事件は始まる愉快に行こう4


 『ばけもの』というフレーズを聞いてシェリー君が身構える。

 周囲に生き物の気配は無い。聞こえるのは風に揺られる森の木の葉だけ。

 森の奥に潜んでいる未だ正体の分からない化生を創造して睨むが、靄と木々に阻まれてその姿を捉える事は出来ない。

 正体も掴めない。何をされたかも解っていない。シェリー君は先制攻撃を喰らった形となった。



 「やや、これはこれは。大丈夫かな?」

 シェリー君達が来た方角から老医師が背負われてその後に続く形で村人が続々やって来る。

 老医師を背負っているのは先程シェリー君に4人抜きされた内の1人だった。

 「退け、邪魔!」

 既に『老医師』と『身元不明の男』を結ぶ線分の間にシェリー君は居ない。だというのにわざわざ老医師を背負って塞がっていた右手を無理矢理前に出して、老医師を背中から落としかけながら虫を追い払うように憎々しげな表情と共に手で払い退けるポーズを取る。

 「あぁ、遅くなりましたな。さて、モリアーティー殿、何か解っている事は御座いますかな?」

 老医師は敢えてその事に触れず、しかし杖と片足を素早く動かして倒れている男に近寄りつつシェリー君の盾になる。

 「呼吸心拍ともにありますが、脈拍が早く、意識が朦朧としている状態です。

 頭を打ったのかと思ったのですが目立った外傷は見当たりません。かと言って持病や急病という事でもない様です。」

 「フム…毒草で手足を引っ掻いて中ったか……いやしかし……」

 「見た所炎症は見られませんし、この近辺にこれに似た症状を引き起こす動植物は無かったと思います。

 何より、先程と比べて顔色が急激に良くなっています。

 どちらかと言えば精神的な要素が多いのではないでしょうか?」

 老医師が倒れた男の脈をとり、話しかけながらシェリー君と考察を述べ合う。

 「ふぅむ、話は落ち着かんと聞けそうに無いな。」「ドクジーさん、その事なのですが少し……」「…………フム、じゃーからオーイがそこで呆けてる訳か。お気遣いに感謝しますぞ。」「いえ、私に出来る事なんて限られていますから。」

 タクシ…もとい背負って走ってきた男は急に蚊帳の外になり、自分が全く相手にされていない事に腹を立てて顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。

 「おい手前!トーシロがえっらそーーにドクジー先生と話してんじゃねぇ!

 見りゃ誰でも解る事を小難しそうに話しやがってよぉ!ぶって・・・るんじゃねぇ!」

 夕日に照らされても解る赤色。いやー、若いって良いものだね、皮肉だが。

 「おいウノ坊、少し静かにしろ。」

 「余所者がデケェ面すんな!医者ごっこじゃねぇんだぞ。

 手前が来て直ぐにこのザマだ。疫病神が舐めたマネしてるんじゃ…」

 若者が最後まで言葉を言うことは出来なかった。

 その前に老医師の眼に火が灯され、粗削りの杖が若者の脛を思い切り叩いたから。

 「――――ッッッッッ!」

 声も上げられずに足を押さえてその場で転げまわる。

 「儂はお前らに『病人と怪我人が居る所では決して騒ぐな』と何度も言っておった筈だぞ。

 それにだ、お前さんと違ってこのお嬢さんは弁えとる。衣服は緩めてある、派手に動かした跡も無し。

 お前さんなら頭を打っとるかもしれんこの状況で何も考えずに引っ叩いて胸ぐら掴んで揺さぶっとっただろうな。そうしたら、こちらの御仁が大したこと無くともお前さんの馬鹿力で大事になっとった。

 未だに毒キノコの区別が出来ずに診療所の便所の世話になってるお前さんよりもこちらのお嬢さんの方が余程頼りになるわ。

 ほれ、そこの木偶の坊は放っておいて良いから他のモン、少しばかり手を貸してこの男を診療所のベッドに運んどくれ。」

 足を抑えて悶絶しているウノ坊…『若者1』を放って老医師は野次馬を使って倒れている男を運ばせていく。

 「モリアーティー殿、すまなかった。そして有難う。

 で、失礼の後で悪いんじゃが、こっちの木偶の坊は放っておいて構わないですから、そこのオーイを連れてっていただけるかな?」

 目の奥で燃えていた火が消えて好々爺に戻った。

 「わかりました。そちらの方はよろしくお願いします。

 そして、有難う御座いました。」

 シェリー君がその場で令嬢としての誠意ある立ち振る舞いをして見せる。

 それを見た老医師は非常に嬉しそうに笑い、翻って杖と片足を駆使して来た道を今度は一人で戻っていった。

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