第2話 橋を架ける人々
橋の上にある街
森の中にある整備された道を、シオンの帽子を頭に乗せたテオは、背中にうたた寝をしているシオンを乗せて歩いていた。
木々の隙間から覗く太陽の光が、シオンの銀色の髪を優しく撫でる。はらはらと落ちる木の葉が、テオやシオンを緑色に彩っていく。
「くしゅっ...何?」
シオンはたまたま鼻に当たった葉のせいで、目を覚ましてしまった。上半身を起こすと、自分の体とテオの体にかかった葉を払った。
「起きたか。もう森を抜けるぞ。」
「どれくらい寝てた?」
「30分程度だ。」
「少し寝すぎたかな...」
シオンはテオの頭から帽子を取ると、毛を払ってから帽子を被った。
道の先を見ると、木が無くなり光が差している森の出口が見えた。
「本当だ。森を抜ける前に起きてよかった。」
森を抜けると、広大な草原が広がっていた。それが理想だったが、現実は上手くいかない。
道は途中までは繋がっているが、大地に出来た大きな裂け目が道を途切れさせていた。
「テルー...事前に調べておけば良かった。」
「何処までも深い底は、誰も見た事がないと言われているが、本当にそうなのか?」
「見た事のある人が、戻って来てないだけ。見るだけなら出来ると思うよ。」
「魔女なら戻ってこれるんじゃないか?」
「残念。魔女も戻って来れないって聞いたよ。理由は分からないけど。」
「今試してみるか?理由も分かるかもしれないぞ?」
「その時は、一緒に行ってもらうよ。」
「俺はご免だ。しかし、ふざけるのもいいが、このテルーをどう渡るか...向こう側までは、200メートルは優に超えてるぞ。」
ふざけながら話をしているが、向こう側に渡る術は持ち合わせていない。渡れる物がないか探していると、テオが何かに気がついた。
「あれは橋か?それとも...街か?」
テオの視線の先には、テルーに架けられた橋の上に、建物が建てられた珍しい建造物があった。
「どうせここに居ても渡る事は出来ない。行ってみよう。」
テオはテルーに沿って、建造物に近づいていった。建造物に近付くと、ようやく全貌が見えてきた。
テルーに架けられた無数の橋。どれも造りが同じもの無く、まるで別の人が造った物のようだった。
「何でこんなに橋が...」
「俺の予想通り、街もあるぞ。」
無数の橋の中心に、他の橋とは比べ物にならない程、幅広い橋が架けられていた。その上には、複数の建物が建てられており、人も生活しているようだった。
「寄る必要は無いが、どうする?」
「少し寄ってみよう。」
「お前ならそう言うと思っていた。かく言う俺も、橋が気になっていた所だ。」
「決まりだね。」
シオンとテオは胸を躍らせながら、橋の街に向かった。
街の入口には、外界から街を隔てる門や壁はなく、誰もが行き来する事が出来る様になっていた。
「随分オープンな街だな。」
「門がない街なんて初めてだね。」
「これは街と言っていいものなのか?」
「さぁ...」
橋の街に足を踏み入れると、街の住人と思われる人々が集まってきた。人々は口を揃えて、シオンとテオを歓迎した。中年の男性が、住人を代表して話しかけてきた。
「旅人かい?遠路遥々良く来てくれたね!どの橋がお気に召したかな?私は125番目の橋が、美しいと思っているけど、君はどうかな?」
「ご、ごめんなさい。よく見て無かったから、どの橋が良いとかは分からないの。」
「何だ。橋を見に来たんじゃないのか?いや、この街に来たんだから知ってもらおう!さぁ、こっちに来てくれ!」
男性はシオンとテオの意見も聞かず、勝手に決めてしまうと、街の中に歩いていった。
「ちょ、ちょっと!」
「こういう時は、流れに身を任せるだけだ。」
「テオまで...いいよ、ついて行って。どうせこの街について、調べるつもりだったから。」
シオンが諦めると、テオは男性に着いて行った。
案内されたのは、街の中心に建つ塔のような場所だった。
塔の階段を上りながら、テオは壁に取り付けられた小窓から外を覗いた。
「高いな。よく重たい建物が上に乗っているのに、橋が落ちないな。」
「いい所に気が付いた!」
テオの発言に、男性が反応した。
「この橋は、500年前に架けられたと記されてる。その間、どんな災害や戦争に巻き込まれても、橋が落ちる事は無かった!」
「500年...じゃあ、貴方達の先祖は500年前から橋の上に住んでるの?」
「そうの通り!私達は橋の上で生き、橋の上で死ぬ!それが私達の使命!」
「そう...それは良かったね...」
「だがしかし!先祖は過ちを犯していた!街を通る時に、通行料を払わせたんだ!このテルーは南北に20キロ以上も続いている上に、500年前はこの街を合わせて15本しか橋が架けられていなかったと言われている。」
「旅人や行商人は、回り道をして時間をかけるより、通行料を払った。」
「鋭いな、お嬢ちゃん。先祖は通行料が貰えることに喜んでいたが、当時のエリアス国王は通行料に目をつけた。」
「ほぅ、税金を巻きあげたか?」
「違う!事もあろうか、この街の隣に橋を架け、更には安い通行料しか取らない!君達ならどちらを通るかな?」
「安い方を通るよ。」
「そうだろう?じゃあ、先祖はどうしたと思う?」
「簡単な話だ。通行料を値下げしただけだろ?」
「それが違うんだなぁ...」
テオがまんまと間違えた事に、男性は顔をにやけさせた。
「今の間違え方は恥ずかしいね。」
「黙れ。お前もどうせ間違えていた。」
「多分ね。でも...」
シオンはテオの頭を撫でて、外を眺めた。
「先祖は新しく橋を架けた。しかも、通行料は、街の通行料よりも高くした。」
「お嬢ちゃん、本当は知ってたんじゃないのか?」
「知らないよ。これは、魔女の勘かな?」
「お嬢ちゃんは魔女だったか...勘が鋭いわけだ!」
「魔女になると勘が鋭くなるのか?」
「ならないよ。ちょっと考え方を変えただけ。」
「だが、お嬢ちゃんの考えは合ってる。先祖は新しく架けた橋の通行料を、街の通行料の2倍にしたんだ。」
「早くその理由を教えろ。」
テオは自分だけが分かっていないことに苛立っていた。
「新しい橋は馬鹿みたいな通行料を払わせる。しかし、その隣にある2つの橋は安い。安い2つの橋を比べると、何も無い橋の方が安いが、あまり大差はない為、金のある人々は宿や食事処を求めて、街のある橋を選んだ。」
「わざと高くして、金額の差を薄れさせたのか。だが、このままだと橋が3本しか架けられずに終わるぞ?」
「問題はここからだ。エリアス国王が変わったんだ。それと同時に、橋の通行料を廃止した。」
塔の頂上まで上がると、小さな展示室になっていた。そこには、エリアス国王直筆の文書が飾られていた。
「何て書いてある?」
「簡単に言うと、テルーに架かる橋が通行料を取ることを禁ずる、だって。」
「その命令のせいで、この街の大きな収入源になっていた通行料は廃止。ただの小さな街になったんだ。」
男性は窓から外を眺め、幾つも並んだ橋を見下ろした。
「ある時だ。たまたまこの街に来た橋職人が先祖に物申した。あの橋は何だ。橋は美しくあるものだと言った。そして、その職人は橋を架けて去っていった。その時に架けられた橋が、4番目の橋。あの橋だ。」
男性の視線の先にある橋に、シオンとテオも目を向ける。そこには、石と煉瓦で造られた美しい橋が架けられていた。
「綺麗な橋だね。」
「単純だが、それが良いのかもな。」
「あの橋が架けられてから、各地から橋職人が見に来ては、橋を架けての繰り返しだ。そのお陰で、エリアス国の観光名所の1つになれたから良かったよ。」
「橋は何本くらいあるの?」
「今は224本だね。この街に来る人は、皆自分の好きな橋を見つけて、名を刻んでいくんだ。後で橋を見に行くといいよ。」
「いいのか?大切な橋に刻んで。」
「いいんだよ。橋はあるだけでは橋では無い、誰かが渡るからこそ、橋となる。橋を架ける職人の言葉だ。渡ってやってくれ。」
「分かった。じっくり考えさせてもらうよ。」
シオンとテオは、男性に別れを告げて塔を下りていく。その間も、シオンは小窓から外が見える度に、じっと外を見つめていた。
「意外だな。」
「何が?」
「選ぶんだろ?好きな橋を。」
「そのつもりだけど...何かおかしい?」
「おかしくは無いが、珍しいと思ってな。」
「珍しいかな...結構こういうのは好きだけど。」
シオンは首を傾げながら、外を見つめていた。
塔を出ると、夜までは時間がある為、宿探しを兼ねて街を散策する事にした。
塔を中心に造られた街並は、建物が綺麗に並び、単純な造りになっていた。
「歩きやすくていいな。殆どの道が同じ幅で、目印が無いと迷いそうだな。」
「でも、塔の周りは色々な店があるね。」
シオンが見渡しただけでも、食事処や土産屋などが並んでいた。
「テオ、土産屋に行ってみない?」
「土産を買う相手も居ないだろ?無駄遣いはするな。」
「見るだけ...ダメ?」
「...見るだけだからな。買うなよ?」
「大丈夫。分かってる。」
「信用ならないな...」
テオは真っ直ぐに土産屋に向かった。土産屋には、橋をモチーフにしたお菓子や玩具が売っていた。
「いらっしゃい。誰に贈る物?」
「ごめんなさい。テオに買うなって言われて買えないの。」
「あら、可哀想にね。見ていくだけならタダだから、自由に見て行ってね。」
「ありがとう。ねぇテオ、あれ美味しそうじゃない?」
シオンが指をさしたのは、橋の形をしたクッキーだった。
「そうだな。俺は肉の方が好きだが。」
「あれは?」
赤や青、緑の色鮮やかな飴細工が並べられている棚にテオの視線を向けさせる。しかし、テオは一向に興味を持とうとしない。
「甘そうだな。お前にピッタリだ。」
「ねぇ、少しは興味を持ってよ。」
「俺はクッキーも飴も食わない。だから興味が持てないだけだ。」
「後で食べさせるからね。」
「止めてくれ。甘いのは嫌いなんだ。」
「初めて知ったんだけど...」
「初めて言ったからな。」
まだ問い詰めてきそうなシオンを無視して、テオは土産屋の女店主に話しかけた。
「おい、俺達以外に旅人や行商人が見えないが、儲かっているのか?」
「結構儲かってるよ。この店に来て買わないのは、お嬢ちゃんと狼の2人組かな?」
「...流石と言おう。多くの人間を見ているだけあるな。シオン、好きな物を1つ買え。」
「そう言えば、1つだけを買う客も少なかったね。」
ニヤつきながら独り言の様に呟く店主の顔を見て、テオは完全に乗せられてしまった。
「シオン...買えるだけ買え。」
「いいの?」
テオが冷静になった時には、既に手遅れだった。シオンは50ルイだけを残して、お菓子等を買っていた。満足そうにしているシオンと、店主に乗せられた事に後悔しているテオは、土産屋から去っていった。
「クソ...あの人間め。まんまと乗せられた...」
「テオは変にプライドが高いから、扱いやすいんじゃない?」
「俺が傲慢だと?」
「違う?」
テオは思い当たる節もあり、言い返す事が出来なかった。
「テオの気持ちは分からなく無いけど、そのプライドを捨てないと、いつか痛い目に遭うよ。」
「俺は自分を変えるつもりはない。」
「頑固なんだから...」
「ふん...しかし、金が無くなったな。50ルイしかないだろ?」
「今日は野宿だね。」
「食料はどれくらいある?」
シオンは荷物の中に入っている食料を探し始めた。
「乾燥肉が少しと、水が1日分だけかな。」
「少ないな...」
「でも、この街だと出来ることはなさそうだね。」
「そうだな。一応探してみるか。」
シオンとテオは、金を稼ぐ為に街を歩き回ることにした。
「ふむ...あれはどうだ?」
テオが見つけたのは、家屋の間に放置された車輪が壊れた荷車だった。
「うん。大丈夫。」
「家に人がいればいいな。」
テオの背中から降りて、家屋の扉を叩き、住人を呼び出す。すると、若い男が扉を開けた。
「見ない顔だな。旅人か?」
「あの荷車使わないの?」
「あ?見てわからないのか?壊れて使えないんだよ。直そうにも、この街の離れた場所に持っていかないと修理は出来ないんだよ!」
「私がやろうか?」
「お前みたいなガキの冗談に付き合ってる暇は無いんだよ!」
「じゃあ、本当に直したら幾らくれる?」
「1000ルイやるよ。出来るもんならな!」
「分かった。」
男は扉を勢いよく閉めると、家の中で何か文句を言っているようだったが、シオンは気にもしなかった。そして、壊れた荷車の傍に行く。
後ろから見ているテオの顔は、どこかニヤついて見えた。
「楽な仕事だな。」
「テオは何もしないからでしょ。別に私は人の為になるなら、お金は貰わなくてもいいんだから。」
「これは商売だ。お前がタダでやれば、困るのはこの街の職人だ。」
「分かってるよ。」
シオンは地面に両手を着くと、荷車の上下に白い魔方陣を展開した。
「...うん。これなら魔力で補強しなくても、元の材料だけで大丈夫そう。」
「魔力の補強は脆いからな。報酬が減らずに済んだ。」
「じゃあ、始めるよ。『
シオンが目を閉じると、展開した2つの魔方陣から白い光が放たれ、荷車が霧の様に消えてしまった。
「『
霧の様に消えた荷車は、光が消えた魔法陣の中に再び現れた。しかし、壊れていた筈の車輪は直っており、新品同様に変化していた。
「ほぼ同じかな。これなら報酬が貰えるね。」
「得意な魔法なだけ、出来が良いな。」
魔女の稼ぎはそれぞれ違うが、シオンは物を修理する事で、報酬を得ていた。それは、どこに行っても重宝される魔法だった。
「お、おい!?今のは何だ!?」
窓から覗いていたのだろう。男は家を飛び出してシオンの元へ駆け寄った。
そして、荷車を見るなり笑みを浮かべ、喜んでいた。
「本当に直してくれたのか!?」
「直すつもりがなかったら、初めから声は掛けてないよ。」
「あぁ、ありがとう!ようやく荷物運びが楽になるよ!」
「そう、良かった。それと、報酬なんだけど...」
「おぉ!そうだった!」
男は家の中に走っていくと、金を持って戻ってきた。
「ほら、報酬だ。色は付けておいたからさ。」
シオンに手渡されたのは、合計1500ルイの硬貨だった。すぐに、財布代わりの皮袋に硬貨をしまった。
「ねぇ、他にも何か直して欲しい物とか、困ってる人が居たら教えて。」
「あぁ、それなら3軒隣の爺さんが、椅子が壊れたって話してたな。他にもいるかもしれない。少し聞いてきてやるよ。」
「ありがとう。私達はお爺さんの所に行くね。持ってこれるような物だったら、持ってくるように伝えてくれると嬉しいな。」
「伝えといてやるよ。俺の荷車を直してくれたからな。」
「じゃあ、行くね。」
シオンは男に別れを告げ、話に上がっていた老人の家に向かった。老人の家は少し大きいが、外観は美しいとは言えなかった。
「汚い家だな。」
「テオ、絶対に家の人の前で言っちゃいけないからね。」
「事実だ。構わないだろ?」
「ダメ。」
「ふん...人間の考えはよく分からないな。」
「理解できるようになって。」
シオンとテオが話していると、腰の曲がった老人が家の中から様子を見に出てきた。
「何だ...騒がしい奴らめ。」
「あっ、椅子が壊れてるなら直すよ。お金は少し掛かるけど。」
「胡散臭い...それに、獣臭いな。どこかへ行ってくれ。」
「おい、今のは俺に言ったのか?」
テオが老人との距離を詰め、睨みつける。しかし、老人は全く動じなかった。
「近寄るな、獣。」
「獣だと?本能のままにしか動けない動物以下の獣と一緒にするな。」
「同じだ。災いをもたらす獣め。」
「人間如きが...」
「テオ、行こう。話にならない。」
シオンが尻尾を引っ張りながらテオを諭す。振り向いたテオは、手のひらを返したように怒りが収まった。
「そうだな...流石だ。」
「ふふ、じゃあね。お爺さん。」
「ふん...気味が悪い。」
老人が家の中に戻ろうとすると、背後から多数の声と足音が聞こえた。振り向いた老人は、目を丸くして驚いていた。
シオンの周りには人集りが出来ており、集まった人々の手には、壊れてしまった家具や調理器具、様々なものが見えた。
「な、何だ...?」
老人が戸惑っていると、集まった人々の声が聞こえてくる。
「物を直せるんでしょ?この鍋気に入ってたんだけど、取っ手が壊れて使い物にならなくなったのよね。」
「子供がテーブルの上に乗って壊しちまったんだ。見に来てくれないか?」
「あらあらあらあら!可愛いわね!うちの店の若い子に似てるわ!でも、あのこドジなのが欠点なのよ...お皿を何枚も割って...一緒に働かないかしら?」
様々な声が聞こえてくる。その間にも、シオンは物を直しては金を受け取っていた。
「...魔法なんて...夢物語だと思っていた...」
「ねぇ、お爺さん。」
突然シオンに声をかけられ、老人は返事をする事が出来なかった。しかし、シオンは老人の返事を待たずに、言葉を続けた。
「値段は張るけど、直してあげる。」
「...待ってろ。今持ってくる。」
「いいよ。待ってる。」
老人が家の中に椅子を取りに戻る背中を見て、テオは笑った。
「胡散臭いのは当たり前だ。魔女だからな。」
「何それ。馬鹿にしてる?」
「さぁな、お前の受け取り方次第だ。」
老人が戻って来る間にも、修理を続けていたようで、その場で直せるものは、老人の椅子だけになっていた。
「これだ。直してくれ。」
「いいよ。綺麗な椅子だね。」
「これは婆さんの形見なんだ。まさか転んだ拍子に椅子を掴んだせいで、背もたれが取れるとは...」
「...私が直すと新しくなるけどいいの?」
「構わない。婆さんはもう居ない。それに、椅子が壊れたのは婆さんの気遣いかもしれん。」
「どうしてそう思うの?」
「婆さんが死ぬ前に喧嘩をしたんだ。家を飛び出した私を、料理を作ってあの椅子に座って待っていたと思う。」
「...見たんだろ?何故思うなんだ?」
「...家に帰った時には、温かかっただろう料理は冷めきって、婆さんは椅子の上で息絶えていた。」
「そうだったんだ...」
「悔やんでも悔やみきれなかった。だが、椅子を綺麗にしていれば、私の気持ちも晴れると思った。しかし、椅子は壊れた。婆さんが私を気遣っているのか、怒っているのかは知らん。」
「気遣ってくれてるといいね。」
「私も気遣っていると思う。しかし、椅子は壊れてしまった。椅子は捨てようかと思っていた。君のおかけで捨てずに済む事になったが、誰かに譲ろうと思う。だから新品に直してくれ。」
「...分かった。」
シオンは椅子を修理し始める。そして、椅子は瞬く間に新品に作り替えられた。
「お見事。死ぬ前に、魔女が見れてよかった。婆さんが若い頃に憧れていたんだ。」
老人はシオンに握手を求めた。しかし、シオンは手を出さない。
「お爺さん。この椅子は貴方の物。貴方が座った方がいい。」
「いや、これは...」
「いいから!」
シオンの圧に負けて、老人は椅子に腰かけた。
老人の体を温もりが包み込む。まるで、誰かに抱擁されているように。
「温かい...婆さん...すまなかった...今までありがとう...ありがとう...」
老人は涙を流しながら、温もりを感じていた。老人は謝罪と謝礼を繰り返した。
その様子を見ていたシオンの耳元で、テオが小声で話しかけた。
「...死んだ人間に温もりは無い。何かしたな?」
「何もしてないよ。ただ、お爺さんを助けたかっただけ。」
シオンは笑みを浮かべると、老人が椅子から立ち上がり、シオンに近づいて手を差し出した。
「魔女のお嬢さん、私に婆さんの温もりを思い出させてくれてありがとう。」
「どういたしまして。」
シオンと老人は握手を交わした。
「これはお礼だよ。」
シオンに手渡されたのは、1枚の金貨だった。
「き、金貨だと!?」
金貨はその1枚で、1万ルイ分の価値を持つ貴重な硬貨(一般的な硬貨は銅硬貨)だった。それを老人に渡された為、シオンとテオは激しく動揺した。
「こ、これはさすがに受け取れないよ...」
「いいんだ。受け取ってくれ。もう老い先短い私には必要の無いものだ。」
「で、でも...」
「受け取ってくれ。」
根負けしたシオンは金貨を受け取った。老人は満面の笑みを浮かべると、椅子を持って家に帰っていった。
残されたシオンとテオは、お互いに顔を見合わせていた。
「まさか...金貨とはな...」
「初めて見たよ...」
「なぁ!俺らのも直してくれよ!」
街の住人の声により、シオンとテオは気を取り戻して、再び修理の仕事を再開した。
全ての修理が終わったのは、日が落ちた後だった。
「まさかこんな時間まで仕事をすると思うか?」
「思わなかった。急いで!」
急いで宿を探したが、客の居ない宿は閉まっていた。
「他に旅人が泊まってることを祈るが...昼間に運を使ったからな...」
テオの予感は的中した。全ての宿はもう閉まっており、電気の通ってない橋の町は、暗がりに包まれていく。
「しかたない。街は良くないから、他の橋の上を借りよう。」
「俺は草の上の方が眠れるが...お前の指示に従おう。」
シオンとテオは野宿をする為に、224本ある橋のどれかを借りようとした。
街の外に飛び出すと、適当な橋を選び、橋の中央まで走った。
「この橋は平坦だな。」
「うん。そんなに気にならないけど。」
中心まで辿り着くと、すぐに荷物を下ろし、テントを張った。ルクスを使い、ランタンに明かりを灯すと、ようやく休む事が出来た。
シオンはテントの中に入り、テオはテントの外で眠りについた。
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