事件は始まる愉快に行こう5
シェリー君が老医師に伝えた言葉。それは朦朧とした意識の中であの男が言った言葉だった。
『くも、もりの……かに、ばけもの、はってきて、』
これがなんて事のない他人の会話を流して聞いていただけなら、『(惜し)くも森の(な)かに(獲物を逃し、追いかける道中、俺は見たんだ。)化け物(みたいな大きさの蛇がこっちに)這って来て(俺の顔を舐めたんだ!)』とでも言っているのだろう。と考えられた。
が、孫娘……この村の人間は『もり』と『ばけもの』そして『被害者』に関連性を見出す。
森の怪事件のせいでそれまでの生活は崩壊し、未だにそれは爪痕を残している。
それでも今まで怪物の恐怖心は穏やかなものであった。
怪事件自体は本物だが、『怪物を見たことが無い』と孫娘は言った。
『自分の村の近くに怪物が居るかもしれない。』という恐怖は自身が直接見ない事で、ある程度は穏やかに保てていた。
しかし先程、『かいぶつ』とうわ言を口にする酷い状況の男を見て、直視した。
恐怖が心に見ず知らずの怪物像を生み出し、それが人間に化けて目の前に立つ姿、音も無く後ろに忍び寄って今まさに自分を襲おうとしている姿、村が怪物によって滅ぼされて自分を犠牲者に変えようとする姿………それらの恐怖を直視した。
その結果がこの怯え様だ。
あの男が他の村人の前で同じ様な事を口走ったとして、孫娘の様な状況に陥るなら良い方。最悪暴動に発展する可能性があるとシェリー君は考えた。
だから前もって老医師に伝えたという訳だ。
シェリー君は動かない。
座り込んだ孫娘に対して言葉を掛ける訳でもなく、ただ静かに、傍に居るだけだ。
若者1はそうこうしている内に憎悪じみた感情を込めた視線を向けるだけ向けて帰っていき、日は傾いていった。
時間が経って、座り込んでいた孫娘が大きく深呼吸をした。
「落ち着きましたか?」
ここにきてシェリー君が初めて口を開いた。
「あー、あー……うん。ちょっと、いや
疲れ切ったため息を吐く。
「うんよし、よし、よーし!」
自分に言い聞かせるように、噛んで含めるように、説得して納得するように、議論して結論を出す様に、自分の頬を叩く。
「よし、もう大丈夫。ごめん待たせて。さーぁ、帰ろう!」
不安を心に秘め、しかし切り替えた。
誰も居なくなった森の傍から離れる様に歩き出す。
森から音はしない。静かな事で逆に人の想像力が怪物を生み出しそうになる。
森ではないが、周囲には未だ木々があり、未だ人の心から不気味さと不安は拭えない。
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