輝ける芸術家は絵筆一つで名乗るもの

 戦意は喪失、腰が抜けて怯えたクアットの頭に杖で一撃。打撃音が診療所の空気を震わせ、衝撃が杖を伝って老人の腕へと染み入る。これで4人目。

 そして、杖が曲がっていない事を確認し、急いで診療所の窓のカーテンを閉め始めた。



 またも気に入らない一振りだった。衰えたこの腕では昔の様な良い音と衝撃の走る一振りは出来ないらしい。

 あぁ、老いれる事とは、かくも刺激の無い退屈な絶望なのか。

 カーテンを閉め終え、転がった4つの死体を見て憂鬱な気分になった。

 この4人を殴る事自体は問題ではなかった。魔法1つ、手斧1つ満足に扱えない素人相手では片足も老体もなんらハンデにはならない。

 「しかし、骨が折れる。」

 図体だけは立派な4つの死体を見て頭が重くなってくる。

 これを急いで収納スペースに押し込まねばならない事、夜中に誰にも見られずに処分しなければならない事を考えると、この老骨の身にはかなり堪える。

 「まったく忌々しい連中だった。おまけに死体まで残すとは……。いっそ何もせずとも消えてしまえば良いものを……」

 周囲に人が居ないことを確認して油断し、願望が思わず口に出る。



 何処からか風が吹き込み、カーテンが揺れ、目が染み、視界が一瞬閉ざされた。

 「っ⁉」

 体は衰えた。足が万全であったとしても、今の全力は全盛期の半分にも及ばない。

 だが、子どものささくれをピンセットで引っこ抜く位の視力は未だある。診療所の外から聞こえる患者の声だってしっかり聞こえる。

 だから今目の前に寝転がっている死体の数が3つになっていた事に驚いた。

 診療所、自分の周辺をぐるりと見渡すが、数が3から4に戻る事は無い。

 風が吹いた一瞬、目を閉じた。しかし、人を持ち上げ、自分の視界の外へと放り出す時間は無かった。

 音とてそうだ。誰かがこの診療所に入り込む様な音も、死体を担ぎ上げる音も、運び出す音も聞こえなかった。


 「『いっそ何もせずとも消えてしまえば良いものを』と言われたから消したのだが、気に入らなかったかね?」

 何処からか、声が聞こえる。

 男の様で女の様で、どちらでもない様な声。

 幼い様で、成熟している様で、老いた様な声。

 耳元で囁かれている様で、近くで話している様で、遠くから聞こえる様な声。

 改めて周囲を見渡したが、影も形もない。得体が知れない不気味さを感じても良い筈なのに、不気味さも不快さも感じない。

 「誰だ?」

 杖を構える。全身の神経が張り詰めていく。前、後ろ、左右、上、下……気配一つ感じない。

 「おや、気に入らなかったかね?あぁ、1つだけ消したとて……という事か。

 これは失礼。今直ぐ残りの3つも消すとしよう。」

 またも強風が吹きこんでくる。しかし、今度こそは目を見開き、有り得ない光景の過程を捉えんと試みる。


 しかし、それは失敗に終わった。

 自分の視界の中にあった残り3つの死体は、音も無く、動きもなく、前兆も無く、一瞬にして消えて無くなってしまったから。


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