森のフィールドワーク


 「あ、あぁ、こんな格好で失礼したね。」

 自称植物学者が我に返り、難儀しながらやっと下半身を茂みから引っ張り出し、枝葉に絡め捕られているリュックを引っ張り出してやっと自称植物学者の全身像が見えるようになった。

 この村に来たばかりの時に見たリュックを背負い、深緑色の服は茂みであちこちを引っ掛けてカギ裂きが出来て、灰色の泥と木の葉にまみれていた。

 ズボンの膝から下は同じく灰色の泥で染まっていて、靴も同じものががこびり付いていた。

 「二人ともこんなところでどうしたんだい?この辺りには怪物が出るとか出ないとか……言っていなかったかい?」

 「あー、大丈夫大丈夫。なにせ私…」「学園で幾つか魔法を習っておりまして!こう見えてとっても強いんですよ?」

 孫娘が余計な事を言いそうになって、世間知らずな少女らしく笑ってシェリー君がその言葉を上書きする。

 「グレイナル様はこちらで何をなさっているのでしょう?

 見たところ一人の様ですし、武器もお持ちでない様子。私達以上にグレイナル様も危険ではありませんか?さきの言葉を聞く限り、先程まで、迷っていた様ですし。」

 笑みを向けると、図星とばかりに目を逸らしてハハハと乾いた笑い声を響かせる。

 「いやぁ、ガイドさんが最近体調不良だったり都合が悪かったりするみたいで……全然付き合ってくれる人が居なくて、で、ちょっと慣れてきたし一人で行っちゃおうかな?と思って……迷いました。」

 最初は抵抗していたが、二人分の視線に耐え切れずに結局降参宣言。項垂れて肩を落とした。

 「グレイナル様は確か……この近辺の木々を研究されているという話でしたよね?」

 自称植物学者が項垂れるのを見ながらシェリー君が思案しながら口を開く。

 「あぁ、この近辺の木々は他では見られない性質のものでね。興味深いと思ったし、どうやらあの村では建材として使われているそうじゃないか。

 もしこの木々の性質の正体を掴む事が出来るのならば、世の中の建築に革命が起きるかもしれない。そうなったらあの村は研究拠点になる、一石二鳥だ。

 何より、他にここを専門に研究している人間も居ないようだし、僕が開拓者になってしまおうと思った訳さ。

 何より、悪くないなと思ったからね。」

 「有難ね、グレイナルさん。」

 「…………成る程、そうでしたか。」

 静かに、思慮深くあろうと持っている全てを巡らせて収束させていく。

 「……オーイさん。私はもう十分にこの森を見せて貰いました。なので、オーイさんが良ければグレイナル様のお手伝いをしては頂けませんか?」

 予想外の意見に孫娘は一度目を丸くして何か言おうとして、シェリー君が自称植物学者の死角でウインクをしているのに気付いて言葉を呑み込んだ。

 「うん、いいね。グレイナルさん、そうしよう!」

 「え?でも君達も何か大事な用事があったんじゃないかい?」

 茶色になった指先を隠しながら笑って応える。

 「いいえ、霧も出ていないので好奇心に負けて探検していただけです。グレイナル様の方がずっと有意義な事をなさっていますよ。

 ただ、その代わり………私もご一緒させては頂けませんか?

 植物学者の方々のフィールドワークに遭遇するなんて、滅多に無い機会なので……」

 好奇心旺盛なのを僅かに恥じらいながら要求して見せる。

 「なんだ、そんな事か。

 詰まらないだろうが、良いとも。では、頼もうかな?」


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