氷の思考と情動の波と

 今回私は手を出していない。

 手を出さずに口を出したという頓智とんちではない。

 見えない相手が止まった理由は間接的にも直接的にも私ではない。

 そして、今まさに目を丸くして驚いているシェリー君ではない。

 子ども達はそもそも何が起きているのか解っていない。




 大樹の前、H.T.で形が見えているそれは脚を大樹と地面に突き立てて子ども達の目の前ギリギリで制止した。

 そう、自らで止まった。

 あの巨体を外的要因で脚の一本一本まで制御するにはそれなりの手間が必要だが、自身の制御でそれを行うのであれば当然の様に何てことはない、10を超える脚と木の上を容易に移動してみせる制御能力を使えば簡単にやってのける事が出来る。

 問題は『何故それを行ったか?』という話だがね。

 H.T.が見せていた相手の形。それが見えなくなっていく。

 複数の鉄鋼の脚を器用に使い重心を後ろへ、そして足跡が示す先には森。

 追撃の気配も見えざる伏兵が飛び掛かる様子も無く、そのままそれは森へと消えていった。




 「ねぇねぇ見て見て!凄いでしょ⁉凄いでしょ⁉凄いでしょ⁉」

 「お姉ちゃん?遊び疲れた?休む?」

 「ここに毛布があるです。お昼寝するです。」

 しばらく警戒の後、子ども達のもとへと向かったシェリー君。

 大樹の幹から枝へと別れる部分。その上にコブが出来て空洞になり、丁度子ども達の秘密基地になっていた。

 下から見ればコブは丁度死角になり、木の枝が遮り見え辛くなっている。離れて見ても同じように枝が邪魔をしている為に実際に上らねば気付かない様になっていた。

 何処へでも果敢に探検する子ども故に見付けられた子どもの場所とでも言えるだろう。

 「皆さん、無事ですか?ケガは?痛いところは?誰かに酷い事はされていませんか?」

 少しだけ泣きそうな、悲痛な目をして子ども達の無事を確認するシェリー君に子ども達は驚いた様な、怒られるのを恐れる様な、シェリー君を心配する様な表情になる。

 「どうした!……の?」

 「ケガも痛いところも無いよ?どうしたの?痛いの?怖いの?いじめられたの?」

 「ひどいことなんて無いです。大丈夫です。落ち着いてこれ食べるです。」

 そう言って三人が差し出したのは小さな手の平一杯の木の実、ポケットから大量にこぼれた小さな透明な鼈甲色の石、服の裾を折り返して作った臨時のポケットに乗せた真っ直ぐな枝、カラフルな石、葉っぱ………。

 ちなみに木の実は生だと灰汁が強過ぎて食べるのには向かない。

 「あ、あぁ、有難う御座います。無事なんですね。大丈夫なんですね。ケガは無いんですね。

 良かった。良かった。本当に、良かった。」

 叱ろうか?注意で済ませようか?保護した後に如何しようかと考えていたシェリー君は安堵と思い遣りでその思考を押し流された。




 厄介だな。


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