零・礼・麗

 診療所にて、会話は更に続く。

 「話が反れました。改めて、アールブルー学園について何かを覚えていますか?」

 不明男は三人での会話の最中に出た『アールブルー学園』の名前を聞いて、大きな反応を示した。これが偶然か否か、重要か否か、それは問題ではない。情報が少ない状態では僅かな差異は大きな意味になる。

 「貴族のご令嬢が集う学び舎である。という事は知っています。

 ただ、その場所と自分に関係があるか否か、そこまでは解りません。申し訳ない。」

 「成程、こちらこそ申し訳ないです。」

 「いや、難しい……記憶喪失というものを知っている・・・・・ものの、なった事があるか否かは覚えていない上に、自分がどこまでそうなのか見当も付かない。」

 記憶喪失とは言っても、先程から不明男は記憶が最低限無いと出来ない事をやってのけている。

 それは『会話』だ。少なくとも不明男はシェリー君と同じ言語を操って意味の通じる会話が出来ている。廃れた後のスバテラ村の状態を知っている。

 少なくとも自分の名前や所属を覚えていなくとも言語や生活する上での知識や社会的な教養を持っている。

 老医がシェリー君に頼んでいたのはコレだ。

 この状態が頭部への衝撃によるものなのか、精神への衝撃によるものなのか、それとも……それ以外が原因なのか。

 それが解れば方向性が決まる。対応が大きく変わる。可能な限り早急に情報を収集した方が良い。

 さて、ここで質問だ。

 自分は目覚めたばかりで記憶喪失。その状態で目の前には医者が居る。カルテを手にして堅苦しい『?』だらけの質問責め。いかにも『問診する』という状況下で人は饒舌に喋れるだろうか?

 自分を狙いに来た殺し屋相手にティータイムのお誘いが出来るのなら、何の問題も無く饒舌にお喋りをするだろう。

 が、生憎不明男はそうではない。ならば、緊張感満載の問診の代わりに少女達と名付けをして、楽しく元気に自分探し。あるいは記憶を探す謎解きゲームをやらせてそこから情報を引き出す方が幾分か効果的という結論に至った訳だ。

 とはいえ、今のところ大した収穫は無い。これも中々に意味の薄いやり方だと言える。

 「アールブルー学園、アールブルー学園……今の貴方のその言葉を聞いて、何かが引っ掛かった気がしたのですが……あぁ、そうだ。そうです解りました。

 モリアーティーさんはここに『淑女の零』で来た訳では、無いのですよね?」

 「淑女の、れい?なにそれ、乗り物?」

 聞きなれない言葉に孫娘が首を傾げる。

 「おや?もしかして、そんなものは、無い?」

 不安で顔が曇りそうになる不明男。それに対するシェリー君の答えは笑みだった。

 「いいえ、ありますよ。『淑女しゅくじょれい』。」

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