淑女直々の実戦課外講義

 腕一本で一刀。二本の腕で二刀。

 刀が頭蓋を断ち割り砕く。それが出来ずとも刀に仕込まれた雷と己の力で発動させる炎が相手を殺す。

 それを幾度も幾度も幾度も幾度も繰り返す。初太刀で絶命しようが二太刀目で絶命しようが自分が炎の余波で絶命する寸前に絶命しようが自分の最期まで死ななかろうが関係無く振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす……。

 マハー=ホーグは元々対人の剣術使いだが、獣相手の傭兵。それは行き過ぎたこの戦い方故である。

 獣の傭兵としても血の匂いが凄まじく濃く、隣や後ろに立つ人間や襲い掛かる獣さえも恐れるが故である。


 「エエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエィ!」

 何度撃ち込まれたか解りはしない。

 一撃一撃に全力。捨て身渾身知恵捨て刹那の為に生きて死んでいく。

 だから自分の炎に雷に巻き込まれて全身が焼かれ壊され痛みがあろうとも無視して叩き付ける。

 目の前の事の為だけに。

 「エエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエィ!」

 何度刀が振り上げられ、振り下ろされ、刀の音が響き、紫電と獄炎が飛んでいったか解らない。


 そうして幾度振り上げ下したか解らぬ頃、狂戦士の本能・・が恐怖した・・・・・

 理性があったとしたら、気付いただろう。

 如何に頑強な獣とて、炎と雷と斬撃を雨霰嵐と喰らえば怯んでいる、頭蓋が割れている、頭の隅から隅まで焼け焦げ炭になり灰になっている。

 そして、本能は止まれぬがだからこそ死力を尽くした。ここで殺せと叫んでいた。だからこそ殺意を込めて殺そうとしている。

 「解りました。」

 炎と雷の中で声が聞こえた。

 氷の汗が流れ出した。全身が凍り付く。

 「して、当学園の生徒は何処に居るのでしょうか?」

 雷も炎も一切緩めていない。殺しの手は止まっていない。まだまだ振れる。しかし二刀が止まった。目の前で燃ゆる炎が止まった。バリバリと空気を引き裂く稲妻が止まった。

 表情一つ変えず、傷一つ無く、ただただ変わらぬ淑女がそこに立っていた。

「キエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」

 その咆哮は戦意高揚のそれではなく、確実に理外埒外論外の怪物への畏れであった。理性も本能もすべてすべて……塗り潰された。


 「嘘だろオイ………」

 傭兵カナンは自分を救った者への感謝と恐れを言葉にした。


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 「何をした!何を何が何故なんぞぉおおおおおおおお⁉」

 叫び喉が割れて声が裏返る。

 退きはしない。刀を降ろしもしない。未だ諦めていない。それでも狂戦士は獣の如き本能は危険を知らせている。

 逃げろと。

 「御説明いたしましょう。

 私がした事は、先程火を消した時と原理は同じです。」

 殺意は無い。凶器も持っていない。ただ言葉を口にしているだけ。

 「術式を使えるのでしたら魔法という技術体系を例える際に『無色の魔力を己が望む色に変えるが如く』と表現するのは聞いた事があるでしょう?

 これは魔力というエネルギー自体は全ての要素傾向を内包しているからこそ中性的であり、本来中性で安定した状態のそれ・・のバランスを壊す事で魔法が成り立っている事を意味しています。

 魔力を水に変えたいのであれば魔力に水という指向性を与える。電気に変えたければ電気という指向性。風に変えるのなら風という指向性。そして炎や高熱であれば炎や高熱の指向性を。

 魔法とは魔力を基にした事象への干渉そのものを意味すると同時に、その前段階の指向性を与える事も意味しています。」

 淡々と説明をする淑女に対し、その場にいる者は誰も口を挟まない。手を出さない。ただ黙って傾聴している。それはまるで学生が講義を聴く様に。

 「これが魔法の基礎理論です。

 そして、魔力に指向性を与えて変化させた後、それを中性的な魔力に変える事は非常に高度であり、出来たとしても現在確認されているエネルギー回収効率は最初に消費した魔力のおよそ10%程度が限界とされています。

 そして、指向性を与えた魔力…つまり魔法を打ち消す際には物理的な現象が伴います。

 この場合、炎を消したいのであれば炎を打ち消す際に水を使う必要があり、電気を防ぎたいのであれば電気を通さない物質を用意する必要があります。」

 刀を握ったまま。自分の術式で吹き飛んだまま。動かない。

 自分の立場は今まさに講義をしている人間の敵である筈なのに、それを聞かねばならないと、聞き逃してはならないと自分の体は一切動かず、思考は目の前の講義に集結している。

 「しかし、それは『魔力に指向性を与えて変化させた後』の話です。

 指向性を与えて変化する前の『魔力』から『魔法』へと変化するこの間に与えた指向性と逆の指向性、あるいは変化させる魔力の総量を大きく超える中性の魔力で干渉した場合、魔法には成らず、魔力のまま霧散します。」

 淑女の周辺の空間が揺らぎ、高熱が周辺の空気を焼く。

 地面が文字通り沸き立ち溶岩になっていく。汗が噴き出す。

 「変化する前の魔法は霧散させ、変化した後の魔法には相対する魔法で相殺する。

 先程私が行ったのはそれだけの事です。」

 沸き立った溶岩が白い霧に覆われながら急激に冷え固まっていく。そして、先程まで噴き出していた汗が文字通り氷に変わって皮膚を覆う。

 「『魔法の相殺』

 これしきの事が出来なくては淑女にはなれません。」

 寒気は加速する。

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