回収、そして狂乱


 「お湯を沸かしてそれをそっちに送って、温かくしやしょう……ってのは解るんですが、そっちのバケツに仕掛けがあるようには見えやせんし、管の中に入ってる内に冷める…にしても熱すぎやすし、かと言ってそっちの布が丈夫で分厚くて、熱湯が中に通っても何とかなる……とも思えやせん。

 魔道具じゃないって言ってやしたし、温度調整も難しいでしょう。

 そもそも、動力無しでお湯が上手く回るのか気になりやす。

 失礼なんですが、買う人間として、それ、本当に使えるんですかい?」

 「え………それは、あの、その………」

 「爆発しやせんかい?さして頑丈でも無さそうに見えるんですが、どうですかい?」

 悪気は無い。陥れる気も害する気も無い。学が対して有る訳でもない。

 デカンが今見た情報を繋げ合わせて感じた疑問をぶつけただけ。

 しかし、その疑問の殆どが核心を突いている。『商品の欠点と考えられる部分を指摘せよ』という問題があるのなら、今の言葉をそのまま文章にして解答欄に記入すれば確実に合格だ。

 「デカン、アンタ、それ・・の事を知ってて知らないフリして言ったのかい?」

 少し疑った様な目で赤毛女が大男の顔を覗き込んでいた。

 「フリってのは、何の事ですかい?」

 「そのバケツ、数年前にどっかの商会から売り出されて、あちこちに売り回って、挙句に今デカンが言った理由で一騒ぎ起きた代物さね。

 水入れて安定しないから火が消えるわホースが弱っちいから熱湯が溢れるわ布切れが爆発して火傷した連中が居るわで大事件になってたの、覚えてないかい?」

 「あー、なんか爆発するバケツでぼろ儲けした奴が居たって、あれですかい?

 あー、実物見んのは初めてでさぁ!」

 蒼褪めていく。

 周囲から集めていた視線がさっきまでは心地良かった。今、向けられる視線は冷たくて鋭くて痛い。

 知らない。そんな事件。

 聞いてない。説明文にそんなの無かった。

 どうしよう?もう逃げられない。


 青年は知らない間に自分が後退している事さえ気付かず、自分の目が回っている事にさえ気付けず、そんな状況下で後退したものだから、足がもつれて背中から地面へと落ちていった。

 「ったく、しょうがないねぇ。」

 最後に青年が聞いたのはそんな声だった。


 「……そいつ、どうするんですかい?」

 受け身も取らずに倒れそうになった青年をスカーリが抱き留め、呆れた顔でそのままひょいとお姫様だっこ。

 「放っておく訳にもいかないから、馬車に持ってくよ。

 デカン、そのガラクタ拾っといて。」

 「ガラクタなのに、拾うんですかい?」

 「気になることがあるんだよ、行くよ。」



 この後、会長から連絡が入り、身元不明の男の調査を依頼された三人組がどうなるかは……推して知るべし、だ。


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