱い心に取り憑くというなら、現にいま心が折れそうだ。気を強く持って、しっかりしなくてはならない。この島から脱出して、理沙に逢うために! 


 「俺が純希を殺すはずがない。そうだ……俺はひとを殺したりなんかしない、絶対に!」


 由香里は言った。

 「類がそんなことするはずないよ」


 全員が由香里と同じことを思っている。


 綾香も言った。

 「そうだよ。類があたしたちを傷つけるわけないじゃん」


 純希も言った。

 「綾香の言うとおりだ。お前は絶対に俺たちを傷つけたりしない。そして俺たちもお前を傷つけない。みんなで無事にゲートを通り抜けて現実世界に帰る」


 そのとき、明彦が冷静な口調で疑問を口にした。

 「殺人……つまり、ひとを殺す。生体が守られているならひとは殺せないよな? やっぱり……俺たちの仮説にすぎないんだろうか?」


 純希は明彦に訊いた。

 「どうしたんだよ、突然」


 明彦は言う。

 「だってデスゲームって殺人だ。殺せなきゃデスゲームにならない」


 そう言わてみればそのとおりだ。精神と肉体が分離した状態で野生動物に喰われたかもしれない小夜子も生体。そして、ともにいたアメリカ人も生体だ。

 「だよな……」考える純希。「お前の言うとおりデスゲームは起きないよな……」


 「俺も魔鏡の中で明彦と同じ考えが頭に浮かんで混乱しかけた。でも小夜子は、ひとを殺したから鏡の中に閉じ込めれた。だったら殺人が可能なわけで……」類は、小夜子が島で試みた実験と、その結果を教えた。「だけど……生きた魚を火の中に放り投げても死ないそうだ。魚は海水に覆われ、熱から守られていたらしい……だから余計にわからなくなる」


 明彦は訊く。

 「それなら、やっぱり……俺たちも守られているってことなのか?」


 類は首を傾げる。

 「わからない。命懸けで自ら身を持って実験するのは難しいことだから」


 光流が、類に変わった質問をした。

 「でもさ……小夜子が殺人を犯したなら、それってけっきょくは殺人が可能ってことじゃん。だったら……小夜子は誰を殺したんだろう?」


 類は光流の質問に答えた。

 「誰って、サバイバル生活をともにしたひとたちだろ? 俺の話、聞いてる?」


 光流は首をかしげた。

 「……。本当にそうなんだろうか?」


 「だったら誰を殺したんだよ?」


 「そうだよな。なんだか頭が混乱して……」

 (四人いたアメリカ人のうちひとりを殺したのか? それともふたり? なんだか奇妙だ……)


 純希が類に訊く。

 「小夜子の体験と俺たちの状況が被りすぎてる。だけど小夜子は、ツアーでサイパンに行ったわけじゃないんだろ? ということは、ツアー会社は白なのか?」


 類は答える。

 「小夜子と一緒に軽飛行機に乗った観光客も、抽選でサイパンの無料ツアーに当選したって言ってた。だけど、ツアー会社の名前まではわからない」


 純希は言った。

 「同乗した連中も無料ツアーだったのかよ。ますますツアー会社が怪しいんじゃねぇの?」


 「ツアー会社が関係しているなら、操縦士とともに小夜子も死んだはずだ。でも死んだのは操縦士だけ。もしかしたら俺たちとはちがうかたちでツアー会社が関係していたのか、それとも偶発的に島にワープしたのか、それは俺にもわからない」


 「せめてツアー会社の名前さえわかればな」


 「操縦士にはリーフレットを渡していたそうだけど」


 「三十年も昔のリーフレットなんかあるわけないじゃん」

 

 「それが、鍵が壊れた小型金庫にしまっていたらしくて、それさえ見つけられたら、ひょっとするかも」


 「小型金庫自体あるとは思えない。それに、大破した機体から小さな物を見つけ出すって至難の業だよ」


 明彦が言った。

 「同じ島に迷い込んだ小夜子と俺たちは同じ体験をしている。つまり、同じ島なんだから、ツアー会社が白だろうと黒だろうと出口は同じはずだ。そして、カラクリの答えもね」


 綾香が言った。

 「もし、小夜子と同乗したアメリカ人が利用したツアー会社が『ネバーランド 海外』なら、あたしたちはツアー会社によって、意図的に島に送り込まれたことになる。それとも、バミューダトライアングルの伝説みたいに偶発的に島にワープしたのか、あたしとしてはそれをはっきりさせたいの」


 類は綾香に言った。

 「どっちにしても俺たちは墜落現場に戻るんだ。その途中に軽飛行機があるから調べてみるよ。たとえ出口が同じでも、それは俺も気になるからね」


 綾香は類に頼んだ。

 「お願いね」


 類は男子に訊いた。

 「俺に同行するやつは?」


 恐怖心よりも好奇心。明彦が手を挙げた。

 「俺が行く。小夜子たちはわざわざ軽飛行機の墜落現場に戻った。答えがそこにあるなら、この目で確かめてみたいんだ」


 光流が明彦に言った。

 「今回はパス。かなり過酷だと思うけど」


 明彦は真剣な面持ちで返事する。

 「承知のうえだよ」


 翔太と斗真が顔を見合わせた。そして、翔太が言う。

 「俺らも行ってもいいけど」


 健が手を挙げた。

 「いや、俺が行く」


 純希が健の肩に手を乗せ、「お前はみんなと一緒にいるべきだ」と言ったあと、「俺が行くわ」と言った。


 「純希、俺に行かせてくれ」まなみの死で落ち込んでいた自分を励ましてくれたみんなの役に立ちたい健は、純希から類に顔を向けた。「魔鏡の中で怖い思いをしたんだから無理しなくてもいいんだ。俺はじゅうぶん休ませてもらった」


 類は健に言った。

 「だからといって恐怖心に負けてられない。それに健は行かないほうがいいし、行くべきじゃない」


 健は理由を聞きたい。

 「どうして?」


 類は真剣な面持ちで答えた。

 「死体を見ることになるって浜辺で言っただろ? その中には、まなみちゃんの死体だってあるんだ。どういう意味かわかるよな?」


 純希も健に言った。

 「耐えられないんじゃね?」


 まなみの死体をもう一度見ることになる。それも腐敗が進行した死体だ。スマートフォンの画像に収めた可愛い笑顔が印象的な生前の彼女の顔は失われている。そこまで考えていなかった。純希に言われたように、耐えられそうもない。


 健は「ごめんな……」と謝った。


 純希は言った。

 「いいって、気にするなよ。浜辺にいる女子を守ってやってくれ」


 健は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 「わかった……」


 類が、翔太と斗真に顔を向けた。

 「お前らも女子を守ってやってほしい」


 翔太が返事する。

 「わかった」


 斗真も力強く返事した。

 「まかせろ」


 そのとき、理沙が鏡をノックしてきた。

 「類? ミーティングの最中にごめん。パズルゲームをクリアしちゃったから、ツアー会社について調べてみたんだけど」


 類が鏡に息を吐きかけて文字を書いて訊く。

 《どうだった?》


 理沙は静かに首を横に振り、残念そうに言った。

 「それが……ツアー会社は雲隠れ」


 《どういうこと?》


 「ホームページが削除されてる」


 予想どおりの展開だ。一同も理沙の報告に肩を落す様子はなかった。

 「やっぱりな……」


 純希が言った。

 「ふつうの会社なら責任逃れだな」


 「そうだ」綾香が閃く。「削除されたホームページを検索する方法があるよ」


 類は綾香に言った。

 「俺が魔鏡の世界に行ってなければ、鏡を割る実験のあと『ネバーランド 海外』について話し合う予定だったけど、その必要もなさそうだから検索するだけ時間の無駄だよ」

 

 綾香は言う。

 「でも検索してもらうだけ、してもらったら?」


 類は言った。

 「ごくふつうのツアー会社にできるわざじゃない。たとえ偶発的だったとしても、死神が関係していると思う。それに単なるツアー会社ならもう眼中にないし、死神が仕掛けたサイトなら検索しても無駄だよ」


 納得する綾香。

 「たしかに、それもそうね」


 「ごめんね、役に立てなくて」と理沙が申し訳なさそうに言ってきた。


 現実の世界から鏡の世界の様子は窺えない。たいした情報を得られなかったので、みんながっかりしていると思い込んでしまったようだ。


 類は鏡に息を吐きかけて、すぐに返事を書いた。

 《理沙は悪くない》


 理沙は言った。

 「みんなの役に立ちたかった」


 《おれたちを支えてくれてる それだけでじゅうぶんだよ》


 明彦が、鏡に返事を書く類を見た。疲れた表情をしている。魔鏡の中で恐ろしい体験をしたのだ。心の休息が必要だろう。

 「俺たちは廊下にいるから、気持ちが落ち着くまで理沙と仲良くしてろよ」


 類は明彦に顔を向けた。

 「でも、大事なときなのにいいの?」


 「大事なときだからこそ冷静になる必要がある。それに元気がない類なんて、類らしくないから」明彦は類に言ってから、一同に顔を向けた。「みんな、俺たちは廊下に出よう」


 一同も明彦の考えに賛成だ。


 綾香も優しい笑みを浮かべて類に言った。

 「あたしたちは廊下で待ってる」


 みんなの言葉に甘えさせてもらった類は感謝した。

 「ありがとう」


 腰を上げた一同は、倉庫から廊下に出た。もう日が昇り始めている。きょうの東京は気温が高そうだ……と、窓硝子越しに広がる景色に懐かしささえ感じた。見慣れた東京が、いまはすごく遠い存在。


 景色ばかり眺めていても、なんの解決にもならないので、綾香は倉庫での話の続きをした。


 「真実が明らかになったときにゲートを見ることができる。導き出した答えが確実なものなのかを確認するために墜落現場に戻ったアメリカ人は、小夜子に答えを説明しようとしていたにもかかわらず島から消えた。

 つまり、自らゲートに飛び込んだわけじゃない。これって、カラクリが解けて答えを確認したあと、導き出した答えが正しければ、否応なしにわずかな時間でゲートに吸い込まれるってことじゃない?」


 純希が綾香に言った。

 「類の話から推理すると、おそらくな……」


 光流が言った。

 「導き出した答えと墜落現場にある答えが一致すれば、島から脱出できるってことじゃん。自分たちで頑張らなくてもゲートが勝手に吸い込んでくれるならそれでいいよ」


 綾香は光流の言葉にうなずいた。

 「まぁ、手間が省けるか」


 明彦と類とともに旅客機の墜落現場に戻った光流は、そのときの光景を頭に浮かべた。

 「だけどさぁ、答えって言われても、墜落現場にあるものなんて、どれだけ考えても乗客の死体と飛行機の残骸だけだった」


 「そうなんだよ」と、光流に返事した明彦は考える。「俺たちが墜落現場に戻ろうした理由は、カラクリを解くためのヒントが欲しかったからだ。それなのに答えそのものがあるだなんて……。あの悲惨な場所に何が隠されているっていうんだ?」


 光流は言う。

 「俺たちは死体を見たくないから手短に済ませたわけだし、周囲全体をくまなく確認したわけじゃない。それでも、もし目立ったものがあったら気づけたはずだ」


 「目立ったものねぇ……」明彦は首を傾げる。「なんていうか……墜落現場に到着する前にカラクリのヒントくらい掴んでないと、答えに気づけないような気がするんだよ」


 斗真が言った。

 「学校のテストみたいなかんじなんじゃないの?  正解だって思い込んで回答欄に記入しても、教師が導き出した答えと同じじゃないかぎり完璧とは言えない。それこそ明彦が言うように、カラクリが解けていない場合は、墜落現場にある答えに気づけないのかもしれない」


 結菜は首を傾げる。

 「島のカラクリを解いたアメリカ人は、何をきっかけにして解いたんだろう?」


 明彦が結菜に言った。

 「それがわかれば苦労しないよ」


 結菜はため息をつく。

 「超不安なんだけど」


 美紅が結菜に言った。

 「明彦たちは墜落現場に向かいながらカラクリを考え、あたしたちは浜辺で待機しながら考える。みんなで考えたらちゃんと解けるよ。絶対に現実世界に帰れる」


 結菜は言う。

 「ほんと、早く帰りたい」


 そのとき廊下に類の笑い声が聞こえた。腰を上げた綾香が倉庫を覗いてみると、楽しそうな類の姿が見えた。類を元気づけるには理沙が一番だと思って、ふたたび廊下に腰を下ろした。綾香の心に嫉妬はない。類は親友だ。


 「いつもの類に戻ったみたい。これであしたからカラクリに集中できると思う」


 由香里が綾香に言った。

 「よかった。類は元気が一番だもの。それに魔物は類だけじゃなくて、みんなの心に棲みついてしまう可能性もある。だから笑顔だけは失わないようにしなきゃね」


 綾香は由香里に微笑み返す。

 「そうだね」


 類の心の状態を心配していたのは一同だけではない。類には笑顔が一番だ、と理沙も同じことを考えていた。いつもの類に戻ってほしい、その一心で明るく振る舞っていた。


 どうすれば類が元気を取り戻せるだろうか……彼女の自分にしかできない会話をしていた。


 「ゲームクリエーターになって楽しいゲームをたくさん創るんでしょ?」


 鏡に息を吐きかけて返事を書く。

 《うん》


 「そのためには島から脱出しないとね」微笑んだ。「早く類やみんなに逢いたいから、あたしにできることがあったらなんでも言ってね」


 《ありがとう》十代のカップルらしい質問をした。《おれのもうひとつの夢なんだかわかる?》


 照れ笑いして答える。

 「あたしをお嫁さんにする、でしょ?」


 《正解》


 理沙は女の子らしい願いを言った。

 「結婚したらこどもはふたり欲しい」


 《ひとりっこだったからおれも》


 「子供とキャッチボールしてる類が目に浮かぶよ」


 《おれはオムライスを作ってるりさが目に浮かぶ》


 オムライスは理沙の得意料理だ。細かく切った鶏肉とみじん切りの玉葱や人参をたっぷり入れてご飯を炒め、ケッチャプと塩コショウで味をつける。そのあと、少量のピザソースを加えると、プロのような味になるんだとか。そして、お皿に盛りつけたチキンライスに、オムレツ風の“フワトロ”の卵を載せ、その上にケチャップでハートを描く。これが理沙定番のメニュー。大好きで何度も作ってもらった愛しい味。


 「オムライスが食べたいなら絶対に戻ってきて。約束だよ」

 

 《絶対に戻るから安心して》


 理沙は鏡に手のひらを押し当てた。類はその上に息を吐きかけて手を重ねると、理沙は鏡にキスをした。


 鏡なんかなくなればいいのに―――


 類も鏡に映る理沙の唇に、自分の唇を重ねた。


 愛してる―――

 

 類は鏡から唇を離した。ずっとここにいるわけにいかない。現実世界で理沙とキスするためにも、浜辺に戻って謎解きをしなくてはならない。


 《みんなのところに行くよ》


 「うん」理沙は微笑んだ。「あたしはいつもここにいるから安心して」


 《また来るから》


 「いつでも待ってる」


 倉庫から出た類が廊下に足を踏み出すと、一同の姿が見えた。

 「みんな、心配かけてごめん」


 恐怖を払拭した類の表情を見て安心した純希が言った。

 「元気が出たならそれでいいよ」

 (いつもの類だ)


 綾香も言う。

 「類は元気が取り柄なんだから」


 「ありがとう」純希と綾香に言ってから、一同に言った。「そろそろ目覚めの時間だな」


 純希が類に言った。

 「そうだな、起きるとしようか」


 一同は一斉に目を覚ました―――

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