噂の詳細

 風が止む様子は無く、高度は維持。大きく反れる事も無く順調に飛翔中だ。

 相も変わらず下の様子は全く分からない。が、少なくとも現状叩き落されていない以上、怪物には対空手段が無い。

 または、未知の相手に軽々に手を出さない賢明さ、あるいは狡猾さが在る。

 噂には尾鰭が付くが、噂はどこまで誇張されていることやら……




 数年前の出来事だ。

 この森に道があり、村へ街道へと馬車と人が行き来していた頃、未だ栄えていた頃の話。

 その年は夏場に落雷を伴う大雨が降り続き、雨が上がる頃には水たまりと燃えた木々が広がる光景が広がり、片付けが終わって晴れが続き、秋になっても地面はぬかるんだままだった。

 そんな状況であったが故に、ある日、日が昇っていない様な早朝にスバテラ村に行く一台の馬車がぬかるみに嵌って立ち往生してしまった。

 普段なら近くを通った他の馬車に牽引して貰う事が出来たが、生憎早朝でほかに通行人も馬車もない。

 馬車には荷物があって放置して村に助けを求める訳にもいかず、一人では如何にもならない。

 時間には余裕があった馬車の主はじたばたせずに日が昇って他の馬車が通るのを待つ事にした。


 日が完全に昇り、人々が目覚めて始動した頃に事件は起きた。


 街道からスバテラ村に向かう馬車が一台。少しぬかるんだ道を走っていて目の前の異常に気が付いた。

 先ず、街道に馬が居た。毛並みや毛艶、それに身に着けている馬具からして野生の馬ということはないおそらく馬車馬。しかし、おそらく馬車馬であろうその馬の牽引している筈の馬車は見当たらない。

 そして、それに違和感を抱いて馬車をスバテラ村へと向け、異常に気が付いた。

 砕けた木材が道に撒き散らされ、その中心に人が倒れていた。

 馬車の主は慌てて馬車を降り、倒れた人に駆け寄って、腰を抜かした。

 顔からは血の気が失せ、表情は呆け、口からは涎が垂れ流されていた。

 死体を抱き起そうとしたのではないかと思い、未だ息があることに気が付いた馬車の主は急いで倒れた男を乗せてスバテラ村へ馬車を走らせた。

 幸い村の医者の治療があって命に別状は無かったし、一日と経たずに目は覚めた。

 しかし、原因が解らなかった。

 回復した男は証言した。『自分はその日早朝馬車を走らせ、ぬかるみに嵌って立ち往生して、人が来るまで眠って待っていた』と。『そして、気が付いたらスバテラ村の診療所に居て、目が覚めた後も体に力が入らず一週間起き上がれなかった。』と。

 診察した医師は過労が原因であろうと証言したが、男には疲労で倒れる様な身に覚えは無かった。

 これだけならば男が疲労に鈍感な自己管理の出来ない人間で片付ける事が(強引にではあるが)出来た。

 しかし、問題があった。

 『これは私の馬車だ!馬も私のだ。誰がこんな風にしたんだ⁉荷物は何処にある⁉』

 男の倒れていた場所の周りに散らばっていた木片と街道に居た馬。それを寝たきり状態の男に見せたところ、顔を真っ赤にしてそう言ったのだ。

 馬車は大質量で挽き潰された様になっていた。これは個人が魔法でやるにしても無茶な話であったし、何より馬車に載っていた荷物がごっそりと消えていた。

 荷物の量は馬車に一杯。手に持って運ぶのは困難な量で村にそんなものが来ていれば早朝とは言え当然気付く。

 かと言って街道を使って馬車で運んだとしても道の先にある街には治安維持を目的として警備官達が街の入り口に立っている。

 慌てて村の人間が馬を走らせて街の警備官に知らせた。被害者の男から聞いた荷物の内容を伝え、捜査された。が、最終的に荷物も犯人も見付からなかった。

 犯人の分からない怪事件ということで、あちこちでこの件は取り上げられ、噂に尾鰭が付き、最終的にはスバテラ村は呪われているという噂まで広まっていった。

 最初の怪事件の後も幾つか似たような事件が起き、未だ解決していない。

 そんな不気味な村を好んで宿にしようとは思わない。

 街道は三つあり、他二つも道のりは変わらない。




 こうして、スバテラ村はたった数年で放棄された陸の孤島と化していった。

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