裏切りは突然に

 いつも通り、イレーザと意識のすり合わせを行ってから、俺に与えられた部屋へ戻ってみれば、ソファーの上で何故か椎名が寝息を立てていた。


 何故、俺の部屋で寝ているのか、いささか疑問には思ったが。 最近は色々とあったのだから、きっと椎名も疲れがたまっていたのだろう。 別に何かされたわけでもないので、このことに関してはスルーしておこうと心に決める。


「さて、それじゃあ、俺は勉強でもしますかね」


 寝息を立てている椎名に羽織るものをかぶせて学習用具を引っ張り出す。 教科書に記載されている訳の分からない文字に悪戦苦闘しながら問題を解き続けていると、不意にドアがノックされた。


「竜也、少しいいですか?」


 ドア越しに聞き覚えのある声が聞こえる。 何の用かとドアを開けると予想通りイレーザが立っていた。 数日前まではノックもしないで入ってきたが、今回はキチンと俺たちの文化に習って、訪問してきたことに対して少しだけ嬉しさを覚える。


「よう、どうしたこんな夜中に? 何かあったのか?」 


「色々と世話をかけたと思いまして一言お礼を言いに来ました。 ……中に入ってもよろしいですか?」


 世話? ひょっとして意識のすり合わせの事だろうか? アレは俺にとっても必要な事だったから、わざわざ礼を言われる事でもないし、礼を言うならば何故、今日別れる際に言わなかったんだ? これも文化の違いだろうか? 様々な考えが頭をめぐるが、最終的に自分で勝手に納得してイレーザの言葉を素直に受け取る。


「部屋の中に? ……ちょっと待ってくれる?」


 そう言って視線を動かして椎名を見る。 椎名は相変わらず気持ちよさそうに寝息を立てていた。 今イレーザを部屋に上げたら、もしかしたら起こしてしまうかもしれない。 流石にソレは忍びないので、それとなく断ろうとイレーザに向き直る。


「あー、やっぱり今中に入るのはマズイかな。 今、使用人の一人がこの部屋で寝てるんだよ」


「……私が言えた義理ではないのですが、寝ている女性と同室にいるのは、いかがなものかと思いますよ? それともそれは普通の事なのですか?」


 イレーザは眉を吊り上げて指摘してきた。 確かに寝ている女性と一緒にっていうのはマズい……のか? 散々今まで一緒にいたからそこら辺の感覚が分からなくなってきているが一般的にはイレーザが正しいような気がする。


「まあ、そうだよな。 でも困ったな。 空きの部屋は基本カギが掛かってるし、ここ以外で話せるような場所は無いんだよな」


「なら、私の部屋に来ますか? どのみち今夜で私は祖国に帰る予定でしたし、そのまま部屋を使われてもらっても何も問題は無いと思いますよ?」


 何事もなかったかのように本日中に帰国すると言ってきたイレーザ。


 イレーザが今夜で帰るなんて話聞いていないんだけど。 ひっそりと見送られず帰るのがドワーフの常識なのだろうか?


「しかし、同盟を組む大使に迷惑を掛ける訳にもいきませんし……」


「……別に何かをするわけでもないのでしょう? それとも菊池は2人きりになったら、何か私にするつもりなのですか?」


 イレーザがそう言って、ジトっとした目で俺を見てきた。 確かに今まで普通に二人で行動していたが、問題があるとすれば現在の時刻である。 夜中に男女二人で一つの部屋にいること自体がいかがわしく感じてしまう。 俺がそのような疑問を持って考え込んでいるとイレーザが首をかしげる。


「………もしかして、本当に何かするつもりだったんですか?」


 どうやら、考え込んでいる時間が、図星で言葉に詰まってしまったと受け取られたらしい。 それは俺の名誉の為に否定したい。


「そんなわけない……確かに考えすぎか。 それでは少しお世話になります」


「ええ、遠慮しないでください」


 そう、言葉を交わして部屋を出たイレーザの後をついて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る