ドクジーさん

 「はーいドンドン行こう。どーせ食事会に来るのはほとんど爺さんと婆さん。あとは子ども達だけ。

 さー、食べよう食べよう。こんな日でもないと喰う度にみょーな顔されて喉につっかえるんだ。

 さー、食べよう食べよう。でも、ほとんどキノコで老いぼれ家畜の肉が少し入ってるくらいだからあんまり期待はしないでね。」

 ふらふらゆらゆら、まるで海に漂うクラゲの様に歩く孫娘。

 その後ろを歩くシェリー君は少しだけ申し訳無さそうな顔をしていた。

 「申し訳ありません。私のために皆さんに気を使わせてしまって……」

 シェリー君の故郷もあの通り。儲けて儲けて仕方ないという場所ではない。

 故にこの状況を見て自分達と重ねて考えてしまっている。

 確かにここは故郷と類似の廃れ具合だが、向こうの方が酷い。

 こちらは一度栄えた事で得るものが一時とはいえあったのだから。

 ただ、こちらは一度甘い蜜の味を知った後で辛酸を嘗めているから、その分だけ蜜を欲しているという分だけタチは悪いがね。

 「だからいーのいーの。

 私はモリーさんが来るって聞いて準備が楽しかったし、大人達がガヤガヤやってるの見るのも楽しかったし。

 子ども達は賑やかなのを見ててはしゃいでたし。だいじょぶだいじょぶ。

 ま、何かしたいって言うならご飯の時にでも外の話をしてあげてよ。玩具もないしお客さんもいないしで退屈してるから相当付いて回られるよ。

 その隙に大人達は色々出来るから、何度も言うけどそれでこっちは十分。

 それでじゅーぶんじゅーぶん。まぁ、もし何か困ったら……その時は遠慮無く助けて貰うから。」

 そう言ってふらふらふらふら、千鳥足で歩いていく。

 「オーイ、そちらの方はお客さんか?」

 道の向こう、先程紹介された診療所から出てくる男が一人。

 頭頂部・前頭部・側頭部が陽光に反射して、綿の塊の様な白髪が後頭部にだけ付いている。

 顔は黒く皺だらけ、背中は曲がっているが、それでも目線はシェリー君よりも高い。

 袖や裾から少しだけ覗く腕や足の太さから判断して、元々は筋肉質で大柄な男であった事が解る。

 笑みを浮かべて度の強い丸眼鏡を掛け、左手には粗く削って辛うじて形になっている不格好な木製の杖。そして、皺やシミに隠れているものの、過去に体に刻まれて歳月を経て薄くなった刃物による傷と薬品による指先の変色。

 体の傷が対人によるものである事から、冒険者の類では無い。元は軍人か傭兵……軍人だな。しかも貴族の下に居た。

 「あーあ、ドクジー さん。うん、この前言ってた学園から来た人。」

 「こんにちは、今日からお世話になります。シェリー=モリアーティーと申します。以後お見知りおきを。」

 その場で優雅に一礼。そんなシェリー君を見て男は顔色を変えた。

 「これはこれは、ご丁寧に。よくぞ参られました。私、この村で長年医者をやっております、ドクジーと申します。

 健康面に不安があれば、遠慮無く、申して下さい。」

 見事な騎士の終の恰好がそこにはあった。

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