ある日の夜(イレーザ視点)ー2

「…それなんだけどウイル。 もう、このまま同盟を結んでもよくないかとも思えてきたんだけど………ダメかな?」


『はぁ!? ダメに決まってるでしょう。 加護無しと同盟を組むなんて。 あなたも言っていたじゃない加護なしと同盟を結ぶなんてどうかしてるって』


 怒りの色が含まれたウイルの言葉はもっともだ。 国王が私を大使と選んだ理由は分からないが、私とウイルの間で同盟を白紙に戻そうとたくらんだ為に私は大人しくこの国へ来ている。 だが、それはあくまでこの国を知る前の話である。 この国のことを少し知ってしまった今では、同盟も悪くわないのではと思えてしまった。


「…少しだけ、気が変わったのよ」


『…あなた。 このまま同盟を組んでしまったら私達の国が混乱することは目に見えているのよ、アナタにはドワーフとしての自覚はあるの?』


「それは…」


 他国、特に加護無しと同盟を結ぶ事を王はまだ国民には公言されていない。 この事実を知っているのは上層のわずかな人数のみである。 にもかかわらずそのわずかな人数でさえ王を非難する声が上がった。 物事を順序良く理解する教育を受けた者でこれなのだ。 国民に知れ渡れは直ちに国は混乱し野心を持ったものが打倒国王を掲げ内乱が起こる可能性が非常に高い。 それを危惧して白紙に戻すためこの国に私は来た。 そのことを忘れていないかとウイルはまくしたてる。


『イレーザ、他国は所詮他国なのよ。 ましてや加護無しが奴隷ならまだしも、私達の国に対して属国に近い条件を提示してきたのよ。 正直その条件を飲んだ今の国王は、乱心しているとしか思えないし、アナタだって文句を言っていたじゃない』


「そうなのだけれど、 本当に悪い奴らがいないのよ。 さっきも言ったように、この国に来て数日になるけど、私達を下に見てくる人間や奇怪な目で見てくる者はいなかったわ。 ねぇウイル、本当に同盟を結ばない事が正しい事なのかしら? 私には分からなくなってきたわ」


『何それ?』


 素っ頓狂な声をあげたウイルは、深いため息を付くと呆れたように言葉を発した。


『イレーザ、前々から思っていたのだけどアナタは責任感が強すぎるのよ、加護無しにちょっと優しくされたから何だというの? 加護無しと私達と同じベクトルで物事を考えるなんてどうかしてるわよ?』


「それでも―――」


『それでも何? あなたの大好きなデュノア様が加護無しと同盟を結ぶことにより無価値と烙印を押されてもいいというの?』


「………」


 その言葉に対して声が出なかった。 それを好機と見たのかウイルは一気に畳みかけるように言葉を発する。


『デュノア様は確かに今は精神的に病んでしまっているわ。 でもここで加護無しと同盟を結び、子を増やす技術が我が国に普及したら男であるデュノア様の居場所は完全になくなるのよ? ここで同盟を白紙にすれば最終的に国はデュノア様に頼らざるを得ない。 これはデュノア様の立場を確かにするためでもあるのよ』


「デュノア様のため…」


『そう、アナタは私達だけじゃなくデュノア様まで裏切るというの? 優先順位を間違えないで』


 デュノア様を裏切る。 ウイルの発したこの言葉に対し胸が締め付けられるほどの痛みを覚えた。 最も尊敬し愛している男を裏切る。 想像しただけで吐き気がする。


「…分かったわ、私がどうかしていた。 困るようなことを言ってごめんなさい、私はもう迷わないわ」


『本当に世話が焼けるわね。 それじゃあ今夜予定通り菊池竜也を殺しなさい』


 その言葉を最後にウイルは念話は終了した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る