第8話 埋れて、捨てられ、なお在り続ける

埋もれた街

「これは酷いな...」


テオが山間の道を塞ぐような土砂崩れの跡を見て、ポツリと呟いた。

シオンはテオの背中から飛び降りると、土砂崩れの跡に近寄る。


「岩石や土の上に苔が生えてる。最近じゃないのは確かだね。」


「それ位は分かる。だが、この土砂をどうにかしなければ、道を戻るしかないな。」


テオが振り返ると、険しい下り道が続いていた。

シオンとテオが今いる場所は、エリアス国の数少ない山の1つだった。


「戻るのは面倒だな。この先に街がある事も分かっているが...どうする?俺はお前に任せる。」


「この土砂の跡を見ると、街に誰も行ってないし、街から出てきてもいない...」


「戻るのか?」


「ううん。戻らないよ。もしかしたら街から出る必要が無いのかもしれない。それを確かめないと。」


シオンはテオの背中に戻ると、テオは崩れやすい土砂の上を慎重に進んで行った。

無事に土砂を越えると、まだ山道は続いていた。


「まだ登るのか。」


「下の街で聞いた話だと、山の中腹辺りにあるって言ってた筈だけど...」


「騙されたな。」


「騙されたのかな?」


テオがため息をつきながら坂道を登っていると、細部まで装飾のされた石の門が見えてきた。


「ほら、あったでしょ?」


シオンの勝ち誇った表情を見て、テオは鼻で笑った。


「あれが街か?到底街と呼べるものでは無いな。」


テオの言った通り、門の前に辿り着くと、そこは街と呼ぶことは出来なかった。

門の向こう側は土砂に埋まっており、その土砂の上には石で作られた墓標が無数に建てられていた。


「前まではちゃんと街があったんだ。」


「自然は気まぐれだ。奴らは、今まで共に生きてきた者達の命さえ、平気な顔をして奪い去っていく。」


「私達魔女でも自然の驚異を防ぐ事は不可能に近い。だけど、多少なら予測する事は出来る。」


「それは初耳だな。」


「魔力は簡単に言えば生命力。その生命力は元々地下を流れている。それを魔女は魔素って呼んでる。他にも地脈とか霊脈、龍脈とも呼ばれてるけど、全部同じもの。」


「それでどうやって予測することが出来るんだ?」


「難しくないよ。今も出来る。」


「出来るのか?」


「やってみようか?」


シオンはテオの背中降りると、銀色のケースと一際大きな荷物も一緒に降ろした。


「いつも気になっているが、その大きな荷物の中に何を入れてるんだ?」


「見ていいよ。」


テオが荷物の中を覗くと、テオも見た事ないような瓶に入った植物や鉱石、用途の分からない物ばかり入っていた。


「何だこれは...」


「薬とか魔法の触媒を作る時に必要な素材。一応用意しただけだから。」


シオンは銀色のケースを開くと、中から青い宝石が埋め込まれた指輪を取りだし、右手の人差し指に嵌めた。


「よし、これでいい。あとは...」


足を使い、地面に円を描くとその中心に座り、地面に手を着いた。

少し待っていると、描いた円の中に白いモヤがかかり始めた。


「...大丈夫だね。魔素は安定してる。」


「安定していないとどうなる?」


「モヤが出なかったり、出過ぎたりするの。」


「お前さん...ここで何をしている。」


突然現れたのは、ツギハギだらけの服を着た老人だった。


「私は旅人のシオン。麓で話を聞いてこの街に来てみたんだけど...」


「誰に聞いた?」


「えっと...右眼のない20歳位の男の人。」


「有名な嘘吐きだ。お前さんは騙されたんだよ。見ての通り、この街は40年前、土砂に埋もれて地図から消えた街だ。」


老人は街を見ながら、肩を落としている。


「貴方以外に人は?」


「居ない。殆どが土砂で死んだ。残りは街を見捨てやがった。」


「じゃあ、貴方1人であの墓標を?」


「いや...街の奴らだ。街から出ていく前にな...」


「へぇ...」


街を捨てた人々の作った墓標に目を向けると、来た時には気付かなかったが綺麗な状態で残っている事に気が付いた。


「墓の手入れはしてるんだ。」


「当たり前だ...誰も帰ってこない。誰かがやらねば墓は壊れ、この街に居た証さえも無くなる。だから、手入れだけは欠かさない。それに...なにかしている方が退屈しなくていい。」


「墓守か。何故ここに居着く。もう、何も無いのだろう?」


「...魔獣か。なら、お前さん達は声を聞いていたのか。」


「おい、俺の質問に...」


「ただの人間が、どうして声の事を知っているの?」


テオの言葉を遮り、シオンは老人の前に立った。

老人は手入れをしていない髭を触りながら笑ってみせた。


「ハッハッハ...街に魔女が居ただけさ。」


「そうだったんだ。その魔女はどこに行ったの?」


「さぁな...土砂崩れの直前に、忽然と姿を消した...今思えば、街を見捨てたのかもな。」


「直前に...」


シオンが考え込んでいると、テオが声を荒らげていた。


「俺の質問に答えろ!」


「あ、あぁ...私がここに居るのは、婚約者が帰って来るからだ。」


「婚約者だと?いつ出ていったんだ?」


「土砂崩れの日だ。大雨の中、家族と一緒に街から避難した。必ず帰ってくると書き残して、まだ帰ってきていない...」


「そうだろうな。こんな土砂に埋もれた街に帰ってくる奴は居ない。」


「...だが、まだ希望を捨てられん。私はこの街で待つ。」


「お前の考えだ。無理にでも止めないが、そろそろ考えた方がいいぞ?」


「あぁ...分かっている。分かっているよ。」


老人は俯いたまま、どこかへ行こうとしていた。


「あの...この街に魔術工房はある?」


「...魔女が住んでいた家ならある。案内は出来るが、土砂に埋もれている。物資が欲しければ自分で掘るんだな。」


「分かった。案内して。」


老人は大きな溜め息をついて、シオンとテオを魔女の住んでいた家に案内した。

2階建ての家は土砂に埋もれ、2階部分と屋根が見えているだけだった。


「これで満足か?私は墓標の手入れがある。用があるなら声をかけてくれ。宿に使える家ぐらい教えてやる。」


「ありがとう。でも、当分はここにいると思う。」


「...そうかい。せいぜい頑張るんだな。」


老人が去った後、シオンは埋もれた家を調べていた。


「こんな家を調べて何になるんだ?」


「色々分かるよ。例えば、この家が魔術工房だって事もね。」


「土砂に埋もれても生きているのか?」


「勿論、魔術工房は特別だからね。幾重にも複雑に重なった術式が脅威から魔女を守る。それは魔法の影響を外に漏らさない役割も担っている。だから、魔女が居なくても数十年は良い状態で残ってるの。」


「確か前に入った工房は300年は経っていただろ?状態も良かったが...何故だ?」


「あれは別に特殊な例でもないよ。ただ街の人の手入れがよかっただけ。そういう工房が残ってる事例は何度か聞いた事があるからね。」


「ただの人間が手入れをしても、工房は残るんだな。」


「残るよ。魔女が居た記録として。」


「ほう、是非中を見たいものだな。」


「...」


テオの言葉にシオンは黙ってしまった。


「前も嫌がっていたな。何かあるのか?」


「人里離れた街とかだと、言葉の訛りってあるでしょ?」


「あぁ、あるな。」


「それと同じで、同じ基礎魔法でも使われてる術式とか配列が違うの。」


「だが、使えないわけじゃないんだろ?」


「そうだけど...もうひとつ理由があるの。魔術工房はその魔女の為に造られたもの。だから、私が入ると空気が張り詰める。それが好きじゃないの。」


「相手の縄張りに足を踏み入れる事を恐れていては、何も得る事は出来ない事は知っているな?」


「うん。」


「なら行け。」


テオに背中を押されて、魔術工房に近付いた。

シオンにしか感じ取れないが、既に空気が重くなっている。


「...はぁ、魔法の研究所が1冊でもあればいいかな。」


シオンが2階の窓を探すと、木の格子で塞がれた窓があった。ズボンの右側の裾を捲り、装着していたナイフシースからナイフを抜くと、ナイフの背にある鋸のような刃で地道に切り始めた。


「銃を使わないのか?」


「最近使い過ぎて、弾が無くなってきたの。」


「得意の魔法はどうした?」


「得意じゃ...違う。もし万が一を考えた結果が、地道な作業なだけ。」


「日が暮れる前には終わらせてくれよ。」


そう言ってテオは、作業をするシオンを横目に地面に伏せて目を瞑った。


「はぁ...テオが人なら良かったのに。こういう時は使えないんだから...」


「聞こえてるぞ。手を動かせ。」


「動かしてる!」


シオンは休むこと無く切り続けた。

ようやく切り終えると、うたた寝をするテオを起こした。


「終わったよ。」


「随分早かったな。まだ日も出てる。」


「早く終わったのはいいけど、残念なお知らせがあります。」


「何だ?急に改まって...」


「あの窓をテオは通れません。留守番です。」


「...何だ、それだけか?早く行ってこい。」


「分かった。少し待っててね。」


シオンはテオの頬を撫でると、魔術工房の中へ向かった。

残されたテオは、窓から工房の中へ入るシオンの姿を見て、ため息をついていた。

シオンが工房の中に入るが、中は暗く、何も見えなかった。

窓から差す光を頼りに部屋の中を調べていると、手持ちのランタンを見つけた。


「ランタンだ。中に蝋燭も入ってる。」


中の蝋燭を確認すると、短くなっているが、まだ使える事が確認出来た。


「これなら明かりが確保出来る。まずは火を...イグニ。」


シオンが蝋燭にゆびをむけると、蝋燭の芯の先に小さな赤い魔法陣が展開され、ほんの小さな火を灯した。

蝋燭に火が灯ると、ランタンは本来の役目を果たすことが出来るようになり、ランタンを片手に暗闇に埋もれた場所を調べ始めた。


「この部屋は物置にしていたみたい。」


そこかしこに物が置いてあるが、どれも魔女が好む様な魔具や骨董品ばかりだった。

興味深いものも多くあるが、テオを残しているので調査を早めに終わらせようと、物置の部屋を出ていった。


「他の部屋は...」


明かりの全く無い廊下を進んでいくと、突き当たりに部屋があった。

シオンは警戒しながら扉を開ける。ランタンを部屋の中に向けると、机と椅子を囲む様に高く積み上げられた本が照らされた。


「もしかして...」


部屋の中に入ると、机の上にランタンを置いて、本を漁り始めた。


「基礎的な魔術の教本から有名な研究著書まである...」


机の周りに置かれた本を調べると、この街に住んでいた魔女が姿を消したか知る事になった。


「魔素の研究著書だ...」


しおりの挟まれたページを開くと、魔素の安定化について書かれていた。しかし、その文章の結びには、残酷な事が書かれていた。


「魔素を安定させる方法は無し。」


シオンは本を閉じると、幾つかの本を持って部屋を出た。

入ったきた部屋の前に本を置くと、シオンは1階に降りる階段を見つけて1階に向かった。

1階は商店のようになっており、棚には薬や様々な素材が置かれていた。


「土砂をちゃんと防いでる。おかげで薬が貰えるね。」


シオンは辺りを見回して鞄を見つけると、手当たり次第に薬や素材を詰め込んでいった。

テオの日暮れを報せる遠吠えが聞こえる頃には、鞄はパンパンに膨れていた。


「重っ...」


重くなった鞄を肩に担いで階段を上がろうとすると、ランタンの蝋燭が尽きてしまい、明かりが無くなってしまった。


「うわっ、仕方ない...ルクス。」


一瞬だけシオンの周りに明るい光が広がるが、すぐに消えてしまう。連続してルクスを使いながら階段を上がろうとすると、2階の本があった部屋の通路を挟んだ反対側の壁が透けていることに気が付いた。


「...ルクスに反応した...何かの魔法かな...?」


部屋の前に置いた本の近くに鞄を置くと、透けた壁に近付いた。


「ルクス。」


光が広がると同時に壁が透ける。シオンは壁に手を伸ばすと、目の前に見える壁には触れることは出来ず、手が壁の中に飲み込まれてしまった。


「...行ってみよう。」


シオンが意を決して壁の中に入ると、また暗闇に包まれた部屋が待っていた。

魔法で部屋を明るくすると、小さな部屋の全貌が明らかになる。


「椅子だけ?」


小さな部屋の中心に設置された椅子。その上には一冊の本が立てられていた。

シオンは本を手に取り、ページを捲る。

初めのページには魔女の名前と、この本に何が記されているのかが書いてあった。


「魔女サザが記す日々の記録。日記だ。」


シオンは最後に書かれた頁に目を通すと、本を閉じて脇に抱え、小さな部屋から出た。鞄と他の本も持って窓から出ると、テオが不機嫌そうに待っていた。


「遅い。」


「ごめんね。でも、いい物を見つけたからもう少し待ってて。」


「まだ待たせるのか!?」


「後でお金になるかもしれないよ?」


「...なるべく早くしろ。」


シオンは荷物をテオの背中に投げるように載せると、再び工房の中へ入っていった。

しばらくして、更に大きな荷物を持って戻ってきた。


「大量だね。」


「あぁ、そうだな。その大量の荷物を持つのは俺だと言うことは理解しておけよ。」


「分かってるよ。」


シオンがテオの背中に荷物を載せ、自分もテオの背中に乗ると、老人が近くにいないか辺りを見渡した。

すると、小さな灯りがゆっくりと近づいてきていた。


「あの人に宿になる家を教えてもらおう。」


「そうだな。」


老人の元に走ると、老人は呆れた顔でシオンを見ていた。


「はぁ...随分研究熱心だな。なにか見つかったかい?」


「うーん、少し見つかったかな。」


「そうか...まぁいい。着いてこい。私の家で休むといい。」


「良いのか?俺達は空き家でも構わない。」


「...泊めてやるから、少し話を聞かせてくれ。」


「私の話で良ければ。」


「お前さんの話でいいさ。退屈しのぎになる。」


老人はシオンとテオの前を歩き、老人の家に案内した。

その途中、たまに見える老人の横顔は、楽しそうな笑みを浮かべていた。

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