レーザーシティ


移動所在地憑りつき先だ? 俺は緊急避難所か!」

『走れ。速足だと狙い撃ちだぞ。来た!』

「うそっ?」


 反射的にごうはのけぞると、肩の横を細い光が通り抜けた。避けないままだった、貫かれていた位置だ。光は数メートル斜め横の自販機の、セルロイドガラスにヒット。ボスン。内部で機器がショート。頑丈な防犯扉が派手に破壊された。


「あ、ぶねぇ」


 光線のパワーは軽減したものの、ガラスに反射した何パーセントかが、歩道のタイルを焦がす。遠距離攻撃の到達地でこれだ。反射役にされた窓のオフィスの被害は、想像したくない。

 路上に、お茶やら、炭酸ジュースやら、70%オレンジジュースなどが、がらがら散乱していく。


 ごうは、ちょうど宙を飛んだジュース缶をキャッチしようとする。カンは、指をかすめ、数センチ届かなかった。


「あっ」


 拾おうと足を止めてかけた。陽一が制止する。


『やめとけ。120円に命を懸ける気か』


 一瞬が命取りになる場面。ジュースの対価が命なんて、不当トレードにもほどがあった。だが、体は現金なもの。飲めないことに、砂漠のような渇きが襲う。唾でごまかそうとしたが、こんなときは湧いてこない。速足から、駆け足に速度をあげた。


「い、依頼を受けた結果、殺されたって言ったな? ソレイユへの依頼って?」

『右脚くんがもってる赤いヤツ。回収を頼んだんだよ。誰にもできるカンタンなお仕事ってやつだな。来たぞ』

「ほわっ! くそ何発目だ。どうせなら」


 また、と。自販機破壊を期待した。たしかに自販機ではあったが、今度のは合法ドラッグ販売機。うまくは、いかないものだ。たばこサイズの小箱が散乱、付近にいた大人が眼の色が変えて拾い始めた。


「ひ、ヒット作家の命を”カンタン”で散らせたのだかよ。これ、なんなんだ」


 ポケットに手を突っ込み、ビニールパックに触れる感触は半固形。うつった体温で生暖かい。


『甲状腺だ。どうみても』

「こ、こ、こ、甲状せぇん? なんでそんなものを」

『君は昨日、ソレイユの大腸をわしづかみにしている。潰れて原型を失ってはいるが、臓器だという想像くらい、できてたんじゃないのか』

「しかしあれは腹が裂けて……いや、お前が持たせたんだよな? あれ? 腹が裂かれた? ……レーザーっていうより、刃物の傷だった。どうなってんだ」

『考えてる暇はない。次だっ』

「うあっ。」


 道は、片側2車線の道路。少しでも目的へ寄ろうと、歩道から反対へ渡ろうと飛び出す。キキキー。突然の横断は、ほとんど自殺レベル。パパ―っ。怒りのこもるクラクションがビルの谷間に反響、小型自動車がタイヤを鳴らし急停車した。


「てめー!」


 ガラの悪いドライバーが、握り拳をふりまわす。


「まずった…………はぁはぁ。しっかし、どこまで追いかけてくるんだこれ」

『スナイパーだからな。しかもレーザー。眼で捉えるうちは、どこまででもくる』


 時刻を確認したくなった。スマホを取り出す余裕はない。向かいのクリーニング店が視界にはいる。”ただいま受け取り時計”は3時を回ったところ。10月の北半球は日没が早い。東京よりもロシア国境が近い地。そろそろ太陽が赤みを帯びはじめる。


「レーザー光が見えにくくなるな、いや逆に見やすくなるのか。レーザーは高出力と相場が決まってる。バッテリーはどうしてるんだ?」


 どうでもいい着眼点に思考を奪われるごう。こんなに走ったのは小学校以来だ。慣れない障害物ジョギングに、横腹が痛い。左右足の不バランスに、慣れてはきたが、たまっていく疲労を感じる。ついつい、逃げ方が単調になってしまう。


『来る』

「あっつ」


 レーザーが腕をかすった。よろめきそうになるのを、どうにか立て直す。何度も言うが、止まったらおしまいなのだ。とにかく走れ、前へ。自分にそう言い聞かす。農園に戻るんだ。


「紅葉山くん。左にはいって左」


 そんな思いがけないアドバイスが聞こえた。

 ふり返ると、クラスメイトを名乗る女子高生が、後ろを走っていた。背の高い、モデル的な金髪のほう。


「なんでついて来てんだ。だいたい、そっちは北だ。南に行きたいんだよ」


 警察署から逃げるように言ったのはごうだ。まさか、攻撃されているとは思わないから、その場から離れさえすれば危険は去るはずだった。今は、あのときとは事情が違う。レーザーが狙っているのは自分。陽一の存在が大きく絡んでいる。一緒にいたら、ケガだけじゃすまない。


「この方向は西だよ。南なら左へいくのが正解。ちょうど横道も狭そうだし人が少ない。レーザーが入り込まないかも」

「ミカ。道行く人は多いほうがいい。銃線の盾になる。それと走るのは左右ジグザグ。的を絞らせないのが基本」

「盾ってあろま、こわい考えだよそれ」


 背の小さいほうも一緒だった。こいつら、わかってんのか。オレから一定の距離――5メートルほど後方――はとってる。安全マージンのつもりだろう。だが、敵だって気づく。もう気づいているはずだ。行動を共にしてるってことを。このクラスメイトってだけでくっついてくるなら、付き合い良すぎにもほどがある。


「紅葉山くん曲がって!委員長命令!!」

「ああ。わかったよ、もう」


 風に落ちそうになった帽子を片手で抑え、後ろから、強気な命令を叫ぶ。警察でみせたおどおどは、どこへいった。ごうは、半ば投げやり気味に、狭い一方通行路にぐいっと進路を変更。車にとっては狭い道だったが、人間には十分に広い道。これなら逃げ場としてイケるか。


『来た』


 期待むなしく、レーザー攻撃は、屈折を繰り返して追いかけてくる。 どんな反射計算をしてるんだ。目がいいのか、アンドロイドか。もはや人間技ではない。電柱の立て看板を焼いた。


「来るじゃねーかよ」


 止めかけた足を動かすと、彼女たちも曲がってきた。


「ごめーん。道路アプリのビュー画像で、狭くみえたんだ」

「眼球アイデバイスか。金持ちはこれだから」

「わかるの? いつアイデバイスを見たのかって、不思議がられるのが普通なんだけど」

「目をみりゃわかる。オレの眼鏡タイプは論外だけど。コンタクトレンズタイプ、網膜埋め込みタイプ、眼球移植型。どれも特徴がある」

「そうなの?私にもわかんないのに」

「ああ。コンタクトはそもそも網膜パターンが均一にぼける。埋め込みタイプは眼球の動きがワンテンポ遅い。眼球移植型は虹彩にグレーがかることが多い。虹彩はセキュリティにも用いられるほど個人ごとに異なるが、大きくは人種的なパターンがある。不自然にグレーが混じるんだ……」


 話をするため大声をあげる。呼吸が乱れる。分かっていても知識を吐き出す快感は、こんなときでさえ止められない業。我ながらバカだ。


「そんなの知ってても見分けられないよ。なんでそんなに詳しいの。そんな頭がいいのに留年って……」

「そこの二人。無関係な話題に盛り上がり過ぎ」

「ごめんあろま・・・、つい」

「でもずいぶん位置がズレてる。はじめてのケース」

「何がだ。ミニサイズ女」

「レーザーの着弾点。正確でなくなった」


 さきほどの一弾は、何メートルも右だった。

 ミニサイズ女は、首にさがった何かをいじった。ペンダントにしてはずいぶんと大きい。


「そういや。はぁ、なら、少しだけ止まりたい、息を……」


 停車してある軽トラックの荷台に手をついて体をあずけた。はぁーっと空気を吸って、吐く。こんなことだが、かなり、気分がよくなった。乳酸が減っていくような味わい。もう一度、大きく深呼吸する。荷台のプラ箱荷物が、燃えだした。


「か、火事っ」

『修正してくるのがスナイパーだ。燃焼物には注意だぞ』


 光が、陽一が言い終わるまえに、ごうのほほをかすめていく。


「くそっ。一息さえつかせてくれない」

「そこに入って。ほらほら、不動産屋ビルの間に!」

「いっそ、ビルに逃げ込んだほうがいいんじゃないのか。帽子女」

「袋小路になる。敵の射撃は正確。逃げ場が詰まれば撃たれる」

『考えてるねぇ。右脚君よりよっぽど』

「うるせ」


 ミカのナビあろま・・・の指摘で、狭いビルの細道を選びとる方針が固まる。なるべく人のいない道を、最大限、端から端へ。ジグザグに走る。中島公園へ、南へ進路をとることは忘れない。警察署と目的地の中島公園は、ほぼ真南の位置関係だ。攻撃を避けて走ってるうち迷って、かなり東へ離れてしまった。


 プシュっ。リングプルを開ける爽快な音。


「美味しい」

「ミニサイズ女。お前! それいつ買った」

「あろま。ジュースどろぼうだよ」

「さっき偶然伸ばした手に缶ジュースが治まった。不可抗力。ミカのぶんもある」

「もらえるわけないでしょ!」

「あれを拾ったのか? 権利はオレにある。よこせ」

「3000円になります」

「……ロクな死に方しねぇぞ」

『来るぞっ』

「しつこいなっ」


 10メートル以上離れ、後ろを警戒する陽一が、短く警告。声を荒げなくても、憑いた関係のごうには、聞き取れた。

 ごうは、消火栓を右足で蹴って左へスライド。自転車のタイヤがレーザーに貫かれてパンクした。


「さ、避けるのがしんどい。もっと正確にわからないか。左か右くらい」

『無理をいうな。相手は数キロ遠方のビルから、窓やら鏡を反射させて狙ってるんだ。予告があるだけありがたく思え』


 陽一は、発見器役だ。光の反射を視認した瞬間、おしえてくれる。レーザーは、光った次瞬には着弾、着光する。音をたてずに貫通する兵器だ。遠距離の発砲音など、どのみち聞こえなかったろうが。反射のタイムラグでかろうじて躱せていた。

 避ける方向はごうのカンだ。あろま・・・の提案を受け入れたジグザグ走行は、パターンを絞らせない。


「こっちは誰もいない」

「紅葉山くん。右がよさそうだよ」

「わかった!」


 後ろにいた二人は、いまは先回りして、道しるべ役を買ってくれてる。名前はどっちも変わっていた。香焚かおりびあろま・・・とミカ・レアン。というらしい。指示に従って、安全な経路を迷わず突っ走れる。すげない態度だった俺にこんなにしてくれるとは。ごうは自分が、いつのまにか当てにしていると気づいた。

 女子が先導。陽一が喚起。おかげでごうは、逃げる・時々ジャンプ、に専念できた。


 曲がった路には人がなかった。これこそザ・路地という、飲み屋や食べ物屋がはいる雑居ビルの裏手についた。廃棄されたエアコン、ゴミ袋の山、食品の詰まった黄ばんだ段ボール箱、高積みされた回収業者の明記されたバイオプラスチック箱。人間がギリギリ通れる細道で、見てはいけない食べ物屋の裏面だった。


 汚染地域怯んだわけじぇないだろうが、レーザー攻撃がぴたりと止まった。


 あろま・・・が鼻をつまみながら背負ったリュックを下す。ガスマスクを取り出して被った。なんの授業の教材だよ。ごうは、物陰に身を潜め、今度こそゆっくり息を整えていった。攻撃は止んだようだが油断はできない。ここまで付き合ってくれたふたりに向き合った。


「はぁはぁ……お前ら、もう行け。狙いは俺なんだから」

「ふぅ。わたしたちがいなくなったら、紅葉山くん死んじゃうよ」

「うん行かない。あなたの謎を聞き出すまでは」

「なんだって、そこまで」

「困った人をほっとけないよ」

「面白そうだから」

「……さいですか」


 ミカは、ヤンキー車が燃えたときでも、警察だ消防だと言ってた。自分が疑われる心配より、燃えて周囲が危険になることに気を使う優等生らしい。

 あろま・・・のほうは読めない女。おかしな理論を組み立て、オレの気を引こうとした。博愛主義と旺盛な好奇心。妙な組み合わせなのに、仲がいい。


「……とばっちりで死んでも、オレを恨むなよ」


 中島公園までには、まで距離がある。そもそも警察署から歩いて10分で行ける場所じゃない。適当に、時間がきたとでも言って、自分の車に引きあげるつもりだった。


 なんとなく目的地に設定していてみたが、それはこちらの都合で、見えざる敵にとってゴールではない。着いたからといって、的をあきらめる保証はない。目的を果たすまで、止むことはないのかも。目的……。俺の命なのか。


「でも止まってるな」


 射撃は止んだまま。本当にあきらめたのか。バッテリーを交換してるだけなのかもしれない。わからない。が、少しだけ、時間はとれそうdさ。


「それで陽一。どういうことだ」

『”君の前の移動所在地憑りつき先”ということで、納得してくれんかな。ほら、美女たちも困ってることだし』


 香焚かおりびあろま・・・とミカ・レアンは、それぞれの仕草で問いた。


「また、ヨーイチ?」

「紅葉山くん。アイデバイスで誰かとお話してるの?」

『な。どう説明するんだ……ん?』


 ミニサイズ女あろま・・・の眼が一点を凝視する。俺の上。後方確認から一時的に引き返した陽一のあたりだ。


「視ようと目を凝らせば、見える。2.5頭身キャラ」

「あ、あろま?」

『め!目?眼があった。この娘もか』


 ミカが驚く、俺も驚いた。見えるのか。負けずに陽一も。こいつは二の句が継げないくらいの、仰天ぶりだ。


「この娘も?」

『いや、こっちの話だ』


「そうか。霊感が高いのか知らんが、見える奴がいるとなれば話は早い。香焚かおりびあろま・・・。こいつは幽体だ。お前にはどう見えてる」

「あろま、本当に見えるの?」


 怖気づいたようにミカが退く。わかる。


「ゆうーたい。幽体?幽霊じゃなく?」

「本人いわくな。昨日から俺に憑りついてる。信じるか?」

「幽体?わたしには見えないけど、この遺伝子工学が発達した世界に、人間の魂の残滓なんて。ありうるの」

「うーん。2.5頭身の無精ひげ男。えーいっ、えーいっ。逃げるな」


 リュック振り回し。素通りするが、遠心力にまかせて、ぶんぶんふりまわす。微笑ましい。チョウチョ採集する幼稚園児みたいだ。


『ぶん回すな!。危ないじゃないかよ!』

「見える。声もきける。さっきはここまで鮮明じゃなかった」

「ずっと見えてたのか?」

「気のせいかと思ってた」

『やってられん。見張りに戻るぞ』


 路地の角へと引き換えすと、左右にまんべんなく目を配る。もちろんリュックの届かない高さまで浮いてだ。


「逃げるな陽一。答えがまだだ」

『諦めが悪いな。別にいいじゃないか』

「いいわけないだろ、狙わてるんだぞ。理由を話せ。ソレイユはなんでは死んだ? なんで、警察に追われていた?」

『人間ってやつは、些細なことにこだわるもんだったな。忘れてたよ』


 その時、カシャンカシャン。金属の足音をたてながら、二足歩行の重量物がやってきた。

 廃品回収マシンスキャベンジャーと呼ばれるロボット。シティ冬都のリサイクル業者が所有するロボット。ゴミや集積した廃棄物を回収するための人型機械だ。


『来てくれたか。中島公園にはいかなくてよくなった。ここが終点だよ。右脚くん』



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