モバイルバッテリー

へんさ34

モバイルバッテリー

 学生において「忘れ物」とは、人との親密度が測られるイベントである。



 蒼く澄んだ空。

 悪夢のような残暑も過ぎ去り、爽やかな風が教室を吹き抜ける。

 何気ない一日の昼休み。八口宗谷は騒がしい教室でうめいていた。

「充電が……ない……」

 画面には、残り5%と表示されている。理由は簡単、ゲームのやり過ぎだ。いつもならモバイルバッテリーを持っているのだが、今日に限ってバッグに入っていなかった。


 弱々しい声で向かいでゲームしている友人に聞いてみる。

「広司、モバイルバッテリー貸してくれないか…?」

 広司は、画面から顔をあげずに応じる。

「いいけど、お前は機種違うから使えないだろ」

「あ」

「この教室でお前と同じ機種使ってるやつ、珍しいんじゃないか?」

「うう…」


「まぁ、色んな人に聞いてみるんだな」

 彼はそっけなく言い放つと、再びゲームに没頭していった。


 仕方なく、隣で本を読む友人に聞く。

「優斗、モバイルバッテリーを貸し――」

「悪い、今使ってる。」

「そんなァ……」

 食い気味に返される。彼は読書の邪魔をされるのが大嫌いなのだ。

 しかし、実はあまり集中していないことを宗谷は知っている。本当に楽しみたい本は決して家から持ち出さないことも。

 騒がしいほうが落ち着くなどどのたまい、教室に居座っている。ムジュンがあると思うのだが、彼は万事そんな調子だ。

 悪い奴じゃないが、変なやつだ。




 その後、教室中をあたってみたが、皆持っていないか使用中だった。

「くぅ……今日は乙女座3位だったのに……」

 テレビの占いに恨み言をいう。


「筋違いもいいところだな」

 優斗からの突っ込み。うなだれるしかない。

「それに、その占いはあながち間違いじゃないとおもうぞ」

「え?」

 優斗の含みのあるセリフ。彼は本が好きだからか、たまに意味深長なことを口走る。世の本好きは、みなこうなのだろうか。


「八口、あいつ持ってるんじゃないか?」

 そういうと、広司は教室の隅でノートに何やら書き込んでいる女子を指した。

「いや、でもあいつは……」

 彼女、串田さんは、宗谷が苦手としている人だった。以前はよくゲームの話をしていた。しかし、いつからか目を合わせるのが恥ずかしくなり、うまく距離感をつかめずにいた。

 しかし、背に腹は代えられない。

「仕方ない……聞いてみるか……」


 ――――――――――――――――――――――――――――――――


「串田さん」

 名前を呼ばれ、顔をあげる。

「な、何?八口くん」

 少し声がうわずってしまっただろうか。前はよく話していたのに、最近は何となく恥ずかしくてあまり話していなかった。

「あのさ、モバイルバッテリー……貸してくれない? 充電がほとんどなくってさ」

 なんだそんなことか、と思う。

「いいよ」

 落胆した自分に驚く。なら、私は彼と何が話したいのだろう。

 モバイルバッテリーを手渡す。指は細いが、節々が力強くもりあがっている。たくましい男の子の手だ。

「串田さんさ、あの……新作のダンジョン2買った?」

「うん、買ったよ。八口くんも買ったの?」

 彼の顔が明るくなる。喜怒哀楽がわかりやすくてかわいい。

「うん!それでさ荒野ステージでつっかかってるんだけど……」




 ――――――――――――――――――――――――――――――――


「宗谷と串田、 上手くいったみたいだ」

 廊下でガッツポーズをする二つの影。広司と優斗である。

「あいつら、どう考えても両想いだもんな」

「二人の幸せのために、必要なことだ」

 二人は、訳知り顔でうんうん、とうなずく。

 真実はこうだ。広司と優斗がバッテリーを隠し、串田に借りさせることで会話の糸口とする。


「クラスの皆に、宗谷にバッテリー貸さないでくれって頼んだ俺らを褒めて欲しいね、まったく」

「まぁいいじゃんよ、優斗。あいつら楽しそうだぜ」

「変に意識し合ってて、話してなかったもんな」

「おまけに自覚なしときた」

 二人はやれやれ、とため息をつく。

「ところで広司くん、このモバイルバッテリー、どうする?」

 優斗がおどけた口調でたずねる。

 彼の手には、使い込まれたモバイルバッテリーが握られている。

「友人の親切に気付かない輩は、報いを受けてもらおうか。ちょっとからかってやろう」

 広司は満面の笑みを浮かべる。

「ほう。具体的にどうする?」


「串田さんのバッグに突っ込む」


 二人はニヤリと笑う。いつも通りの昼休みだ。

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