異変ー2

 椎名は何も聞こえなかったとは言うが、やはり気になる。 どことなく聞き覚えのある声だったことも関係しているのだろう。


「……気になるから、一応様子見てきていい?」


「まあ、学校の敷地内でしたら、魔物は出現しませんし構いませんが……本当に何か悲鳴が聞こえたのですか?」


 椎名は口では魔物は出ないといったが、悲鳴が聞こえたと俺が言ったためか、いつもより近く身を寄せてきて周囲を警戒してくれている。


 椎名の許可を得たため、少し声の聞こえた方向へと歩くと、微かに鼻を刺す香りがした。 それは前の世界で散々嗅いだことのある匂い。 間違えるわけがない。 匂いの正体に確信を持った俺は気が付くと走り出していた。


「菊池さん!! 何かあったのですか!?」


 椎名の声が後方で聞こえるが俺は無視して走り続ける。


 この匂いは知っている、嫌な思いでしかない匂い、血の匂いだ。


 走り出して、数分としない距離でにおいの原因であるソレは簡単に発見することができた。


 血だまりの中で無造作に横たわっているのは、見知った人物―――


「石井……ちゃん?」


 ―――石井ちゃんだった。


 慌てて石井ちゃんに近づき止血を試みるが、あまりにも外傷がひどすぎる。 抑えようが縛ろうが体からは血液が流れ続ける


「菊池さん……これは」


 遅れて追い付いてきた椎名が目を見開く。


「椎名!! 石井ちゃんは治せるか」


「…大量出血した上で骨折した骨が内臓に突き刺さってます、呼吸も止まっていてかなり危険な状態です」


「状況説明なんてどうでもいい、治せるのか?」


「……異常なく」


「治してやってくれ」


 椎名は石井ちゃんの体に触れる。 瞬間、無数の光が石井の体を包み込むと急速に傷口が癒えていく。 椎名が触れて僅か1分ほどで外傷は、すべて塞がった。


「石井ちゃん!!」


 無事を確かめるために、思わず石井の体を揺さぶろうとするが、その行為を椎名に止められる。


「すいません菊池さん、まだ外傷を塞いだだけです、これからマナを使った輸血や臓器の治療を行いますので体に触れるのは、もうしばらく待ってください」


「そうか……すまない」


 椎名の落ち着いた対応に、思わず自身が冷静になる。 それから更に3分後、椎名は額の汗を拭い深く息を吐いて石井から手を離した。


「菊池さん、終わりました」


 だが椎名の言葉とは裏腹に完全に回復したはずの石井ちゃんは目覚めない。


「おい、まさか間に合わなかったんじゃないのか?」


「落ち着いてください、瀕死の傷を強制的に塞ぎ癒したのですからすぐには意識が戻らないだけです」


「異常はない?」


「いわゆる回復疲れです。 問題はありません」


 椎名の言葉にホッと胸をなでおろすと、俺は思わず力が抜けて、その場にゆっくりと座り込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る