追伸を込めて手紙を


 「さて、では送りましょう。」

 一通りの事を書き終えて、術式を発動して手紙を鳥へと変えようとしたシェリー君に『待った』をかける。

 「シェリー君、良いかね?

 あぁ、致命的な問題があるという事ではない。個人的にどうしても追記したい事がある。

 先に眠って構わないから、少しだけ筆を貸して欲しい。

 無論、終わったら私が責任を持って商会に手紙を送っておこう。」

 「はい。構いませんが、どうかされましたか?」

 「いや、大した事ではない。少しばかりコンサルタントからのアドバイスといったところだ。」

 「……では、私はお先に。お休みなさい、教授。」

 「あぁ、お休み。」

 手足から力が抜け、私へと主導権が移る。

 シェリー君の意識が薄れて眠りに落ちていくのが解る。

 たった一日で起きる事件と状況の変化。瞬く間に眠りに落ちる要因としては十分だ。

 「さて、速やかに終わらせよう。」

 ペンを持ち、手本の様に書かれた手紙の下に小さく追伸を書き入れる。

 筆跡から文体から細部まで同様の文章が出来上がる。

 これは直に必要とされる要素となる。先手を打って損は無い。

 最後の一文が書き終わり、術式が作動して一枚の紙が折り畳まれて鳥の形を作り上げる。

 「さぁて、副会長は一体どんな顔をすることやら。」

 仮家の扉を開ける。

 風が吹き込み、体温が表面から奪われていく感覚がやって来る。

 「おっといけない、術式発動。」

 手の中の紙の鳥が飛びあがり、夜の空に消えていく。

 空に消えたそれを確認し、急いで扉を閉め、家の傍で拾った太めの木の枝を扉に立て掛ける。

 アナログの防犯というものも案外バカにならない。鍵や錠前はコピーをすれば無力と化し、錠前だけ力ずくで破壊する方法も取れる。

 が、この場合、原始的故にコピーもへったくれも無く、破壊即ち扉自体の破壊を意味する。

 扉の下にこの枝を如何こう出来る隙間は無い。

 魔法にしろ物理にしろ、侵入するにはある程度の大きな音や大がかりな仕掛けを要する。

 そして、不逞の輩が居て、中に入るまでに僅かでも時間があれば目覚めて迎撃すれば良い話だ。

 問題としては、残念ながら家の外からこの方法を使えないという点だ。


 用意された寝具に潜り込み、目を瞑って主導権を返す。

 寝息が聞こえる仮家の中で警戒と思考を始めた。


 紙の鳥は暗闇の中を飛んで行く。

 村の上空を飛び、街道へと出る。真下の森は相も変わらず靄で得体が知れない。

 無機的に飛ぶ紙の鳥は、しかし休み無く仮初の羽を動かして術式に記された目的地へ向かう。

 このままいけば明朝には商会へと辿り着く。

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