手紙が届きました


 紙が舞う舞うひらひらと

 黒い雫は滴りとうに渇いても誰もそれを見たりはしない

 人の声が響いて金属がぶつかり合って響いて

 牛が来る魚が来る鳥が来る人が来る気が来る花が来る気が狂う

 何度喚こうと思ったか何度悶え苦しもうと思ったか

 それでも許されないこの身は絞り出したを薪にして動く



 「おわった、やっとおわった

 おやすみ、ごはん、たべる、ねる、ふろはいる、ねる、契約書の確認と在庫のチェック……しなくていい!」

 目の前に現れては消えていた何かの妖精が仕事をしろと囁いた所でそいつを全力でぶん殴り、辛うじて何かに触れた感覚が手に流れて、現実に帰還した。

 ここはモラン商会副会長室。

 契約書や新たに運び込まれた商品管理、この前大量に増えた新人教育のカリキュラム…………

 モラン商会の雑務からそうでないものまで結集する場所。

 この前のサイクズルの大仕事の後、仕事が大量に襲い掛かって純粋な質量だけで潰されそうになっていた。

 俺はもう死ぬと思った。


 しかしそれを目の前にして不敵に笑った男が居た。

 そう、俺ではない。


 目を輝かせて鬼神の如く獅子を粉塵にする勢いで働いていた男。

 ソイツは今、地面に落としたインク瓶や書き損じの書類を上機嫌で片付けていた。

 バイスリー=イタバッサはサイクズル商会で気付かれていなかっただけで異常の部類に入る人間だった。

 真面目が行き過ぎて稀に見えるその真面目の本質を見るとゾッとする。

 元々真面目な人間が『真面目とはこういうあるべきものだ』と真面目を定義し、それに近付くべく尋常ならざる努力を重ねた。

 元が真面目でそれの理想、つまり未だ辿り着いていない真面目の境地はどんなものか?

 俺の仕事の1.2倍の量を笑顔でこなし、今嵐の後の副会長室を掃除している。

 「副会長、これから夕方まで店番するつもりですが何か店頭に伝えておく事や仕事はありますか?

 代わりに私がやっておきますよ。」

 笑顔、物凄い笑顔。

 怖い、とても怖い!なんで俺以上に摩耗している筈なのにニッコリ笑顔のまま高速で部屋を掃除して更に未だ仕事をしようとしているんだこの狂人!

 「休め!家に帰って風呂に入って飯食って寝ろ!あとは好きにしろ。」

 「エッ…………」

 笑顔が絶望の表情に変わった。

 傭兵時代に見た頭のネジが外れたヤツには色々居た。

 自分が傷つく様を見て興奮するヤツ、『生き物のとびっきりの断末魔を聞きたい』という理由で一晩中山を走り続けて人を襲った獰猛な熊を追いかけ続けたヤツ、妙な手足の生えた棺桶擬きにずっと入って一ヵ月一緒に居たが顔を拝ませなかったヤツ………。

 だがそもそもネジの無いヤツが居ると今学んだ。

 「仕事、もう少しだけ仕事したいです。

 あと少し、夕方までで良いんです。店仕舞いは任せますから……」

 「止めろ。家に帰れ、三日休日!副会長命令だ。」

 「………好きな事が仕事の場合は…」「絶対に店に顔を出すな。」

 ガッカリしてゴミを持って部屋を出て行った。


 「ったくなんだってあそこまでぶっ飛んだんだ?」

 頭を抱えながら窓の外を見ると、嗚呼、終わった。

 精巧に出来た紙の鳥が窓の外にいる。

 連絡用の紙の鳥を持っているのは今のところモラン商会副会長と会長しかいない。

 そして、会長から来る鳥は大概恐ろしい仕事を運んで来る。

 「あ゛あ゛あ゛!」

 窓を勢いよく開き、紙の鳥を無造作に引っ掴んだ。


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