第5話 いい加減スーツから着替えたい

   ◆


 明けて翌朝。

 洋服屋は大通りの中心に近い場所にあった。

 普段着からドレス、それに冒険者向けの服も揃っている大きな店だ。

 さすがに鎧とかは置いていないみたいだけど。

 朝イチだと言うのに、店内はぽつぽつと客がいる。


「ねぇ、コージ! あれは? あれは?」


 召喚していたリヴィアが店の中央にディスプレイしてあるマネキンを指さした。

 フリフリの上着に白いタイツ……。コントに出てくるバカ王子のようだ。


「却下。あれが似合うのは俺みたいな社畜じゃなくて、もっとだな――」

「じゃあ、あれは!?」

「聞け、人の話を」


 俺たちがぐだぐだとやりあっていると、店の奥から誰かがやってきた。

 店長だろうか。

 ムキムキにヒゲのゴリマッチョだ。窮屈そうなタキシードに身を包んでいる。

 ゴリ店長は俺の元に来ると、可憐にウィンクして口を開いた。


「いらっしゃいまし! オーナーのゲイルよ。やん! ステキなメ☆ン☆ズ! 変わったお召し物ね?」


 腰をくねらせて俺の肩に肘を乗せる。

 やめてくれ。顔が非常に近い。

 これはあれだ。あかんタイプの人だ。


「ふふ、坊や。緊張してる顔も、またいいわ……。それで? 今日は何をお探し?」


 くるりとターンして俺から離れると、ゲイルは両手を広げた。


「あ、ああ……。冒険者向けの服を探してるんだけど……」


 顔をひきつらせながら言うと、ゲイルは俺のことを上から下まで眺めた。


「へえ。人は見かけによらないものだわ。ジョブは何かしら?」

「一応……召喚師です」


 すると、ゲイルは眼をパチクリとさせた。


「あら、とっても珍しいお客さんだわ」


 ミアと同じ反応だ。やはり、召喚師というのは非常に珍しいらしい。

 レア職なのか、不遇職なのか……。

 昨日のミアの口ぶりでは、恐らく後者だろう。

 ゲイルはやや不安そうな俺の瞳の色を察したのか、朗らかな笑みを浮かべると、


「安心して頂戴。とっておきを出してあげるわ」


 そう言って、店の奥に消えていった。



 奥の倉庫から戻ってきたゲイルは、一着の豪華なローブを手にしていた。

 俺の目の前で、それを『バサァ!』と広げる。


「ぶっ!」


 広げられたそのローブを見て、俺はつい吹き出してしまった。


「おー。すごいじゃんコージ! めっちゃ派手!」


 リヴィアが拍手をする。

 確かに派手だ。

 高貴なまでに光沢のついた紫のローブに、金糸の流麗な刺繍が施されている。

 両肩にはドラゴンの顔を象った金の飾り(デカい)が口を開け、フードの上にはこれまた金で二本の角が生えている。


「どうかしら? ちょっとハイブロウなデザインだけど、伝統的な召喚師の装束よ」

「ちょ、ちょっとこれは……。もうちょっと普通のがいいかな~、なんて……」


 俺が冷や汗を流しながら言うと、ゲイルは残念そうな顔をした。


「そう? 残念だわ」

「普通の冒険者用のやつは無いのか? これから冒険者になる人向けというか」

「あら? もしかして、冒険者志望のメンズなの?」

「はあ、まぁ」


 俺が曖昧に肯定すると、ゲイルは笑いながら俺の肩を叩いた。


「やだわ~! てっきりベテランさんかと思っちゃったわよ! だって、何だかすごい生きることに疲れてる感じだったんだもの!」


 ほっといてくれ。元社畜なんだよ。


「それなら、おあつらえ向きのがあるわ。いらっしゃい」


 ゲイルに案内されて俺たちは店の一角に向かった。

 そこには、昨日のミアが着ていたような狩人風の服から、採集などに便利そうな収納の多い服、鎧の下に着るキルトの服などもあった。


「最初は採集とかも多いと思うから、このあたりがちょうどいいわね」


 ゲイルが取り出したのは、麻のチュニックにリネンのベスト、頑丈そうなパンツ。そして、編上げのブーツという無難な一式だった。

 ベストやパンツにはポケットやポーチ留めが沢山あり、冒険者をやる上で非常に便利そうだ。


「へぇ……。良さそうだな」


 ゲイルから、一式を手渡された。

 手に取ると、【冒険者の服】という情報が伝わってきた。

 なるほど、触れると装備品の名前が分かるのか。

 動きやすそうで、布の質感もいいし、縫製もしっかりしている。

 これなら長持ちしそうだ。ただ――――


「結構いいものみたいだけど、高いんじゃないか……?」

「一式で、2万5千ガルド。ちょっと値は張るけど、品質に間違いはないわ」


 ガルド、というのがこの世界の通貨の単位だ。

 昨日泊まった安宿が3千ガルドだったので、案外、日本円と相場は変わらないのかもしれない。


「2万5千……。ちょっと難しいな」


 そして、ミアから借りた金が3万ガルド。

 宿代を引いて残り2万7千ガルド。

 買えなくは無いが、さすがにもうちょっと残しておきたい。


「ねー。やっぱりさっきのがいいってー」

「ちょっと静かにしててくれ」


 リヴィアを適当にあしらいつつ、顎に手を当てて考えこむ。

 すると、ゲイルがパチンと指を鳴らした。


「貴方の着ている服、とても珍しい物ね。生地も綿でも麻でもウールでもない……見たこともない物だわ」

「安物の化繊で悪かったな」

「カセン? 異国の技術かしら……。ねぇ、これをアタシが買い取ってあげるわ」

「本当か? いくらで!?」

「オンナに二言は無くてよ。そうね、1万ガルドと言いたいとこだけど……貴方、その服何日間着てて?」

「え? えーっと、確か……」


 指折り数える。


「2日? いや、3日かな」

「じゃあ、1万5千で買い取りましょう」

「何で上がるんだよ!?」


 俺のツッコミを無視して、ゲイルは算盤を弾いた。


「差し引き1万ガルド。これなら予算内じゃなくて?」

「う……。まぁ、そうだけど……」


 すごく嫌だ。こいつに服を売るのだけはめちゃくちゃ嫌だ。


「さ、そうと決まれば向こうの試着室で着替えてらっしゃい」


 背に腹は代えられない。

 俺は試着室に向かうと、着慣れた安物スーツに別れを告げて、冒険者用の衣服に袖を通した。



 試着室から戻ると、リヴィアが拍手で迎えてくれた。


「おー! コージ、似合ってるよ!」

「そ、そうかな? なんか恥ずかしいな」

「サイズもぴったりね。これで、いつでも冒険者になれるわよ」


 ゲイルが『ぴゅう』と口笛を吹く。


「お金に余裕があるなら、裏通りの『コルネット魔術品店』に行くといいわ。召喚師なら、必要なものも揃うはずよ」


 ゲイルは丁寧に地図まで書いてくれた。

 見た目と中身のギャップが怖いが、いいヤツなのだろう。

 ただ、俺のスーツとワイシャツが今後どういう運命を辿るのかは、考えないでおこう。

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