弱り目にとどめ

 森の中は暗く、空気が重く、霧故に視界は白く、気配が無く、不気味な程静かだった。

 だからこそ少女の歩幅が乱れ、だというのにいた乱暴な足音は異常に大きく響き渡っていた。

 「皆さん、何処にいますか?」

 響かせた声は霧に吸い込まれて消えていく。

 「アルさん!ベーターさん!チェルシーさん!居るなら返事をしてください!」

 声に焦りが見える。第一声よりも大きく森に響くが、木々に反響した声が返ってくるだけで子ども達の声は聞こえない。

 無音である事が焦りを生み、足早になり、呼吸が荒くなり、瞬きが増え、視線があちこちに動いて定まっていない。

 「どこ、どこですか⁉皆さん、返事を、して下さい!」

 息切れを起こしながら声を上げるが、この場で音を響かせるのは少女一人。

 その少女も森の奥へ奥へと進む程に冷静さを失い、息を切らして千鳥足になりながら歩く様は異様だった。



 なるほどなるほどなるほど。これでは確かに『得体の知れない怪物』になり得る。

 シェリー君は慌てて平静さを欠き、この状況を分析出来ていない。

 この村に来る時にリスク回避という事で空を滑空してやってきた。それ自体は悪手ではなかった。現地の情報が全く解らない以上、無策でそのまま行く事の方が悪手だった。

 だからこそ、回避したが故にシェリー君は森の状況を全く解っていない。自分の持っている情報は皆無に等しい以上、他から得た情報を基に動くべきだった。

 今、シェリー君は悪手を続けている。冷静さを欠き、得た情報から有効・有益なものを抽出せず、現状だけの最適解を弾き出した結果、危機に陥っている。

 傍に生えていた木に手をついて息も絶え絶え。助けに来たというよりは遭難中にしか見えない。

 「皆、さん、どこに、どこに、いるんです、か?」

 瞬きをしながら弱々しく呟く。しかし、そんなものが子ども達に聞こえる訳がない。


 さて、もう頃合い限界だ。子ども達云々以前にシェリー君の命が危ない。

 教授たる私としてそれは許容出来ないのでアドバイスを一言だけ………あぁその必要は無くなったな。


 森に入ってから今まで、この森で音を立てていたのはシェリー君のみだった。

 それはシェリー君以外に動いているものが確認出来ないというだけでなく、動かずにいた何かが居る場合には場所を気取られるリスクが発生する。

 一方的に所在が知られている情報アドバンテージは不意打ちに際しても逃亡に際しても有効に働く。

 今回は不意打ちにそのアドバンテージを使われた。




 地面が揺れ、霧の中から何かが迫って襲って来た。



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