渇望する刺激の亡者

 「…………」

 何時の間に背後を取った?絶えず背後を取られない様に動いていた。正面でこれ見よがしに杖を振っていたから、後ろを狙う事は解っていた。もし背後を取り続けようとしたら動いた時の音で気付く様にと、最大限警戒していた。

 その警戒を易々と抜けて、いつの間にか居た。あるいは、さっきまで存在しなかったのに、無からいきなり現れた。

 「残念です、ドクジーさん。」

 声の主はお嬢様学園からの来訪者。本人の言葉を信じれば騎士の家や魔法使いの家の出ではない、平民の、努力家なお嬢さん。

 だが今はそれを信じられない。今まで話していた掴みどころのない悪魔と今背後に立つ少女が同じだとしたら、今まで見ていたあの少女の姿さえ偽りの姿だと思えてしまう。

 「…………」

 杖は構えている。全力で身体強化を行いながら振り返りつつ、それを打ち込めれば……そんな考えを起こそうとして、己の中の何かが全力でそれを引き留める。

 しっぱいする。

 たのしくない。

 いますぐにげろ。

 先程まで正体が不明の存在だったものが、正体が明白なお嬢さんに変わった。

 それでも後ろに居る者が凄まじく恐ろしい何かだという警告は鳴り響いている。

 だからこそ、昂る。興奮する。楽しい。満たされていく。

 「ッ!」

 脱力状態から全力の身体強化と渾身の膂力を込め、一撃を振り抜く。

 体は180度回転し、その軌道上の空気を切り裂き唸らせて背後に居るお嬢さんを打ち砕く……筈だった。


 誰も居ない。


 さっきまで気配のしていた場所を杖はすり抜けて、空を打ち砕いて終わった。

 「流石ですね。それだけ動揺している中でも今の一撃は正に渾身でした。私があの場所に居たとしたら、間違い無く頭蓋骨を砕かれていた事でしょう。

 身体強化の魔法を使用する時間を『杖を振る動作の瞬間』に限定して打撃に必要な箇所だけに集約して使う事で無駄と負担無く、最大威力を静か、かつ継続して使える。

 技術は称賛致します。ただ、それを子ども相手に使うというのは、騎士としては如何なものでしょう?」

 淡々と分析する声が聞こえる。殺意を込めて振るわれた一撃がもしかしたら自分を殺していたかもしれないというのに、声に驚愕も動揺も無い。

 たのしい たのしい たのしい

 「掠りもしない棒振りの爺に世辞は結構!それに、最早この身は騎士に非ず、故に

その言葉は空虚!さぁ、心行くまで、楽しもう!」

 全力で殺しに行こう。手足が折れても、血が流れても、泣き喚いても、止まらずに壊し続けよう。

 そうすれば、刺激が生まれる。

 雷の様に痺れる、火酒の様に燃える、失恋の様に痛く、落ちる前の熟れた果実の様に甘い、あの刺激を!

 「私は、こんな事大嫌いです。」



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