少女ー2

「予約していた薬師寺だが」


「はい、ご予約されていました薬師寺様ですね。 一番奥の個室をご用意しておりますので、ご案内いたします」


 趣のある立派な建物の敷居を跨ぎ入店して少女と店員とのやり取りを見て思う。


 ……この店を定食屋と言うには無理があるだろ。 いつから定食屋の概念が料亭へと変わったんだよ、と言葉が喉まで出かけたが何とか飲み込んだ。


 店を間違えたかとも思ったが、予約していたらしいのでソレは考えづらい。 そうなると彼女は本気でこの場所を定食屋と思っているのだろうか? もし仮にそうだとするのならば、目の前の少女は少し…いや、かなり感覚がおかしい。


「どうした竜也、ボーとして早くついてこい」


「えっ、ああ、すいません」


 少女が平然とした態度でいるにも関わらず、俺は、完全に場の空気にのまれていた。 例えるなら、敵地に一人で足を踏み入れてしまった時のような感覚に近い。 このような高級店とは想定していなかったので場違いな感じが半端ないため内心は穏やかではなかった。


 そんな夢の中の様な、ぼやけた気分で個室へと案内されて、勧められるままに注文をとる。


「……なあ竜也。 先ほどからほとんど喋らないが、ひょっとして気分でも悪いのか?」


 目の前の少女が、こちらの顔色を窺っている事に気が付いて軽く頭を振って思考を切り替える。


「いえ…気分ではなく緊張から言葉が出てこなかっただけです。 もう大丈夫なので気にしないでください」


「緊張? ああ、確かに、ここは学生には敷居が高いか。 その辺り、もう少し配慮すればよかったか?」


「そんな事はありませんよ。 何事も経験です。 今回緊張したおかげで、次に来るときは少しはスマートな対応ができるでしょうからね」


 少しだけ強がって答えると目の前の少女は愉快そうに笑った。 何か可笑しかっただろうか?


「そう言ってくれると、こちらとしても悪い気はしないな。 ……しかし竜也、もう少し打ち解けて話せないか? どうも話し方が堅苦しい。 それでは窮屈だろ」


「……記憶が無い俺が言うのもおかしな話ですが、なんとなくアナタには敬語を使った方が良い気がするんですよね」


「……なるほど。 そういえば記憶を失ってから竜也には会っていなかったな。 しかし、記憶が無いのに敬語が体に染みついていたことは評価できる」


 どういうことなのだろうと首をかしげると目の前の少女は言葉を続ける。


「実年齢はともかく、見た目では私は子供と変わらんからな。 何も知らない者からは、子供に向ける態度をとられることが多いいという意味だ」


「……なるほど」


「おいおい、そこは否定してくれてもいいんだぞ?」


「えっ? あっ、すいません」


「冗談だ。 気にするな」


 それからは、豪華な食事に舌鼓を打ちつつ他愛のない話をしながら店を出た。 話している途中で最初に印象を受けた冷たいような雰囲気は徐々に無くなり、最終的に可愛い女の子と普通にご飯を楽しんでいる自分がいた。


「さて竜也、お前は行きたい所はあるか?」


「行きたい所……街自体が初めてだから行きたい場所とか言われても分からないですね」


「菊池さん、こちらにいらしたのですか?」


 食事を終えて、少女と話していたところで、聞き覚えのある声が聞こえたために振り返ると。 そこには椎名が立っていた。

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