モラン商会の宣伝戦略


 モラン商会の業務は多岐に渡る。

 『商会』を名乗るだけあって物の売買は基本である。が、それだけではない。

 例えばスカーリ・デカン・パニンニの三人組は自商会の商品を行商で売るだけでなく、山奥や街道から外れた場所で作られた商品やその原料、果ては遠くの親戚や友人への贈り物まで、商会を通さずそのまま運送する業務を担う事がある。

 副会長の右腕、レンはその順応性を駆使して様々な情報収集を行い、それを自商会の利益に繋げるだけでなく他商会や時に警備官に対して『情報』を販売する事もある。

 果てはイタバッサ。この男に関してはどこから手を付けて良いかと悩むところだが、商品販売、新規事業のマネジメント、サンドワームの際には人材派遣業務の真似事(本業顔負け)を行ったのは記憶に新しく、業務改善や商業関係のいざこざの仲裁や調整役に呼ばれる事も多い。

 その他にも混沌雑多支離滅裂統一という言葉と無縁の多種多様な人材で構成されたモラン商会。

 歴史は浅く、幹部の内、まともに商業に関わってきた人材がたった一人という異常な構成故に、新たな業務が数多生まれていく。


 「ギエェァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 そして、会長が故あって不在の現在、副会長は新たな業務が生まれる度に産声を上げる代わりに断末魔の叫びを上げる。

 モラン商会に建設関連部門が出来た際に行った初仕事兼腕試しが既存の部屋に対する防音施工だったので、最近はその奇声が原因で近くの警備官が乗り込むという事態はめっきり減った。

 「増えた。仕事増えた。やだ。帰る。お家帰る。」

 書類の山・山・山・山・山・山。部屋の至る所に山が出来ているが故に、上から見ると本人が居る場所だけが大穴の用にぽっかりと空白という事態になっている。

 「うわー、副会長スゴイ事になってるッスね。」

 入室しようとして目の前に広がった光景を見て、感心したような呆れた様な戦慄している様な微妙な声を出しながら副会長の元へやってきたのは副会長ジャリスを傭兵時代から知っている男、レンだった。

 「なんだぁレ~ン。代われ。副会長に成れ。俺を家に帰せ。」

 書類の山で埋もれて顔は見えないが、レンには副会長の表情が解っていた。

 「謹んでお断りするッス。

 未知を含めてあらゆる事態に対して冷静に的確に対応出来る応用力の塊、ジャリスさんだからこそ、このモラン商会副会長は務まってるッス。俺じゃ実力不足ッスよ。」

 『自分は終わらない無間地獄の虜囚に成りたくないッス!』という言葉を飲み込みながら先輩を持ち上げる。

 「そもそも、ジャリスさんの家って……何処でしたっけ?」

 レンは直属の部下。商会の近くに住んでいるが、ジャリスの家を知らない。

 厭な予感が頭を刺すが、もう口にしてしまった事は取り下げられない。

 「………ここ?家って用意したか解らない。」

 副会長は最早手遅れかもしれない。

 「……さて、副会長!ちょっとお話があるッス!時間貰っても良いっすか?」

 知ってはならない残酷な真実に到達した事を無かった事にしてレンは続ける。

 それが生き残る術だと彼は書類を挟んで目の前の男から教わっていたから。

 「なんだ……?」

 「この前商会の宣伝をしようってなったの、覚えてるッスよね?」

 「あぁ……イタバッサから『この商会には情報の発信力が足りないのです。より遠方まで仕事を拡げるべくこの商会の名を轟かせるべきです!』って言われてたな。」

 「その件で進展あったんで、良いッスか?」

 「あぁ……」

 「じゃ、後は自分で説明お願いするッス。」

 そう言って山越しにレンが誰かを呼んだ。

 足音だけ、近付く。

 「初めまして、モラン商会副会長ジャリス様。私の名前はレム。レム=ニゲレオスです。」

 男か、女か、若人か老人か、捉えどころのない声と話し方だった。

 「あぁ、そちらに行けず失礼。私がジャリスです。

 商会の宣伝について進展があったという事は、君が何かその件のキーパーソンという事で良いのかな?」

 「はい。今すぐにご説明しても良いですか?」

 ジャリスは一瞬迷った。

 この山を前に一秒の時間も惜しい。だが、一秒あったとて……そう考えるとどうでもよくなった。

 何より、レンが先程から浮足立っている。見えこそしないがまるで興奮した子ども。

 そんな事が起きる様な『何か』を目の前の何者かは持っているって事だ。

 「散らかってて悪いが、頼めますかな?」

 「はい!では説明を。

 モラン商会について色々と聞かせて貰ったのですが、この商会の仕事は非常に多岐に渡ります。

 それこそ、一言では説明出来ない。だから、一では説明しません。絵を使います。」

 「……ポスターを印刷してそれをバラ撒くって事かな?」

 「少し違います。

 確かに絵を中心としますが、この商会はドラマに溢れている。それを一枚絵で表現するのは難しい。

 だから、文字を補助的に・・・・・・・使った複数の絵で表・・・・・・・・・現します・・・・

 絵に文章を付けたもの……と考えれば宜しいですかね?」

 「貴族の子どもの教育に使われる『絵本』というヤツか?」

 「近いですが違います。教育目的というよりも空想的で大衆向けの浪漫小説を基にした動的画。

 短く漫画・・とでも呼んでおきましょう。

 この商会の業務等をベースとした小説を書き、それを画に、漫画にして宣伝するのです。

 物語として、本商会を発信します。」

 「………勝算はあるのか?」

 傭兵として生きていた自分には、それの効果はイマイチ解らない。

 「副会長!一応会長からの許可は取ってあるっす。オッケーっす。」

 あぁ、なんだ。会長あの娘が是としたなら、特に反対意見の無い俺が異を唱える理由は無い。

 その手腕に関してはこの商会そのものが証明になっている。

 「……なら良いんじゃないのか?レン、根回しをしとけ。手に余るならイタバッサに連絡を。レム=ニゲレオス。頼めるかな?」

 「はい、頑張ります!宜しくお願い致します。」

 「承知ッス!」

 想像はつかない。が、それは今までと同じ事。なるようになるだろう。

 モラン商会はそうやって生まれ、俺達は救われたのだから。


 「あ、印刷関係で色々書類が必要になるんで、副会長には仕事をお願いしまッス!」

 「これからもよろしく。ジャリス副会長、モラン商会、そして皆様。

 末永く付き合いが成る事を願っていますよ。」

 二人がそう言い残して逃げる様に扉を閉めていった。




 俺は叫んだ。

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