第6話 一対の銃
魔女と双子
壁の向こう側で、大きな爆発音が聞こえる。
「いい音だと思わないかい?」
シオンにそう問いかけたのは、検問所に務める中年の男性だった。誓約書にサインをするシオンは、笑顔で答えた。
「思わない。」
「ははっ、音がいいと言うのは、この街の人だけかな。」
「多分ね。貴方からこの街が兵器を愛する街だと聞かなかったら、帰っていたかもしれない。」
「怖がることは無い。この街の人は、ただ愛しているだけだからね。そうだ、武器を持っているなら提示してくれるかな?」
「分かった。」
シオンは腰の左右に差した回転式拳銃を2丁とハーネスホルスターに収められた自動式拳銃ソシエを見せた。
「へぇ、回転式拳銃か。かなり年代物だけど、どこで手に入れたのかな?」
「ある兄弟から預けられた。ただそれだけの銃だよ。」
「...いい銃だ。街の東側に行けば、腕利きのガンスミスが居る。見てもらうといいよ。」
「ありがとう。行ってみるよ。」
シオンは男に別れを告げると、門の近くで待っているテオのもとへ急いだ。
「お待たせ。」
「遅い。お前が来るまでに、鼻が火薬の匂いに慣れた。」
「仕方ないでしょ?手続きをしないと入れないんだから。」
「今回はどんな内容だった?」
「街の中で怪我をしても一切の責任を負いませんだって。」
「騙されてるんじゃないか?」
「そうかも。とりあえず、行こうか。」
シオンがテオの背中に乗ると、ゆっくりと鉄の門が開いていく。テオが通れるほどの隙間が開くと、扉は止まった。
隙間を通り抜けて街の中に入ると、空気が震える程の音が鳴り響いた。
「み、耳が...」
「今のは効いたな...」
あまりの衝撃に動けずにいると、自動小銃を肩から提げた青年が近付いてきた。
テオの目の前まで来ると、爽やかな笑みを浮かべた。
「ようこそ!ここは兵器を愛する街。もしよければ、案内するよ。」
「値段は?」
「1日1000ルイでどうかな?」
「1000ルイ?もう少し安くならない?」
「うーん...僕も生活があるから、あまり安くは...」
「こっちも生活がある。あまり食料以外には、お金を出したくないの。」
(無駄遣いをするお前が言うことか?)
テオは思わず口に出してしまいそうになったが、後の事を考えて、心の中に思い留めた。
シオンはその後も交渉を続けると、諦めた青年が渋々1日700ルイと提示してきたので、シオンは笑顔で承諾した。
「ありがとう。それじゃあ、700ルイね。」
シオンは上着の内ポケットから小さな皮の袋を取り出すと、袋の中から700ルイ分の硬貨を出し、青年に支払った。
「こちらこそありがとう。それにしても、随分幼く見えるけど、中々の交渉上手だね。」
「そう?貴方が諦めなかったからじゃない?普通は300ルイも値引きしろなんて言ったら、皆諦めると思うけど。」
「そうなのかい?まだ案内の経験が浅くて、勝手が分からないんだ。この街に流れ着くまでは、他の街にも行ったことはあったけど、案内人は付けたことがなかったからね...でも、値段交渉は、君が初めてだよ。」
「いい経験だったでしょ?」
「そうだね...まぁ、気を取り直して案内をするね。僕はこの街の案内人のシバ。行きたい場所、気になる場所があったら言って。」
「私は旅人のシオン。こっちはテオ。喋れるけど驚かないでね。」
「テオだ。案内を頼む。」
「よろしく。早速だけど、この街で人気のあるガンショップに行ってみる?」
「その前に、腕利きのガンスミスがいるって聞いたけど、案内してもらえる?」
「あぁ、あのお爺さんの事かな?年はあれだけど...確かに街1番の腕利きだよ。確か...西の方だった筈。」
「検問所で教えてもらった時は、東だったけど、こんな短時間で引っ越したの?」
「思い出した!東だ!よし、東に行こうか。」
「この案内人で大丈夫か?」
「仕方ないよ...」
シオンとテオは、目の前の案内人を雇った事を後悔しながらも、意気揚々と歩く案内人について行った。
目的地に着くまでにも、案内人は街の事を教えてくれた。
「向こうに見えるのは射撃場。僕はこの四式自動小銃をよく撃ってるよ。」
「...貴方も肩に銃を担いでるけど、街の皆が銃とか...兵器を持ってるんだ。」
街ゆく人を見ても兵器を持たない人は、誰一人としていなかった。誰もが何か一つは必ず身につけていた。
「犯罪が多いだろうな。」
「犯罪は盗みとか窃盗系が多いかな。」
「人殺しは?銃を持ってるだから、使うんでしょ?」
「む、無理無理!この街の人達はみんな臆病なんだ!多分、誰も兵器を人に向けようとはしないよ。撃てるのは的だけ。」
「...そう。臆病なんだ。」
「君は、怖くないのかい?」
シオンはそう言われて答えられなかった。
今は命を奪う事は怖い。だが、銃を向ける行為に恐れを抱いた事は、1度もなかった。
また1つ、自分が人間に程遠い事を思い知らされる。
「シオン?大丈夫かい?」
「えっ...だ、大丈夫。」
シオンは顔を逸らし、早足で先に進んでいってしまった。
「待って!」
「何?」
シオンが少し苛立ちながら返事をすると、シバは驚いた表情を浮かべ、恐る恐るシオンの右側にある建物を指さした。
「そ、そこがガンショップだよ。」
「...ありがとう。」
シオンはお礼を言ってガンショップに入っていく。まだ怯えているシバを、テオが鼻で笑って馬鹿にした。
「私は旅人のシオンです。腕利きのガンスミスがいると聞いて来ました。」
「帰りな。ここは餓鬼の来る場所じゃねぇんだ。」
店のカウンターに座っている年老いた男が、煩わしそうにシオンを追い返そうとする。
「...これを整備して。」
シオンは腰に差してある2丁の回転式拳銃を男に差し出した。
男は興味を示したのか、毛ひとつ無い頭にタオルを巻き、シオンの銃を手に取った。
「お前さん...2丁同時に使うのか?」
「使わないよ。それ、2丁とも右利き用の銃だから。」
「そうか。間違った使い方をしていないなら構わん。しかし、この銃をどこで?」
「話すと長くなるよ?」
「構わん。話せ。」
「仕方ない...」
後から入ってきたテオとシバも、話を聞こうと傍による。シオンはテオに寄りかかりながら話し始めた。
「あれは、テオと旅に出てから、丁度ひと月がたった頃。私は2人組の盗賊に襲われた。」
「そこの旅人。止まれ。」
「命が惜しければ、金目の物を置いていけ。」
まだ日用品等しか持っておらず、旅をして間もないシオンは、盗賊を見て戸惑っていた。
「あの...貴方達は誰ですか?」
「黙れ。」
シオンの首元にナイフが押し付けられる。鋭利な刃はシオンの柔肌を簡単に切り裂き、傷口から一筋の血が流れた。
「貴様ら...」
テオが動こうとした時、1発の銃声が聞こえた。正確には、2発の銃声が寸分狂わず同時に放たれた為、1発の銃声のように聞こえた。
誰かの放った銃弾は、2人の盗賊の眉間を撃ち抜いた。
「やぁ、お嬢さん。」
声のする方を見ると、シオンより少し年上の同じ顔をした2人の青年が立っていた。
2人の持つ銃も、同じ銃だった。
「幾ら狼が居るとはいえ、君一人でこの道を行くのは危険だ。」
「どうかな?僕達と一緒に行かない?」
「分かりました。お願いします。」
「よーし!行こうか!」
まるで区別の付かない双子の後を、シオンとテオは着いていく。
歩幅も、歩く速度も同じ。踏み出す足さえも同じ。気味の悪いほどに同じ動きをする双子に、シオンは話しかけた。
「どうして、同じ動きをしているのですか?」
「それは」
「双子だからだよ。」
返答になっていない答えを聞くと、シオンは首を傾げた。
双子の青年は笑みを浮かべると、シオンとテオの両側に移動した。
「僕達はどんな時も離れずに生きてきたんだ。」
「そう。いついかなる時でも離れなかった。そうしたら、次第にお互いが何を考えているか、何をするかが分かるようになったんだ。」
「不便に感じませんか?」
「全く感じないよ。僕達は双子であって」
「1人でもあるからね。」
シオンは目を輝かせて、2人の顔を交互に見ていた。
「凄いですね。まるで、魔法みたいです。」
「魔法...そうだね。」
「お嬢さんは魔女にあった事があるのかな?」
「何度もあった事はあります。私も魔女なので、そういった機会が多いのかもしれません。」
「へぇ、魔女...」
「魔女か...」
シオンが魔女と名乗ると、双子の青年は突然口を閉ざした。
「あの...」
シオンが心配して声をかけると同時に、2つの銃口がシオンに向けられた。
咄嗟にテオから飛び降りて、テオの背後に隠れようとしたが、双子は目の前に現れると、シオンを取り押さえる。
「シオン!貴様ら何を...」
「少し眠っていてもらうよ。」
双子の青年がポケットから取り出した瓶の蓋が開くと、テオは耐える事が出来ないほどの睡魔に襲われた。
「なっ...シオン...」
「テオ!待ってて!」
シオンが双子の足元に魔法陣を展開しようとしたが、2発の銃弾が魔法陣を割った。
「お嬢さん。いや、魔女...大人しくしていてくれないかい?」
腹部に感じた事の無いほどの激痛が走る。
シオンは眠りに抗おうとするテオの姿を見ながら意識を失った。
「うぅ...」
どれの程の時間が経ったかは分からないが、昼から夜になっていた事は、空を見て分かった。
冷静を保ちつつ、自分の状況を確認すると、最悪の状況になっている事が理解出来る。
「捕まった...」
人気のないどこかの街の広場に、シオンは手足を縛られて柱に縛りつけられていた。
帽子も無く、服もボロボロの布切れの様な質素な物に変わっていた。
「魔法は...」
魔法を使おうとするが上手く魔力が操作出来ず、魔法陣を展開する事すら出来なくなっていた。
「どうして...テオ!テオー!」
シオンがテオに助けを呼ぶが、それは結果として自らの首を絞める行為となってしまった。
シオンの声を聞いて街の人間が集まってくる。
手に持った篝火が、暗闇からシオンの姿を引きずり出した。
「魔女が起きた...魔女が起きたぞ!」
「殺せ!魔女は殺せ!」
街の人達は一斉に騒ぎ始める。
そして、シオンに向けて拳大の石が投げつけられた。石はシオンの頭に直撃した。
まるで、頭が爆発したかと思う程の痛みと衝撃だった。
「っ...」
再び気が遠くなり、意識を失いそうになるシオンに、容赦なく石の雨が降り注ぐ。顔はどうにか避けられるが、固定された体は傷ついていく。
「な...んで...」
シオンの動きが少なくなると、街の人達の石を投げる手が止まった。
すると、人の波をかき分けて2人の青年がシオンの前に出た。双子の青年だった。
「皆の者!我々の同胞は魔女を率いる冷酷な軍人に、意味も無く殺された!」
「だからこそ、今こそ立ち上がらなければならない!この魔女を使い、憎き軍人を殲滅する!」
双子の青年が拳を突き上げると、街の人達も拳を突き上げた。
「私は...人を...殺したくない。」
「この薬があれば、魔女は我々の命令を聞き、軍人を殲滅する兵器になるだろう!」
「さぁ、我々の奴隷となれ!」
シオンの口に薬が押し込まれる。
暫くジタバタと暴れて抵抗していたが、急に動きが止まった。
双子の青年はシオンの拘束を解くと、シオンは力無く立ち尽くしていた。
「...我々の為に戦え!」
「はい...」
シオンの目には、双子の青年しか映っていなかった。
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